あらすじ
新しい金融技術が導入され,地方銀行の吸収・合併が進む中,金融サービスはその姿を大きく変えつつある.本書では,スルガ銀行事件,ゆうちょ銀行事件など過去の重大不祥事を検証し,さらに暗号通貨やオンライン融資など,最前線の動向を平易に解説.銀行が社会の一員として本来果たすべき金融的役割とは何かを考察する.
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Posted by ブクログ
本著は主に、銀行に対する資金の貸し手である預金者が、銀行が勧めた金融商品によって、本来なら守られる預金者の資産に実際は損失が生じることになった、1990年代末から実施された金融ビッグバンによる規制緩和から生じた欠陥の批判を軸に、これからの商業銀行のサービスを預金者視点から改善するべく提言を行っている。
それと付随して融資業務の改革案も提言している。資金の主な借り手である中小企業は融資以外の求めるサービスとして、取引先の紹介や、財務のコンサルタントを求めているという。
私は金融業の実務について知りえない立場の人間であるので、詳細を知らずに言うが、借り手である中小企業は、金融機関のいわゆる情報生産機能的なものにも価値を見出していて、銀行はそこをこれからより洗練させて、付加価値を付けていくことが、銀行の生き残る道であると思った。
実際、日経を読んでいると、債券運用で損失をだした某地銀の経営改革として、コンサルのような手数料ビジネスに力を入れているという報道も目にし、この方向に進んでいるのだろうという推察が得られる。本書では、信用保証協会が与える融資先に対する保証は、銀行のいわゆる情報生産機能を弱体化させていると指摘している。それを払しょくしていくためには、従業員に対して質の良い教育を提供していく必要があるだろう。
ここまでの議論で、銀行の競合相手を想定すると、簡単にあげられるのは経営コンサルティングファームやプライベート・デット・ファンドであろうか。銀行が、本格的にコンサル業を洗練させていくとなったら、経営コンサルは何を強みにするのだろうか。当然、コンサルには社内システムの導入に強味を持つ会社も多く存在するのも承知しているが、経営アドバイスがメインの会社は、やはり人材の質という点が一番の強みだろうか。ただ、泥臭く営業テリトリーを動き回る銀行員が持つ幅広いネットワークは、コンサルを上回る価値を見出せるはずだ。
また、外資のヘッジファンドは日本市場に興味を持っているという報道を目にする。プライベート・デットによる融資は短期が中心であるというが、従来の金融機関にとっては脅威であるかもしれない。
私が経営者にとって、取捨選択を迫られるだろうなと思うのは、どこの機関の情報を信用、もしくは経営戦略として採用するかということだ。商業銀行、コンサル、ヘッジファンドはそれぞれにとって最も有利になるように提言を行うだろう。プレイヤーが増えれば増えるほど、複雑な利害が絡み合い、戦略の選択が困難になる。情報社会が進めば進むほどインスタントな情報が好まれるという、逆転現象が生じている。その中で経営者にとって真に価値がある情報を選ぶことは、企業経営の常であったろうし、これからより重要になるだろう。
Posted by ブクログ
この人は銀行が嫌いなんだろうなと言うことがひしひしと伝わる本。主張も平板かつそんなことならもうやってるよね、というようなものが多く、良書ではない。
Posted by ブクログ
銀行業界への提言の是非は知るすべもないが、積年の恨みのごとく不満を実証的にぶつける様は、こういった新書の読み口としては楽しい。
ユーザー目線の問題提起が多いのもあって、体感的に読みやすく以前読んだ「金融広告を読む」の形式をより総括的に扱った感じ。
Posted by ブクログ
日本の金融機関、特に銀行を中心として日本の金融未来について程よくまとめられている。
前半は金融機関の不祥事を中心に記載されていて、日本の金融機関がいかに消費者のリテラシーの低さにつけ込んで稼いできたかが論じられていて、企業としての社会的責任感の希薄さ、金融機関として稼ぐ力の弱さを痛感する。
一方で後半ではこれからの金融機関が取り組むべき新しい商品について述べられていて、その中でも特に中小企業のマッチングサービス、クラウドファンディングとの接続は興味深かった。いち地銀に留まらず、全国・銀行横断的にマッチングできればニーズとしても高いと思われ、上手くコンソーシアムを形成してプラットフォームと精度の高いマッチングをすることができるのではないかと思う。そもそも金融機関は横連携は得意なのでそれほど難しい話しではないとも思う
Posted by ブクログ
著者はかねてより庶民の金融リテラシーを高めるために力を注いできた。本書はその一環であり、金融の世界で働いている人を対象にしたものではない(とてもやさしい脚注がそれを示している)。
私は金融機関で働いていた(また、そのことに誇りを持っていた)が、スルガ銀行、商工中金、かんぽ生命(保険料二重徴収)の不祥事に接して、「半沢直樹はどこへ行った!」と慨嘆した。スルガ銀行では「数字ができないなら、ビルから飛び降りろ」とのパワハラがあったとの報道に絶句した。そのスルガ銀行を森金融庁長官は「地銀の優等生」と持ち上げていたのだからお粗末極まりない。また、郵政民営化で郵便局を信頼している高齢者が騙されるのではないかと思っていたが、その通りになった。最近ではSMBC日興証券の相場操作事件があり、「金融界で働いていた、と言うと白い目で見られてしまうな~」と嘆いている。
小幡績氏はリーマン・ショックについて、経済を黒子として支える金融資本が表舞台に登場し、そこに居続けるために実体経済を利用して自己増殖した結果、リーマン・ショックを惹起した、と述べていた。この「経済を黒子として支える」に当たるのが新保氏の言う「金融サービスの社会的責任」であろう。
本書に、市井の人にとって極めて重要なメッセージがある。「老後に2,000万円必要」を巡る騒動に関して新保氏が述べていることである。以下、引用する。
老後の生活の予測を人任せにすること(レビュワー注:金融審議会の報告書内容を鵜呑みにすること)は、まったく意味がないということを理解すべきであろう。(中略)老後の生活資金に不安がある人々にとて、資産運用は重要項目だ。多くの人々は資産運用に関しては素人であるし、金融商品の仕組みを聞いても、「よく分からない」と答える人が多いのではないか。しかし、「分からない」では自らが困ることになる。金融サービスを受ける個人側にも意識の改革が必要だ。
金融サービスについてあまり知る機会がなかった人にはお勧めする。
Posted by ブクログ
前半部分で、銀行の「手数料商売」を糾弾する論調には激しく同意しちゃう。
ホントになぜすべての局面で銀行は手数料を自らは負担しないのか? まして通貨の預け入れに際して、枚数に応じて手数料を取る なんてのは呆れてしまう。銀行の利益になるときも相手から手数料を取るなんて!
「利用者の利益になるものがホントの金融サービスだ」とは当然すぎる主張だけど、現状がそうでないことを、みんなが知らなくちゃね。