早島大祐のレビュー一覧

  • 徳政令 なぜ借金は返さなければならないのか

    購入済み

    借金帳消しのお話だけじゃない!

    鎌倉から室町時代を通して徳政の性質を説明してくれます。こまかく資料に当たりながら、その時代ごとの変遷を調べ上げています。徳政がひとたび発令されるとその社会へどのような影響があったのかなど、資料を根拠に記載されています。人々の、戸惑いや傍若さなどの、人間の考えががとても伝わってきます。人々のリアルな生活を感じることが出来る本です。

    #深い #タメになる

    0
    2025年12月31日
  • 明智光秀 牢人医師はなぜ謀反人となったか

    Posted by ブクログ

    ○目次
    まえがき
    序章:新時代の子供たち
    第一部 明智光秀の原点
    第1章:足利義昭の足軽衆となる
    第2章:称念寺門前の牢人医師
    第3章:行政官として頭角を現す
    第4章:延暦寺焼き討ちと坂本城
    第二部 文官から武官へ
    第5章:織田家中における活躍
    第6章:信長の推挙で惟任日向守へ
    第7章:丹波攻めでの挫折
    第8章:興福寺僧が見た光秀
    第三部 謀反人への道
    第9章:丹波制圧で期待に応える
    第10章:領国統治レースの実態
    第11章:本能寺の変へ
    終章:明智光秀と豊臣秀吉
    あとがき

    ○感想
    明智光秀を史料を通して見たとき、様々な側面で、光秀個人や織田政権の構造の実態を垣間見ることができた。

    本書で学び得たものは多いが、特に興味深い織田政権の実態でいえば、光秀のような義昭麾下の足軽衆や朝山乗全、木下秀吉などの中途採用組が運営していたことから、在地でのトラブルが起きたり、慢性的な人材不足からの労働過多が起きていたこと。
    また一方で、光秀は、室町幕府の政所執事を務めた伊勢家などの旧幕臣などの能吏を自下に組み込み、後半な任国統治の運営・支配に当たるスペックを持っていたこと。
    織田政権は、こうした光秀ら多様な家臣に対象さし、明確な指示ではなく、大きな基本方針を示すに留まり、家臣はその基本方針に忖度して臨むことで忠節を示すという、前近世的な政権運営であったこと、など興味深い点は多々あった。

    本書は上記のような事柄だけでなく、光秀の動きを丹念におった時系列確認用としても使えるので、是非オススメしたい。

    0
    2020年05月15日
  • 明智光秀 牢人医師はなぜ謀反人となったか

    Posted by ブクログ

    麒麟がくるがものすごく面白いので、関連本を読んでいるうちにたどり着いた本の一冊。

    ミーハーなもので、中高の知識もすっかり抜け落ちた上に、これまで戦国時代にさして興味もなかったうえに、最近読んだ戦国ものがへうげものだったおかげで、大した印象もなかった光秀のことが、帯にある通り、まさに「勝者が作る」歴史書や伝記などではなく、当時の書簡や存在にびっくりした「裁判記録」などによって実証的に光秀像を浮かび上がらせてくれた。

    ドラマや最近の各局の関連番組で作り上げられる「心優しき名君」とか、ちらっとみたルイスフロイスの「腹黒い謀略家」とも違う、生々しい光秀像を得られた気がする。

    何より驚いたんは、「光秀には信長の側室になった妹がいた」という点で、この妹の存在と、その死が光秀を最終的に謀反に導いたんだろうなぁ、という感じで。この妹が大河にはまだ出ていないから、お駒さんが養子になるのかなぁ、などと思った。

    加えて、いろいろ過剰評価、逆ハリの過小評価も極端な信長の実際の革新性、そして問題点も浮かび上がってきていて、目から鱗が何枚も落ちてしまった。

    本能寺の変の実際は、信長が推進した領国内の街道整備と、それが下支えする拡大政策、さらに平定された勢力圏内での一族優遇、という革新性と守旧的な政策に、最前線で東から西へ奔走しなければならないうえに、妹を失って家的な繋がりがなくなり、「検地よりも指出」なシステムによる統治を優先する光秀が家臣団の中であまり良い立場をもてずに、焦りと疲れから、という感じなんだろうかなぁ。
    悪辣な魔王を成敗、というよりは、他の家臣もわかってくれるやろてきな発作的な行動で、結局人心掌握がうまくなくて失敗したんだろうなぁ。

    いやー、面白い本だった。

    0
    2020年05月07日
  • 室町幕府論

    Posted by ブクログ

    室町幕府を経済の側面から考えたことがなかった
    比叡山・・・南都・・・朝廷
    さまざまな特権を求めて権力にすり寄る
    実態の中から朝廷・幕府の機能具合もわかる
    (難しいです)

    0
    2015年07月25日
  • 室町幕府論

    Posted by ブクログ

    足利政権が「権力」と「権威」を掌握してゆく過程を義満時代を中心にまとめた本になります。
    「今から600年ほど前の京都に100メートルを超える塔が建っていた」というのは非常に興味深い内容でした。

    0
    2023年09月17日
  • 室町幕府論

    Posted by ブクログ

     「今から600年ほど前の京都に100メートルを超える塔が建っていた」、この掴みで興味関心が一気に呼び起こされる。それは七重の塔で、高さ約110メートルにおよび、中世で最大の高さを有した塔であった、と始まる。
     この巨大な塔を建てた人物は、足利義満。最初に落成したのは応永6年(1399)、場所は賀茂川と高野川が合流して鴨川となる地点、糺の森よりやや西の地点。
     院政期が六勝寺などの大規模造営時代であるのと同様、著者はこの大塔や金閣寺、天龍寺、相国寺等の建造物が相次いで建てられたこの時代にも着目すべきとする。

     最近、室町時代の研究が盛り上がっているが、本書もそのような一冊である。本書では、室町幕府が創建した大規模な建築物や儀礼の再興に焦点をあてて、それらが進められた背景や目的について分析し、さらにそれに必要だった資金調達のあり方を検討するとのことである。(「財政史的観点」というらしい。確かにお金の工面がつかなければ箱ものを建てたり、しっかりした儀式はできない。お金の出し入れから国家のあり方を見ようとする試みとのことで、ある意味当たり前のことだが、それを史料により歴史的事実として明らかにしていくことが求められるということだろうか。)

     相国寺大塔、義満の居所北山第については第3章で述べられる。当初厳しかった幕府財政、柱としては守護からの出資、土倉酒屋役であったが、遣明船による莫大な利潤が、これらの大規模造営や儀礼の復興を実現したとのこと。
     第4章は、幕間と言うには重いテーマであるが、室町時代研究を牽引した佐藤進一の「京都市政権」論についての批判的考察に当てられる。(この辺り研究史的には大変興味深いところなのだろうが、残念ながら文字面を追いかけるに精一杯だった。)
     第5章、第6章は義持の時代について。南北朝動乱からの復興期に当たるこの時代は、復興の資金需要を賄うための土倉や酒屋の発展、神人集団による商業活動の広域展開、また幕府が京に置かれたことから、首都京都と地方との結びつきが強まり都鄙の相互作用が進んだなどの動きが説明される。

     本書は、終わりに大塔のその後を語る。義満死後建造途中で放置されていた大塔が応永23年に焼亡すると、義持は再建を指示する。そして大塔は北山第ではなく、相国寺の寺域に建立されたが、文明2年(1470)雷火により三度目の焼亡を遂げてしまう。しかし、それらの状況を記した資料は驚くほど少ないという。「室町幕府は、みずからの権力を巨大な営造物で誇示する必要はもはやなく、都鄙の交流を通じて肥大化した京の都に軸足を置き、根をはっていたのである。…すでに爛熟していた京にあって大塔という存在は、単なる時代遅れの大きな飾り物の一つに過ぎなくなっていたのだろう。」(293ページ)。義満の時代から義持の時代へと、時代は大きく変わった。それを象徴的に表すものが大塔の運命だったことを深く感じさせられた。

    0
    2023年05月25日
  • 足軽の誕生

    Posted by ブクログ

    応仁の乱にて活躍した「足軽」について、その構成要素や歴史的背景を追う事で、室町時代における京都近郊社会の一側面を明らかにする内容。守護による幕府運営が機能不全に陥る過程や、牢人に注目した人的ネットワークの実態などが分かりやすい。

    0
    2023年01月07日
  • 足軽の誕生

    Posted by ブクログ

    牢人・足軽の存在を手掛かりに史料を読み解き、応仁の乱前夜の京都とその近郊の荘園の状況を生き生きと描く。貴族・寺社のものだった京都や荘園に武士たちが様々なネットワークを張り巡らし、その中で無数の連携や敵対を繰り広げていく。没落した守護などの家臣は牢人となって、京都南部に滞留し、戦乱や一揆が起こればそれに乗じて失地回復や再起をかけてそれらの争いに参入していく。朝廷や幕府上層部の動きを追うだけでは感じられない歴史のダイナミックな動きを味わうことができる。昔読んだ石母田正『中世的世界の形成』と雰囲気が似ていると思った。

    0
    2013年02月08日
  • 室町幕府論

    Posted by ブクログ

    室町幕府草創期の義詮から、権力を掌握した義満、そして幕府体制が完成した義持の3代にわたる最新の室町幕府論を提起。
    実は内容の要約として本書の最後の「おわりに」に数ページ亘って記されているので、お急ぎの方はそちらをどうぞ。著者さん僭越でごめんなさい。(笑)
    手っ取り早く言えば、世の中、お金が全てさということである。南北朝の動乱を経て、税の収取体系を再構築した室町幕府。朝廷儀礼との接し方からはじまって、その金の捻出方法から辿る各ネットワーク。極端に上前をはねるやり方がその後の禍根を残したのですね。(笑)
    余談だが、メチエ選書では東大系?の日本中世史シリーズが刊行中であるが、京大系?として研究史の総合力を結集して一人挑む気概が感じられとても面白かった。

    0
    2011年04月21日
  • 室町幕府論

    Posted by ブクログ

    室町幕府論今はやりなんですか?将軍の京都行政を中心に幕府の主体性を論じる。しかし、これを見ていると、「如何に地方の富を京都に効率よく分配するか」という問題が時の行政府の課題だったかがわかる。というか、この時代なんてほぼ完全地方分権だから、訴訟整理と都市機能維持くらいしか中央政府のすることはないのかも。そうすると、室町幕府は応仁の乱で機能停止したってのは疑わしいのかもなあ、と思う。では、逆になぜ日本を統一政権にしようとする人たちが出てきたんだろうとも思う。その意味で、この本に書かれていた「主体的な室町幕府」はいつから制度疲労したんだろう。その辺が知りたかったかな・・。

    0
    2011年05月03日
  • 明智光秀 牢人医師はなぜ謀反人となったか

    Posted by ブクログ

    光秀が謀反に至るまでの経緯が整理されており、また理解しやすい内容だった。また、その背景には現代の職場環境との共通点が見られる。特に以下の3点が顕著である。

    1. 人材不足に伴う一人ひとりへの業務過多
    2. 成果に対する過剰な質とスピードの要求
    3. 一部人材の優遇に起因する立ち位置への不安・不信感

    これらは現在の組織においても課題となり得る要素であり、光秀の事例は「過度な負担や不公平感が組織全体に及ぼす影響」を考えるうえで示唆的である。

    0
    2025年09月05日
  • 足軽の誕生

    Posted by ブクログ

    室町時代後期(特に応仁の乱以降)に出現した足軽がどこからやって来たのかについて、当時の一次資料(日記とか)を参考にしながら探究してゆくという内容。

    社会の変化は様々な要因が複合的に絡み合った結果起こるのが世の常であり、その意味でこの本の著者も幕府側の事情のみならず地方の荘園システムの変容、国人レベルの武士の活動等を追いながら分析している。

    室町時代ってカオスやなぁとしみじみ思う(笑)

    惣村や一味といった百姓サイドからの記述が少なく、もう少し多角的視点が欲しかったのが玉に瑕。

    0
    2023年08月30日
  • 室町幕府論

    Posted by ブクログ

    『麒麟がくる』からの遠い連想で久方ぶりに再読。なかなか面白かった(要するに覚えてなかったということですが)。
    延暦寺の立ち位置とか義満の成り上がり振りとか色々ポイントはありますが、やっぱり朝廷(もっと言えば天皇)の存在は、日本土着の信仰に繋がるんですかなぁと改めて思った次第。
    義満も信長も誰もが「滅ぼす」ということ自体を考えていないことからも、その存在の異次元さが判ろうというもの。摩訶不思議ではあるけれど、信仰と考えれば腹落ちします。

    0
    2021年03月13日
  • 明智光秀 牢人医師はなぜ謀反人となったか

    Posted by ブクログ

    今年の大河ドラマの主人公、明智光秀について、牢人医師、早口など新たな人物像を提示している。これまであまりみたことのない資料を根拠に示しているところが興味深い。

    0
    2020年06月24日
  • 足軽の誕生

    Posted by ブクログ

    戦闘要員としての足軽の誕生、というよりも、発生してしまったならず者としての足軽。そういう人が生まれた社会的・政治的背景を語る本。室町時代の京都はきらびやかだったから、闇もまた深いのだと。思っていたのとは随分違った本ではあった。都に多量の牢人がたむろする。政治が疲弊して爛熟する、と。いや、あんまり現代にこじつけて読むまい。

    0
    2013年01月02日
  • 足軽の誕生

    Posted by ブクログ

    (メモ)
    有力寺社が流通に携わり関所を設ける
    荘園の有力者が武家と結びついて領主に対抗
    商人の一族が足軽になる
    武家奉公人と地方の領地との係わり、朝廷とかかわり和歌を詠む

    史料をあげて推測を交えたエピソードが面白く、この時代の人々の生きざまが伝わってくる。

    0
    2012年10月23日