あらすじ
「法隆寺は大火によって一屋も余さず焼失しており、現法隆寺はその後の再建」とする『日本書紀』の記述には疑念がもたれていたものの、日本最初の正史たるその権威によって様々な意見は蹴散らされてきた。しかし、数学の手法を応用して分析すれば、編纂事業の真の目的とともに千三百年間も封印されていた“事実”が明らかとなる。「白村江の戦い」の処理をめぐる駆け引きの中、『日本書紀』で法隆寺が果たした重要な使命とは。そして、寺の再建と聖徳太子に隠された秘密とは。日本古代史の“絶対的な神聖領域”に切り込み、常識を覆す驚愕の真相に迫る!
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Posted by ブクログ
日本書紀の内容は捏造されていた!誰が?その目的は? 日本書紀に「天智天皇九年(670年)4月30日法隆寺で火災があり、建物が一屋も余すことなく焼け落ちた。直後に大雨が降り、雷が大地を揺るがすほど激しく鳴った。」という記述を足がかりに、日本書紀の中身には捏造が含まれるということ、なぜ捏造する必要があったのかを論じている。
白村江の戦い前後の日本の状況。厩戸皇子とは一体どんな人物だったのか。山背大兄王一族を追い詰めた黒幕は誰か。法隆寺は祟り封じの寺であるということ。日本書紀を捏造せざるを得なかった理由が論じられており、大変興味深かった。
上宮王家(厩戸皇子と山背大兄王一族)を追い詰め抹殺した黒幕は、皇極天皇なのか?梅原猛の「隠された十字架」では、中大兄皇子が怪しいと書かれていた。
筆者は、これらの謎解きを「変分法」を用いておこなっている。しかし、全く難しくなく、読みやすかった。
法隆寺は聖徳太子が建立した寺ではないという点については、梅原猛の法隆寺論と同じである。春になったら、法隆寺に行ってみようかしら。