星覚のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
永平寺で修業をして、今はベルリンで全を広める活動をしている雲水さんの書いた本。
お寺に生まれたわけではなく、俳優になろうとしてきた人らしい。
体のバランスを整える、疲れにくい、自然な体の使い方に興味があって、本書を手にした。
力を抜いて、頭の重さを感じ、骨など、体の部分があるべき位置にくるように、体の声を聴きながら、整えていく。
自分も体をゆすってみた。
体得するのは難しいのかもしれないけれど、ここに力が入ってたのか、と気づけたりする。
なんかいいかも。
子どものころ、地元の有名な禅寺のサマーキャンプに行ったことがある。
きっと大したことではなかったのだろうけれど、過保護に育てられ、神経質だった私には、結構つらい経験だった。
でも、本書にあるように、自分の中のバランスを整え、周囲との調和を感じ取ることで、心身の安定を図っていくのなら、今の自分には受け入れられる教えなのかもしれない。
また、この著者、星覚さんの率直な語りも心地いい。
得度してからも、欲に負けてしまった経験なども、衒いなく語られる。
我欲や我執を離れて生きるなんて、自分には無理だと思うけれど、そういう自分を自覚することから始めればいいのかもしれない。 -
Posted by ブクログ
雲水としてベルリンを拠点に活動する著者による禅の入門書。著者の経験や実感をベースに書かれており、エッセイを読むように、禅の入り口に触れることができる。「禅とは何か?」という大上段なアプローチではなく、若い禅宗の僧侶の生き方そのものが、都会でシンプルに暮らすヒントになり得ることが示されている。著者の人柄によるものだろう、読後感はとても爽やかだ。
本書は、「一、身体をととのえる」、「二、暮らしをととのえる」、「三、心をととのえる」という三つの章で構成されている。入門書ではあるが、「How」が記述されているというよりは、永平寺での修行時代を振り返りながら「What」と「Why」が、そして論理的にというよりは感覚的な実感として記述されている。日常の中で身体の声を聴くなどという習慣を持たない我々にとって、たとえば、「身体の癖を発見する」という考え方そのものが新鮮だといえる。
本書の中で描かれる著者を含めた若い僧たちが、我々とはまったく異なる世界に生きているのではなく、我々と隣接する世界で、我々と同じように悩みながら生きている様子も、本書の読後感のすがすがしさにつながっている。 -
Posted by ブクログ
本文より
「たとえ全く意識していなくても作法を実践することで、心が洗われるような気持ちになることを知りました」。
永平寺の先代住職、故宮崎奕保(みやざきえきほ)禅師
(NHKスペシャル「永平寺104歳の禅師」2004年6月放送)
「学ぶということはまねをするというところから出ておる
一日まねをしたら一日のまねや、それで済んでしもうたら
二日まねして、それであと真似せなんだら、それは二日のまね。
ところが一生まねしておったら、
まねがホンマもんや」
(禅について)
「道元禅師様の坐禅ということはすべてがみな禅だ
禅というたら何か殊更にあるように思っておる
そうではなくて そのものと一つになっていくことが禅だから
歩いたら歩いた禅 しゃべったらしゃべったでしゃべることが禅だ
スリッパを脱ぐのも坐禅の姿や
スリッパをそろえるのが当たり前のこっちゃ
例えばスリッパがいがんでおったらほうっておけないんだ
スリッパがいがんでおるということは自分がいがんておるんだ
自分がいがんでおるから いがんだやつが直せないんだよ
だから ものを置いても ちぐはぐに置くのとまっすぐに置くのと
すべて 心が表れておるんだから
心がまっすぐであったら すべての物をまっすぐにする必要がある
修行をしておるんじゃなくて当たり前のことをやっておるんや
それよりやることないんだ」