あらすじ
フランス人が大絶賛!哲学者が教える「自信」の授業。なぜ、人と比べてしまうのか?なぜ、いつも不安なのか? あらゆる人の悩みに答えを出す話題の書。生きていくなかで自信の土台が自然と育ち、どんな状況でも「自分なら大丈夫」と思えるようになる。心を自由にして、豊かな人生を送るために知っておきたい10のヒント。
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Posted by ブクログ
店頭で気になったので購入。
自信の持ち方みたいな内容の本は腐るほどああるし、読んだこともあるけれど、私にはこの本がとても合った。
納得することも多く、自信との向き合い方がわかった。
人におすすめしたいとも思う。
Posted by ブクログ
部分、部分でしっくりくる言葉があった。幼少期の経験による自己肯定感の低さとか、ハンデ感そのものをどうこうしようとするというより、それも踏まえて、それも込み込みで、自分の人生をどうしたいのか?どう感じるのか?を一番大切に生きていくって感じ??なのかな
Posted by ブクログ
バカロレアの本を読んだことがあったので、そういう路線かな?と思ったけど少し違ってました。ただ、勉強にはなりました。
これを自身や子育て、仕事(社員教育)などに落とし込んで活用できるようになれればと思います。
Posted by ブクログ
「フランスの高校生が…」って副題が如何にも胡散臭い印象で、そもそも自己啓発本を好まない自分には辛い読書になるのではると思っていたが…。
ある意味、予想以上に遥かに辛かった。自分の、理解不能なまでの常態的な不安や自信の無さに、この本に書かれた内容で説明が着いてしまったのだ。
斜に構えて解釈したくなる部分も有るが、読んでみて損は無い書籍だとおもう。少なくとも、この本を否定する事で歪んだ自信を保とうとする人でない限り。
Posted by ブクログ
高校生の時に読みたかったなぁと、正直に思う。
自信のない私だけれど、美しいと認めるたびに自信となっていくことには希望を感じた。美しい空、景色、自然、音楽、絵画、芸術。それらに触れる時、確かに自信を持って、何の揺らぎもなく美しいと感じられる自分がいる。
いい歳をした大人である私でも、明るい気持ちで私の居場所はある、と思えた。今の様々な状況を受け入れよう。自信がなくても問題はない。自分は何かになれることに自信を持てばいい、との言葉に励まされた。
Posted by ブクログ
人生をより良く生きるための自信…
「これをすれば自信が持てるようになる」とか「自信をつけるにはどうすればいいか」というノウハウ本なのかと思っていたけど、そんなに単純な話ではなさそうだ。
わかったような、わからないような、広くて深い話で、読み終わって理解できたかどうか心もとない。
薄っぺらくて熱量だけは豊富なコーチングの暑苦しさは感じなかった。
「哲学だもんね、そりゃそうだよね」という、これまた薄っぺらい私の感想。
心が自由である、ということ。
自分で決断をする、ということ。
不確かなこの世界を生き抜くために、必要なのは自信だということ。
イチイチごもっともだ。
しかしうまく飲み込めない…。
そもそも日常で「自信」を意識したり、「自信」という言葉を使う場面はどのくらいあるだろう。
使っているシチュエーションを考えると、かなり軽いノリで使っているような気がする。
「ちょっと自信ないけど、たしかこういう話だったと思うよ」とか。
「何度もチェックしたので大丈夫です!」と自信満々に同僚が持ってきた資料に、あからさまなミスがいっぱいあって、「その自信は一体どこから…」と思ったりとか。
ワールドカップ開催中に、チラリと試合を見て思う。「オレにボール集めろ!絶対ゴール決めるから!!」というのが、私は最近どうも苦手だ。こういう、自信が溢れまくっている人を暑苦しく思ってしまう。
私の夫はこのタイプである。一緒にいすぎて、飽きているのかもしれない。
自信があるとか、ないとかって、人に言うものでもなくて、自分の中だけで思っておけばいいことだよな、と常々思っている。
「私、自分に自信あるから」と宣言されると引いてしまうけど、「自信ないんだよねー」と言われるのも、なかなか扱いが面倒だ。
さて…。
本書に書かれていることに照らし合わせると、なんだか私が認識している「自信」なんて、すごく小さなものに思えてくる。
結果的に、その「たいしたことない自信の集まり」も大事なんだろうけど、「ベターライフのための自信」とはちょっと違うような…というのが、私のモヤモヤの中心にありそうだ。
[心に小さな炎を灯して、私たちは生きていく。不確かなこの世の中の不条理も受け止めながら、それでもこの世の中を信じて生きていく]
数カ月前に自殺した同僚のことを思う。
心の小さな炎が消えてしまったんだよな、と思う。
消えないで欲しかった。
小さくていいから、ロウソクをつなぎたかった。私は、その人のロウソクが消えかけていることに全く気がつかなかった。
転びそうになりながら自転車に乗れるように、だんだんと獲得していけばいいのだと、ペパン先生が言う。
自信のことだ。
だんだんと自信を獲得していくベースに、社会や周りの人への信頼があって、周りから信頼されて、自信が育っていくんだとかいうペパン先生の話は、「えっ」と思いながらも、薄々納得した。
うちの子どもたちを見ていると、自由だなぁーと思う。自信があるとか、ないとかというより、ただただ自由。自由に発言し、自由に笑い、自由に泣く。
そのベースに、安心感があるのはそうなのかもな、と。
自信って、自分を信じることでしょ?
そこになぜ、他者が関係してくる?
自分の核が必要なんじゃないの?
と、思っていたけれど、どうやらそうではないらしい。
まぁー、なんかよくわからんけど…。
ミスが多い同僚との関わりを考えると、あまりにミスが多いので、上司からダブルチェックをしっかりと私がやって管理するように言われている。これが非常に疲れる…。
チェックはたしかに大事なのだけど、私も全てのミスには気づかない。これなら私がイチから対応したほうが早い…と思ってしまう。
何より、本人が完全に自信を失くしている。
管理されてばかりでは、自信をもって事に当たれない。
どうやら私の職場は、人の自信を奪うのが常態化しているんじゃないだろうか…と思う。つまらんことでワーワー言ってくる人が多くて、すっかり職場の人と関わるのが億劫だ。ワーワー言う人らに、悪気は全くない。そこがまた厄介だ。
他者の「幸せな自信」を育てるには、まずは信頼が大事なのかもしれない。
そして、自分の「幸せな自信」を育てるには、心が自由であることが大事らしい。
へー、という程度だけど、薄っぺらく気には留めておきたい。
Posted by ブクログ
褒めるのではなく、認める。
自信は、人とのつながり、信頼関係から生じる。
得意なことや過去に成功したことを根拠に育つものではなく、予測できないところに自信がなくても飛び込める勇気、能力。
ちゃんと理解できているか分かんないけど。