【感想・ネタバレ】国民とは何かのレビュー

あらすじ

「国民の存在は日々の人民投票である」――
この有名な言葉が見出される本書は、エルネスト・ルナン(1823-92年)が今からちょうど140年前、1882年3月11日にパリのソルボンヌで行った名高い講演の記録です。
文献学者として出発したルナンは、その手法を用いて宗教史に取り組み、コレージュ・ド・フランスの教授に就任しましたが、イエスを「比類なき人間」だと断言したことで物議を醸しました。その主張は1863年に『イエスの生涯』(邦訳・人文書院)として出版され、たちまち大ベストセラーとなって名を馳せます。
そんなルナンが、なぜ「国民」について論じることになったのか? そのきっかけは普仏戦争(1870-71年)での祖国フランスの敗北にあります。第二帝政の崩壊、パリ・コミューンの騒擾、そしてアルザス・ロレーヌの割譲といった政治的悲劇を目のあたりにした宗教史家は、にわかにナショナリストとしての顔を見せ始め、政治的な発言を積極的に行うようになりました。その白眉とも言うべきなのが、敗戦から10年あまりを経て行われた本書の講演にほかなりません。
振り返れば、フランス革命に起源をもつとされる「国民国家」の根幹をなす「国民」とは、いったい何なのでしょう? ルナンは、人種、言語、宗教、さらには利害の共通性、国境など、さまざまな要因を検討した上で、それらのいずれも「国民」を定義するには不十分であることを明らかにします。そうして至りついたのが「国民とは魂であり、精神的原理です」という主張でした。国民という「魂」を形成しているものは二つ――過去の栄光と悔恨の記憶、そしてともに生きていこうとする意志です。これら二つを現在という時の中に凝縮した形で述べた定義が、冒頭に挙げた「国民の存在は日々の人民投票である」だったのです。
本書は、フィヒテの『ドイツ国民に告ぐ』(1808年)と並ぶ「国民」論の古典中の古典として読み継がれ、アーネスト・ゲルナー『国民とナショナリズム』(邦訳『民族とナショナリズム』岩波書店)、ベネディクト・アンダーソン『想像の共同体』(邦訳・書籍工房早山)など、20世紀のナショナリズム研究を生み出す基礎になりました。その流れは、グローバリズムの進展の中で逆説的にも国民国家が存在感を増している今日もなお継続されています。
にもかかわらず、本書は日本では文庫版で読むことができずにきました。最適任の訳者を得て実現した明快な新訳は、現代世界を理解するために不可欠の1冊となるはずです。

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Posted by ブクログ

国民とは、人種でも民族でも地理的な国境でもなんでもない。努力で勝ち取ってきた共通の物語を共有している人々の集まりだ。というのがフィヒテの結論。同時にこの概念は非常に脆いものだとも思える。

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2025年05月11日

Posted by ブクログ

「国民とは何か」という、身近な問題に関する文章は、筆者の言葉の選択の慎重な正確さが感じられる。今後の考察の発展の余地がある点で、“動き続ける”国家哲学となった一書。

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2025年08月20日

Posted by ブクログ

自分の生まれ故郷としてのパトリア(祖国)と法律を共有する共同体としてのパトリア(祖国)がある。キケロ

イエナの戦い(1806)で、プロイセンはナポレオンに大敗。ティルジット条約でエルベ川左岸とポーランドを奪われる。ドイツは未だに領邦に分かれてバラバラ▼ドイツ民族は同じ国民(ネーション)だから団結しよう。ドイツ国民の基礎は、言語・大地・共通の記憶・慣習・ルターの宗教・ドイツ特有の教育・文学作品▼階級を超えた国民全体の教育が必要。教育こそ国家の中心的な機能。ヨハン・フィヒテFichte『ドイツ国民に告ぐ』1808

私がここで、フランス語の授業をするのは、これが最後です。普仏戦争(1871)でフランスが負けたため、アルザスはプロイセン領になり、ドイツ語しか教えてはいけないことになりました。これが、私のフランス語の、最後の授業です。フランス語は世界でいちばん美しく、一番明晰な言葉です。そして、ある民族(フランス人)が奴隸となっても、その国語を保っている限り、牢獄の鍵を握っているようなものなのです。フランス万歳! アルフォンス・ドーデDaudet『最後の授業』1873  ※言語を強調
※小説家「風車小屋だより」

国民とは人種ではない(純血の人種なんて存在しない、仏はゲルマン人に侵略され混血した過去)。言語でもない。宗教でもない。共通の利害でもない(利害を超えた感情がある)。地理でもない▼国民とは魂・精神的原理。過去の豊かな記憶の遺産の共有。過去の努力と犠牲・献身の賜物。共に苦しんだ記憶は人々を結びつける。祖先を崇拝するのは至極当然。偉人と栄光に満ちた過去。これが国民が拠って立つ社会資本。また、現在において「共に生きたい」という願望・共同で受け取った遺産を活用し続けようとする意志。ともに偉業を成し遂げ、さらなる偉業を成し遂げようとすること。これが国民であるための必要不可欠な条件(p.34)▼国民の意向こそが唯一の正当な判断基準。人間の意志は変化する。国民の存在は日々の人民投票(共同生活を続けることに同意・願望があるか否か)による。国民は永遠のものではない。いずれヨーロッパ連邦が国民に取って替わるだろう。しかし、それは我々の時代の定めではない。今のところ、国民はよいものであり、必要でさえある。諸国民の存在は自由を保証するものであり、もし世界に一つの法と一つの主人しか存在しなければ、自由は失われてしまう(p.37)。エルネスト・ ルナンRenan『国民とは何か』1882
※仏では言語や文化を共有する国民国家がすでに成立していたため、言語や文化をあえて強調する必要がなかった。一方、独は領邦に分かれていて国ですらなかったため、言語や文化による「まとまり」が求められた。

違和感と敵意をもつ、自分は所属しない別の集団out-group。こうした集団との関係は、協定で緩和されない限り、戦争と略奪の関係。自分たちの共同体のメンバー以外は潜在的な敵。自分の属する民族集団を優秀とみなし、無意識に自民族の価値観を基準にする▼法律で公式に制度化されているわけでもなく、道徳として抽象的に一般化されているわけでもないが、人々の間に共有されている慣習的な行動様式で、違反者に厳しい制裁が加えられる規範・習律がある(モーレス)。ウィリアム・サムナーSumner『フォークウェイズ』1906

法による結びつきに基づくネーション(西欧)。習慣・方言・血による結びつきに基づくネーション(東欧)。ハンス・コーンKohn『ナショナリズムの理念』1944

ナショナリズムは1800年代初めに生まれた邪悪な教義だ。この教義では、人間はネーションに分けられ、政府の唯一の正当なかたちはナショナルな決定だと考える。国家の権力行使の正当化、社会を組織化するために利用される。教義・イデオロギー▼邪悪な教義であるナショナリズムの起源は『ドイツ国民に告ぐ』フィヒテからだ。種族を強調した。ドイツ民族▼フィヒテの基礎になったのがカントの人間理解。個人が自由であるためには、意志の自律や自己決定の自由が実現されていないといけない。個人が自分自身だけで完成されることはあり得ない。個人は全体の一部であり、全体から個人の意味が引き出される。個人は自らを国家の意志に没入させることによって自由を見出す、とされた。エリ・ケドゥーリKedourie『ナショナリズム』1960
※ドイツの個別事例、ナショナリズムの一側面を記述したに過ぎないとの批判。
※ユダヤ人。バグダード生まれ。英国籍。LSE。

従来、ドイツの市民は共通の言語・文化・歴史を基礎とするナショナリズムで結びついていた。しかしナチズムの苦い経験。これからは自由で民主的な法や制度への愛着によって結びつこう。民主的な憲法がもたらす自由への愛着を通じて、ドイツの民主主義を維持しよう。憲法ペイトリオティズム。ドルフ・シュテルンベルガーSternberger1970 →ハーバマス

国民の属性を人種・言語・血統に求める。排他的。エスニック・ナショナリズム▼国民の属性を自立した個人の政治参加意欲に求める。包摂的。シヴィック・ナショナリズム。マイケル・イグナティエフIgnatieff『民族はなぜ殺し合うのか』1993
→リベラル・ナショナリズム

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2025年02月27日

Posted by ブクログ

 「国民の存在は日々の人民投票である」。
 政治学を学んだ者であれば、一度は耳にした言葉ではないだろうか。この言葉は1882年、フランスのソルボンヌ大学で、エルネスト・ルナンが行った講演で発せられたものである。

 ルナンは、なぜ「国民」について論じる、このような講演を行ったのか。直接のきっかけは普仏戦争による祖国フランスの敗北、(ドーデ「最後の授業」でも有名な)アルザス・ロレーヌの割譲といった事件であった。
 「国民」とは何なのか。ルナンは、人種、言語、宗教、国境などの要因、属性を検討した上で、その結論として、「国民とは魂であり、精神的原理である」とする。そしてそれを端的に表現したのが、冒頭の言葉である。

 ナショナリズム論の古典が簡易に読めるよう文庫化されたのはありがたい。ルナンのナショナリズムの問題点や、現代の先端的な学的状況について、詳細な解説が付いているのも、大変勉強になる。

 

 本文だけならば38ページ、解説まで含めても80数ページ、近年稀な薄さの文庫なのが、ちょっと面白い。

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2022年05月13日

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