岡崎勝世のレビュー一覧
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ネタバレ西洋古代~近代におけるキリスト教的歴史観、「普遍史」の発展と衰退とを解説した書。聖書に基づく人類史として生み出された普遍史が現実の歴史をどのように記述していったのか、その二者の間の齟齬をどのように処理しようとし、そして瓦解していったのかを詳説する。
本書は、聖書に基づく西洋の歴史観である普遍史を、主に近世~近代における動揺の時期を中心に紹介したものである。キリスト教的歴史・世界理解の方法とも言える普遍史は、天地創造やノアの洪水などの聖書の記述を軸に(西洋人にとっての)普遍的な人類史を組み立てて行こうとする試みであった。アダムに始まる人類の歴史は預言者ダニエルの説いた四つの帝国を経て黙示録の終末に至るものであり、その中においてキリスト紀元や「化物世界誌」といった概念が西洋人の世界観として構築されていった。
しかしその一方で、聖書の記述と現実の歴史との間には易々と解消することの出来ない齟齬・矛盾が存在していた。古くは創世紀元を大きく超過してしまうマネトのエジプト史に始まり、聖書の想定していない「新大陸」や中国文明の発見、果ては文献的研究の進展に伴う聖書の記述そのものの信憑性疑義など、歴史を経るにつれ普遍史の権威は大いに揺らいでいく。多くの学者がこの齟齬を解決しようと様々な理論・歴史記述を呈するも根本的な解決には至らず、遂に18世紀のシュレーツァーを以ってして普遍史は「世界史」へと瓦解していく――その一連の流れに焦点を当てて解説しているのが本書である。
本書の内容で興味深かったのは、「聖書に基づく」普遍史において聖書の記述の取捨選択が行われてきたという事実と、中国史など聖書の枠外にある地域・文明を聖書の記述の中に包摂しようとした諸々の試みである。聖書にも記述のあるはずの新アッシリア帝国や新バビロニア帝国が(『ダニエル書』に基づく四世界帝国論を説く)普遍史においては無視されている件や、また中国史の古さを解決しようと中国の歴代皇帝を聖書の登場人物に対応させていく(例:伏犠=アダム)といったことは、まさに自らの文化・価値観の下で他者をどのように描写するか(その過程で他者をどのように改変していくか)ということと深く結びついていると感じられた。 -
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本著は一般的な世界史の解説書ではなく、「歴史学の歴史」ともいうべきもので、ヨーロッパ世界における各時代においてどのような歴史観が支配的であったのかについて時代を追いながら検証していく内容となっています。
我々が「歴史」というものを考える場合、ついつい現在を起点として過去を振り返るという態度に終始してしまいがちですが、その起点たる「現在」も数十年、数百年経てば「歴史」の一部になっていくわけです。
そんなこと考えてみれば当たり前なことなんだけど、けっこう見失いがちな視点でもあります。
例えば21世紀初頭に生きる我々の目から見た「古代ギリシャ時代」の捉え方と、古代、中世、近代に生きた人々の目から見た「古代ギリシャ時代」の見え方は各々まったく違ったものであったはず。
各々の時代における「歴史観の世界観的基礎」および「歴史学・世界史象の特質」が紐解かれていきます。
かつて「普遍史」が支配的だった時代、歴史は聖書の世界と同一のものでした。
アダムとイブやノアの方舟は、歴史上の事実として捉えられていたわけです。
ところが、次第に中国やエジプトには聖書の時代よりも古い文明が存在した事実が分かるようになるに従って、近代以前のヨーロッパの歴史家たちは、それらの事実を「普遍史」との間で如何に整合性をとって組み込むかについて一方ならぬ苦心をしたということです。
今から考えると滑稽なことですが、現代の我々が常識だと考えている科学的歴史観がけっして普遍的なものではなかったことを示すいい例だと思います。
世界観・歴史観というものを客観的な観点で見直すよい機会を与えてくれる一冊です。 -
Posted by ブクログ
聖書の記述に基づいて書かれた「普遍史(Universal History)」はいつから「世界史(World History)」となったのか。年代学そのものの歴史を辿る。それは、ヨーロッパの人々が世界をどう理解してきたかを辿るということ。
ローマ期には、"人類史6,000年間"の観念が定着し、年代には創成紀元が使われるようになる。
キリスト紀元は、もとは復活祭の日を決めるという教会行事上の必要から、525年に発生した。
聖書の記述と矛盾するエジプトや中国の歴史の古さの問題は、やがて年代学論争に繋がった。
18世紀頃には普遍史の息の根は止められ、世界史の叙述がなされるようになる。 -
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ネタバレヨーロッパ世界が世界史を著す過程について論じた本。著者の前著『聖書vs世界史』よりも一般向けの内容となっている。
古代には”アジア”、”ヨーロッパ”、”リビア”(アフリカ)という世界の三区分(ヘロドトス)、「人間の本性が同じである限り、過去に起きたことはまた将来にいつか起きる」という円環的な時間観念(トゥキュディデス)、自分たちの世界の外にはバルバロイや化物がいるという”化物世界誌”という思想体系が生まれる。この間には”自由”を享受するヨーロッパと専制君主に”隷属”させられているアジアという対比の構図が生まれ、後世に影響を与える。
ローマ帝国崩壊を経て中世には普遍史が確立し、ルネサンス、大航海時代には転換期を迎える。ニュートンが人間を神の似姿から自然体系の一員として見なし、物理学における絶対的時間という概念を発見して以来、文明や進歩の美名の下に植民地主義を肯定する風潮が生まれる。モンテスキューはアジアが未だに専制政治の下停滞しているのは風土によるものだ、としている。
19世紀にランケが登場することで、史料批判に基づく近代歴史学が確立する。また、マルクスは唯物史観に基づき、歴史は資本主義段階を通じて人類を解放する過程であると主張する。
このレビュー自体、あまり纏まりがないが、歴史というものは過去の人間が未知の人、モノ、考え方に直面したときに取った対応の過程を記したものであるという認識を改めて確認することになった本だった。