「わたしは社会」⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎
学童保育の現場では、せんせいであれば人間の個体名も、要らない。そこではいろいろな事情を抱える子供が生きる。元気な子も、体調不良の子も、夜は一人で過ごさなければならない子も、過剰な心配を向けられて自分で歩く道を決められない子も。そんなときでも、せんせいはせんせいであればいい。その子たちのせんせいであれるなら、身投げでもなんでもするし、何度でも死んでやる。せんせいは、子供が生きれられる社会であるのだ。
語り手はそう考える。非正規ながらも毎日をせんせいとして、社会として生きる。子供たちからその身を預けられたのなら、必ず受け止める。子供たちからせんせいへのお願いを受けたのなら必ず引き受ける。しかし、その逆は違った。社会から個体に手を差し伸べることはない。あってはならない。皆が平等に生きられる社会でなければならないから。誰か一人だけを特別視するのは社会でなく、せんせいでない。そう感じる語り手は徐々に変化していく。困っている子供がいるなら、手を差し伸べたい。置かれた立場が劣悪ならば、そこから出してあげたい。そう思い、いくつか実践した。でもそれは、子供なりの一歩を踏み出している最中に、それを見守っているだけ。せんせい側が、歩く道を決め、そこを否応なく歩かせているわけでない。だとしても、それは特別扱いだったかも知れない。結果がどうであれ、語り手は社会に成りきれなかった。
皆が平等なのは変わりない、しかし、皆が特別なのだ。そんな社会ではだめなのか。今の社会がそうでないと言うことを、私たちに訴えかけているようにも感じられた。ベテランであり、何年もこの職種としては働き続ける吉田さんが、社会過ぎるが故に、語り手の先生像は吉田さんになってしまった。芦刈先生ともう少し長く働いていたらなと思う