あらすじ
かなわぬ恋こそ美しい――。
中山可穂版・現代能楽集、待望の復刊!
百本書いたら、僕のものに――墓地に住み着いたホームレスの老婆が語る懺悔めいた告白「卒塔婆小町」。
二人に愛された挙句どちらも選べず破滅に向かう女性の悲劇を娘の視点から描いた「浮舟」。
難病に侵された少年と、彼の主治医でもある義父との関係を描いた「弱法師」。
能をモチーフに、現代の不可能な愛のかたちを、研ぎ澄まされた静謐さと激情で美しく繊細に紡ぎあげた中篇小説集。
恋とは死に至る病いである――かなうことのない純愛の狂おしさを夢幻能の調べを借りて濃密に描き切った珠玉の三篇。
河出文庫版あとがきも特別収録。
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Posted by ブクログ
本作は、三島由紀夫の戯曲『近代能楽集』へのオマージュで、「中山可穂版・現代能楽集」との触れ込みですが、古式ゆかしい能楽物語ではありません。
私の能楽知識が皆無なので調べてみると、本書3編の表題が能楽の演目名になってはいますが、話の筋は大幅に改変されています。「能はぎりぎりまで贅肉を削ぎ落とされた究極の芸能」で「神・男・女・狂・鬼」に分類され、そこからインスピレーションを受けたのでしょうか…。
さらに、希望や救済なしに絶望を美へ結実させた三島戯曲からの触発も大きかったでしょう。切なさ・儚さ・狂おしさを孕んだ愛のかたちが浮き彫りにされ、人間の情念が純度高く描かれます。
中山可穂作品は、女性同士の性愛・濃密な性描写の追求が特徴的な2作品のみ既読ですが、作風を広げる転換期に当たる作品集のようです。テイストが異なる3編ともに濃密な性描写は抑制され、文章の美しさや繊細さが増して、抒情性が深くなっている印象です。
能の演目タイトルが表題となっていなければ、もっと読者層が開拓されていたかも。文春文庫の絶版後、河出文庫で復刊されたことに感謝するばかりです。もっと広く認知されて然るべき優れた作品だと感じました。未読の方は、この読後の余韻にぜひ浸ってみてください。
能のあらすじを理解し、本作の物語と対比してみることで、より深く楽しめました。2004年 文藝春秋、2007年 文春文庫、2022年 河出文庫刊。現代能楽集シリーズの第2作もあるようです。
※能のあらすじ概略を以下に記します。
・『弱法師(よろぼし)』
父の誤解から勘当された美少年・俊徳丸。後悔した父が、四天王寺で施行をしているところに、足元覚束ない「弱法師」と呼ばれる盲目の若者・俊徳丸が現れ、極楽浄土を祈り狂い舞い…和解へ。
・『卒塔婆小町(そとばこまち)』
旅の僧が高野山へ向かう途中、卒塔婆に腰掛ける乞食姿の老婆。不謹慎だと注意するも老婆は巧みな仏教問答で論破。自らが小野小町の成れの果てと明かし、愛を乞う男たちの怨霊による狂乱へ。
・「浮舟(うきふね)」
『源氏物語』の宇治十帖が題材。薫大将と匂宮という二人の貴公子の間で板挟みになり、悲恋の果てに入水しようとした浮舟。その苦悩が、旅の僧の供養により入舟の魂が救済へ。
Posted by ブクログ
読み終わって2週間経った今でもたまにこの小説に思いを馳せてしまう。それぐらい余韻がすごくて深く心に残った本。
苦しくもあり、美しくもあり、怖くもあり、終始目が離せない。中山可穂先生が綴る文章は不思議な雰囲気に包まれていて表現がとても素敵。どの短編も好きだけど「卒塔婆小町」の終わり方が忘れられない。
愛に溺れ愛に生かされた様子は、まさに狂愛のようだった。
Posted by ブクログ
剥き出しの無垢な精神が不器用に傷ついているさまに触れると、不意にざっくりと斬りつけられることがある。(P.121)
「人間嫌いだと言うひとに限って、人間が人一倍好きなんですよ。期待しすぎて裏切られるから嫌いだなんて言うんだ。僕も同じだからよくわかる」(P.149)
愛はおいしく、そして栄養満点です。(P.156)
だがどんなに順調なときにも、破調は目に見えないところから食い込んで、次第にほつれの範囲を広げていく。(P.160)
あまりにも長く待ちすぎたものがようやく目の前に近づいてきたとき、人間は喜びよりも先に恐怖に陥ってしまうのかもしれない。(P.187)
音楽はただ甘いだけの毒ではない。世界はただやさしいだけのゆりかごではない。(P.225)
直球は受け止めるのに力がいる。(P.274)