「野菊の墓」伊藤左千夫。1906年の小説、新潮文庫。
ドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」も、真っ青な、ムズキュン恋愛ドラマです。
ま、オチは楽しくはないですし、ダンスはありませんが。
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関東近郊の農村の、ちょいといいとこの、15歳のお坊っちゃん。
親戚の女の子で、坊っちゃんの家に下働きに住み込みで来
...続きを読むている、17歳の女の子。
このふたりが、子供の頃から仲良くて、だんだん初恋になっていって、両思いだったんだけど、女のほうが年上だし、周りが反対して引き裂かれ。女の子は病気で死んでしまった。
と、いうだけの話なんです。
コレが素敵な小説です。
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あまりにも有名なンだけど、読んでないなあ、というよくある小説で。特に理由もありませんが、読んでみました。
オモシロイ。
読みやすい。
もうほんと、冒頭に書いただけのお話なんです。
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若いふたりは、毎日のように仲良くしています。
ただ、微妙に立ち位置は違います。
お坊っちゃんの政夫くんはお坊っちゃんで、東京の学校に進むことが決まって。
民子ちゃんは所詮、働きに来ている立場。家事に追われています。文章を書くこともできないんです。
ちょっと農作業に一緒に行く、とかが、言ってみれば素敵なデートなんです。
周りがだんだんと、「あのふたりはちょっと恋人みたいぢゃないの」と、心無い当てこすりを言うようになって。
そのあたりのストレス感が、「ああ、田舎ってこうだよなあ」という妙なリアル感。
民子のほうが年上だ、ということもあって。政夫が東京に進学して、帰省してみるともう民子は家にいなくなっています。
実家に帰した。そして、嫁に行くことになった、と。
そして会えないまま歳月が過ぎて、今度は連絡があって帰省してみたら。
なんと民子さんは婚家で苦労した挙句、お産がうまくいかずに病死してしまった…と。
なんともはや、なハナシなんです。
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これがまた、とっても素敵にポエムのような心情豊かな中編小説なんです。
どこまでいっても、ピュアなんです。プラトニックなんです。
政夫くんと民子ちゃんにとっては、いっしょにいて、おしゃべりして、農作業とか行って、そんな日常のひとつひとつが、「いっしょにいると楽しいね」なんです。Hとか、そんなの考えもしていません。
そして、そんな仲良しだったふたりが、恋になっていくステップというか、果実が熟すような温度が、ものすごくくっきりと心情、描かれます。ムズキュンなんてものぢゃないです(笑)。
そこから先に、ふたりの仲は熟すことなく、ポッキリ終わってしまうんです。現実としては。
でもだから、お互いに気持ちの中では、終わってないんですね。
もともと肉体的に性的にどうこう、ということぢゃない訳で。
誰と結婚しようがどうしようが、瞬間冷凍された「恋」は生きているんですねえ。
ただもちろん、嫌なことをいわれて、陰口を言われ、親大人のプレッシャーで嫁いだ民子さんは、ほんとに哀れです。
(ま、現代風に考えれば、結婚した夫のほうだって哀れなんですけれどね)
そして、民子さんから、政夫さんに連絡できないんですね。文章書けないですから。携帯もメールもラインも無いし…。
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民子さんが死んだあと、握りしめていたのが政夫くんからかつて貰った手紙だった、というラストは、思わず知らずグッと来ちゃいました。そこまでの語り口の素晴らしさ。
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悲劇で、女々しいといえば女々しいのですが、あまりにも無垢な少年少女のお話なんですね。だからなんだか、辛いけど明るい不思議な物語。
最後は無論、涙、ナミダなんだけど、なぜだか不思議に、いじけた味わいにならない。そういう、他者攻撃とか、恨み節になっていかないポエムな読後感。
恥ずかしいと言えば実にハズカシイ小説なんですが、素敵な恋愛物語であることは間違いなく。
奇跡のようなキラキラした少年少女ストーリー。
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そして、このハナシ、伊藤左千夫さんの自伝的実話なんだそうです。
伊藤左千夫さんにとって、これは処女小説だったそうで。どこかで読んだのですが、仲間の集まりで、作者本人が朗読して発表したそうです。
そして、最後に自ら慟哭してしまったそう。
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新潮文庫で読んだのですが、「野菊の墓」の他に「浜菊」「姪子」「守の家」の短編3つが入っていました。
かつての親友の家を訪れたけど、あまり楽しくなかったという「浜菊」。これはちょっと面白かった。
それから、野菊の墓と同じく自伝的風合いの強い「守の家」。
これは、もっと少年だった頃のお話で、子守娘と坊っちゃん子供の愛惜のお話。
10代くらいだろう、という子守娘の、男の子への愛情がこれまたピュアで、グッと来ました。
どうやら伊藤左千夫さんはこっちに持っていくと強いんですかね。
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「野菊の墓」は何度か映画にもなっています。
なんと松田聖子さんが民子を演じたバージョンもあるはずです。それは未見。
大昔に見た、木下恵介監督の「野菊の如き君なりき」(1955)が、なんにも覚えていないんですが、かなり泣けた、という記憶だけ残っています。
またいつか、再見したいものです。