酒井健のレビュー一覧
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ネタバレ皆さん、推し作家は居ますか?
では、推し翻訳者は?
私は酒井さんのバタイユ翻訳本がなにかと好きです。
なので訳者あとがきも毎回楽しみにしています。
本作はその推しが書いてくれたバタイユ入門!
酒井さんとバタイユ哲学のドラマチックな出会いから始まり、サクッとバタイユの過去経歴・そこから考えられる思想・そして人生の流れと共に変遷していく表現とその作品たち……と順に説明してもらえます。
とても良かった。
とても嬉しい。
本人の著作じゃわからない部分(バタイユと父親の関係とか)がわかるのとても助かる。
哲学者ってどういう生活してどんな活動してるのか、いまいち本読んでるだけだとわかってなかった -
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現代において「シュール」という語が,不条理や意味不明なものに対してよく用いられる。しかしそれは元の意味のほんの一部に触れているに過ぎない。
シュルレアリスムは第一次世界大戦を終えた1920年代,フランスで生まれた文化運動である。簡単に流れを言えば,偏った理性主義への批判から始まり,特に戦争体験より超現実を取得して,フロイトの精神分析を取り込み,マルクスの革命思想をも飲み込んで政治にまで拡張した。
本書では,主に「シュルレアリスム宣言」の著書であるブルトンに焦点を当てて解説している。また周辺においては,バタイユやアラゴンなど,フランスでの潮流がメインである。
難しいようにも思えるが,文学や -
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美術の方では様々な流れを作りながらいまも確実に息づいているシュルレアリスムだが、この運動のリーダーだったアンドレ・ブルトンの名聞くくことがめっきり少なくなってしまったのは、詩文学の不人気とポスト・モダン思想の奔流に負けてしまったからだろうか。
本書はバタイユ研究者が、そのブルトンに敬意をこめて語りつくした現代思想史の一断面である。ブルトンの発想、行動力、影響力は稀有なものであり、フロイトとマルクスを初めて目に見えるモノと言葉に表現した。唯一音楽に価値をおいていなかったことが残念だがそのユニークな解釈と方法は意外なところまで広がっている。 -
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読む前から一度読んですんなり理解できるとは思わなかったけど、やっぱり読んでみて明確に理解することはできなかった。『同性愛の経済人類学』という論文を読んで、そこにエロティシズムと労働の関係について書かれていたので、おかげで少しは入って行きやすかったかも。
先に論じたことを後でも繰り返し述べられているような形になっているので、そのあたりは理解しやすかった。
あくまでこれは男性視点のエロティシズムだな、というのは感じた。女性のことははなから無視されているような。そこになんとなく違和感があった。確かにエロティシズムという問題を論じるときに、男性主体になるのは仕方ないのかもしれないけど。これが書かれた -
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ネアンデルタール人に道具、すなわち労働が、埋葬すなわち死が観念として発生し、クロマニヨン人により洞窟壁画などの宗教観念が認められるものが現された。
根源的に不連続であるインディビジュアルな人間の存在。聖なるもの、エロティシズム、死への経験、供犠などはそこに連続性、無限定性を介入させる。その暴力、不安、そしてそれを緩和させようとする笑い。
存在を外に投げ出す経験。
エロティシズムの本質は汚すことだという意味において、美は第一に重要なのだ。
/禁止に対する侵犯がエロティシズムである。
禁止と侵犯は相補的関係。/
糞便、腐敗、生活動
「私たちの嘔吐感とは空無感なのだ。吐き気で気を失いそうになる -
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久しぶりにバタイユの著書を読んだけどやっぱ理解するのに手間取る手間取る。
バタイユもニーチェと同様、掴み損ねると火傷しそうな思想家。二項対立の図式から抜け出でる手段を常に模索してる感じ。
本著の主題は経済学における既存の捉え方にコペルニクス的転回を加え、全般経済学という新たな地平を提示すること。
生産的生活のなかに余剰を通し現れる蕩尽という非生産的消費活動。
現代の消費主義とも深く共鳴するバタイユの鋭い視点にうなづく点が多い。
初期イスラム、プロテスタンティズムあたりの分析は複雑すぎてあんま覚えてないけど、面白かった記憶はある。
人は自分の欲望を大っぴらに語りたくないが、根本的な部分で人は自分 -
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20世紀フランスの作家、思想家であるジョルジュ・バタイユ(1897-1962)の論考、1957年。エロティシズムの究明を通して人間存在の根源を見出そうとする。一般にバタイユの関心は、人間が理性の裂け目において覗かせる非合理性(エロティシズム、死、暴力、狂気、悪、瀆聖、神秘主義など)に向けられているようにみえる。これは、青年期に第一次大戦を経験し、人間を理性的存在として規定する近代の合理主義的人間観の破綻を目の当たりにした世代に共通する傾向であるかもしれない。思想的にはサド、ニーチェ、フロイト、シェストフ、ヘーゲル(コジェーヴ)らの影響を受けているとされる。また、一時的にシュルレアリストや共産主
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禁忌に対する侵犯をエロティシズムと定義する事ができ、それは、人間特有である。禁忌とは何か。宗教のような、後天的な規定。しかしまた、それは先天的なものをも含む。先天的なものがあり、かつ、エロティシズムを人間特有とする。さすれば、人間とは、先天的な本能にして、他の霊長類とも差違的な存在なのか。答えは否。だとすれば、次の二択になる。つまり、人間以外の霊長類にもエロティシズムが存在するか、先天的な禁忌というものは存在しないのか。
そもそも禁忌とは何か。社会を統制し、利益を傾斜するために守らせるべき約束事。また、人民同士が住みやすい社会を構成するためのルール。宗教上のタブーとは、絶対的存在に対する秩序 -
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職場で出会った哲学専攻の人から教えてもらった入門書。序文が面白い。人文科学系諸科学の学史のなかでも、現代哲学史というのは畢竟現代思想史であり、観念的な次元でものの是非をする人びとの歴史であるために、ディスタンクシオンの遂行される様を観察するのにとくに適した領域なのではないか、と。
──それにしても。バタイユが人間存在の本質として捉えたものについて想像し共感することはある程度は可能ではある。
けれども──これはニーチェやハイデガーにしてもそうだけど──「ブラックボックス」の内側を分析するというよりは想像し、種々の連想をもってそこに意識を同化していこうとする行為に、個人のトラウマ治療以上の意味 -
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「エロティシズムとは、死におけるまで生を称えることだと言える。」
ということを説明している本です。
エロティシズムというどちらかと言えば人間の暗部について考えぬかれた本です。バタイユさんが60歳で出版されてます。書き上がるまでにおそらく二十年以上かかっているんじゃないでしょうか?
エロティシズムは死や暴力と関係が深いようです。しかも理性から逃れ去る性質があります。ですからエロティシズムそのものを意識化して言語化するのは不可能みたいです。そういうところをしつこく粘りに粘って書こうとされています。
考えてみれば性衝動は大脳よりも下位の脳(視床下部とか?)が関与しているところのようですから意識化 -
Posted by ブクログ
ジョルジュ・バタイユの研究者として知られる著者による、おそらくは国立新美術館における大規模な「シュルレアリスム展」に合わせて刊行されたこの20世紀を代表すると言ってよい芸術運動の紹介書。シュルレアリスムが生じてくる背景をなす、第一次世界大戦の経験から説き起こして、1924年のシュルレアリスムの誕生からその基本的な芸術変革の方向性を取り出すとともに、さらにはその運動の政治との関わりについても見通した好著。所与の現実を乗り越えるところに、新たな唯物論の可能性を見て取ろうとする第二宣言のテーゼや、ベンヤミンのシュルレアリスム論が検討されている点も興味深いが、後者の捉え方がやや表面的なのが惜しまれる