金子文子のレビュー一覧
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金子文子さんが獄中の四年間に、全生涯を物語った手記。
この手記は、彼女の同志が受け継ぎいだものだ。
歴史は学生時代の暗記のものではなく、親や大人が語り、伝えていかねばならないと感じた。この本と出会えたことは、何かの縁なので私の拙い文章で感想を綴る。
金子文子さんの生涯は手記に詳しく書かれているが、経験値の足りない私でさえも息苦しくて生きるのに希望すら持てないものだと、読みながら心が痛かった。
感想を書きたくともとても表現できない。
彼女が経験した飢えの痛み、寒さの刺すような感覚、人間の汚さに触れたときの絶望、血を分けた親族との金銭問題、心が裂けるような孤独――
それらは、現代の私たちが想像で補えるようなものではない。
私の日常にもたくさんの恵があふれすぎていたのだと思い知らされた。学校や仕事、結婚や子育て、今こうして本を手にすることができる時間など。
こうした恵まれていたからこそ、当たり前の世界に文句や悩みが生まれる。
そんな私には文子さんと同じ場所に立つことはできない。
彼女の言葉を分かったつもりになって同じ場所に立つことはできないが、知りたいと思った。
そうした生きづらいことを具体的に経験された生々しい文体は脈を打つように書かれている。
それはもしかしたら朴烈さんと出会えたことで解放されたからなのかと思えた。
親に捨てられた子ども時代、朝鮮時代の虐げられた過去から這い上がる姿、自ら学ぶ姿勢を止めず自分の心に正直に生きる文子さんの手記を私はすすめたい。
この手記は、「何よりも多く、世の親たちに読んでもらいたい。いや、親たちばかりではない、社会をよくしようとしておられる教育家にも、政治家にも、社会思想家にも、すべての人に読んでもらいたいと思うのである。」(p20)という一文があるように、読む機会を得た私は、未来ある子どもたちに二度とこのような経験をさせないことを誓う。
そういった意味でも彼女の手記をすすめたいと思った。 -
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何が彼女をこうさせたのか、
読み進めていくうちに、
それは親であり家族であり環境であり、
国であり、時代であり、男であり、
すなわち彼女の周りのすべてのように思えてくる。
だからこそ彼女にとってかけがえのないものは、
「自由」だったのだろう。
それを求めてひたすら立ち向かう彼女。
ただ、彼女自身の弱さとして、
人からの愛に対する渇望があったと思う。
かつて彼女は母を、
男に頼らずには生きられないと断じていたが、
彼女もまた、同じ欠落を抱えていたと思う。
だから自分の生き方を探そうとするまでの文章は濃密なのだが、朴を始めとする男性とのつながりに関しては、
どこか曖昧なものになっている気がする。
特に、
自分なりの生き方を手に入れようと立ち上がった時に、
そのすべてを朴の人格にゆだねてしまったところが、
愛に飢え続けていた彼女のもろさのような気がした。
生き方と愛は分けて両立させた方が良かったと私は思う。
最終的に、彼女はテロという破壊を選択した。
人が生きていくのに、なぜ他者が手出しをして決めようとするのか。その怒りの表れだったと思う。
しかし運命の不思議さは、
彼女に破壊よりも、
この著書を表すことによって、
伝道の人たらしめたのだった。
そして今の時代でもなお、
この本は読み継がれる価値があるものになっている。 -
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今から100年前を生きた女性の手記。そんな昔の文章、私に読めるかしらと心配したが杞憂でした。力強い文章からは生々しい感情が伝わってきて、辛い気持ちにもなりつつ読み終えました。
100年も昔と思ってたけれど、たった100年前はこんなに大変な時代だったのか、とその当時の生活のリアルを知り、驚きました。歴史としては知っていても、実際にどう感じてどんなふうに生活していたのかは想像が及びませんでした。この手記を書いた本人のことはもちろん、こんな大変な時代のなかでも人は生き、子供を産み育てて今の私たちに命を繋いできたんだなぁと、人の逞しさを知りました。読んでよかったです。 -
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他人の意見を鵜呑みにして、自分の思いを蔑ろにしそうになる時、つい自責の念に駆られそうなとき、金子文子さんの考え方を取り入れると、自分を大切にできると思った。
『お前が悪い』と言ってくる人に負けて
自分が悪いのかも
と思いそうになる私自身に対して、
なにを問いかければいいのか
のヒントをもらえる本だった。
一番感銘を受けたフレーズ
『-子供をして自分の行為の責任を自分のみに負わせよ。自分の行為を他人に誓わせるな。それは子供から責任感を奪うことだ。卑屈にすることだ。心にも行為にも裏と表とを教えることだ。誰だって自分の行為を他に約束すべきではない。自分の行為の主体を、管理人に預けるべきではない。自分の行為の主体は完全に自分自身であることを人間は自覚すべきである。そうすることによってこそ、初めて、人は誰をも偽らぬ、誰にも怯えぬ、真に確乎とした、自律的な、責任のある行為を生むことができるようになるのだ-と。』 -
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獄中自死で埋葬された腐乱死体の描写から始まる異色すぎる自伝(この部分は作者ではないけど)。恋人朴烈とこれから本格的というところで終わるが全て筆者である金子文子の意図によるところ。教育環境が良くないなかで鋭い分析と読み応えのある文章を23歳にして書き上げた点に驚く。4桁の掛け算を暗算でできたと本人がサラッと書いている事からも相当に知能が高い事が伺える。もし環境が良く理系方面に進めば凄い事になっていたかもしれぬ。
横浜の寿町(ドヤ街で有名)で生を受けるも無籍扱い、無責任な親の都合で各所をたらい回し、更に父方の叔母の養女として朝鮮に行ったはずが人権を無視した下女扱い(この7年間の描写が1番長く作者の怨念を感じる)と尽く不遇。あまりの酷さに少女時代に自殺を考えるがそこから生き抜いていく意思と覚悟を見出す場面は感動的ですらある。
親、親類縁者の中でも朝鮮の祖母が陰険高慢強欲卑劣という鬼畜さで実在系悪党でもなかなかのクソぶりである。男からレイプされるだけでも酷いがこの人の場合それがメイン級の不幸でないのも恐ろしい。付き合ってた男達も身勝手で多分性の対象としてか考えていないよう見える。そんな中で朴烈と出会った事(今後付き合っていく上での質問が具体的なのが爽快)は彼女にとっては幸せだったのだろう。
なお画像検索で出てくる金子文子は別人らしい。本当の顔が気になる。個人的には高橋是清と並ぶ自伝の傑作。 -
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23年の短い生涯を強烈な密度で過ごした著者。
苦境また苦境、さらに続く苦境。
およそ100年前に実在したこの体験が、今こうして書籍となり読むことができることに対して感謝したい。そう感じる一冊だった。
筆者は、とある理由で死刑宣告を受ける。
恩赦により、無期懲役に減刑されるが、それを拒否し、獄中で自殺。このとき23歳。この人の人生には何があったのか。
彼女の幼少期は、身勝手で責任感のない大人達の間で翻弄された。父、母、多くの親族等々。朝鮮時代の祖母とかゴミクズ。暴力を振るわれ、尊厳を無視され、侮辱され馬鹿にされ、自由を奪われた。それでも、強く生きようとする。10歳やそこらの少女がこの境遇に絶望しながらも生き続けられたのが奇跡だと思わざるを得ない。
戸籍がないことは、本人の責めに帰すべきでは当然ない。両親によってのことだ。これに起因する事柄だけでも、彼女は幼い頃から大変な苦境の中に立たされ、大いに苦しめられた。戸籍がなければ皆が行く学校に行けない。手を尽くしてなんとか入学した学校でも、主に大人から悲しい扱いを受ける。
朝鮮時代の閉塞感はあまりにつらい。
これは、祖母と叔母による支配が原因だが、子供が打破できるものではない。どうしようもないのである。(最も辛い出来事は本書には書かれていないとのこと)
彼女は自身に対してこう述べる。
「こうした境遇に置かれた時、私が自暴自棄的な気持ちになったのは咎められるべきであろうか。無論私は、咎められるべきである。私は私自身の生命を冒涜しているのである。」
これほど強く、自分の人生の意味を捉えようとした経験が自分にはあるだろうか。
自分の生は、自分によって薄められていやしないか?
どんなに苦しくとも折れない彼女の生き方に、頭を殴られるかのような衝撃を受けた。必ず再読する。
余談だが、自死の誘惑に駆られた時の様子は、会社に追い詰められた過重労働者のそれと重なるものがあった。踏み留まるのにも、同じ理由が適用できると思う。
女性差別満載の時代で、今こうして読むとおいおい…となるが、当時を自分が生きていたとして、違った判断・言動ができるかと言ったら。。
「現代のあるべき論のもとに」ではなく「真に正義のもとに」何か言う・行動できるか。私にはその自信はない。
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これすごいな。
もっと知られるべき本だと思う。
この本に興味を持って読み始める前に最初に懸念したことが昔の本だから読みにくいんだろうなということ。
原文がわからないのでもしかしたら編集の方の力かもしれないが、とにかく読みやすい。
そしてこれは著者本人の力であろうが、そこらの小説よりもとても面白い。
一般にはこの時代は純文学の時代と重なるものがあるのだろうが本当に社会の底辺で生き抜いてきたからこそのリアリティを感じた。
闇の時代。日本が本当に貧乏だった時代。そういった今ではあまり聞かないこの時代のことがとにかく生々しく表現されていた。
ひとつ唯一残念なのは結婚をしたところで手記が終わるところ。
その後に震災があり、文子が社会の中で特異な人生と最後を迎えるという事実があるのだがそこの描写は極めて少ないこと。
その時にどう考え、どう行動したのかを読んでみたかった。
しかし本当に頭の良い人だったんだろうな。
そして境遇からなのか、その頭の良さゆえなのかとても生きにくい人生を歩み切った人なのだろうとも思った。
あくまで文子主観の内容なのでありえないような辛い出来事すべてがただの理不尽とは言い切れない。
本人と周りとの軋轢も多々あったのだろう。
そういった中で自己を確立していった人生とその手記内容に圧倒されてしまった。 -
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大正時代の本なので文体が古めかしいかと思ったが、意外にも現代的でスルスルと違和感なく読めた。社会的に成熟していない世相の中で、心物双方で常に窮地に立たされている女性の物語。激しい、とは感じたが、おそらくそれが一般的に認められるような世相だったのやもしれない。現代とはまた違うものがあるが、根底には何か通じるものがあるのかも、と考えさせられた。また、昨今の分断の一端である「左傾」の成立過程もなんとなくわかった。金子本人は、この手記の中ではそこまで極端ではないが、右にしろ左にしろ、どっちが成立したとしても、結局は同じことだ、と言っている。さもありなん。さて、自分はどうすべきか?
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ネタバレ23歳で自ら縊死したアナーキスト、金子文子の獄中手記。
作者、金子文子の育った、父母による家庭の破壊、極貧、預けられた祖母・叔母から受けた虐待と朝鮮での暮らしという劣悪な環境は、1920年代当時の日本としては、例外的ではなかったかもしれない。
しかし、作者は頭が良かった。
この手記も、ほとんど記憶だけで執筆されたと考えられる。一部補筆復元があったようだ。
(文子が この手記を宅下げして 同志の栗原一男に出版を依頼し、1931年(昭和6) の7月に 春秋社から出版されました。「宅下げ」といっても、栗原一男が 実際に手記を手にしたのは、1926年 (大正15) に 文子が死んでから、だいぶ経ってから らしく、しかも 手記は あちこち 切り取られて ズタズタだったらしい。それを 栗原一男と加藤一夫の二人で 補筆復元し、題名も 彼らが付けました。
『何が私を こうさせたか 』 金子文子著 | 神谷武夫 引用)
学習意欲が高かったにもかかわらず、満足に学校にも通わせてもらえなかった。しかし、本文は読みやすい、難しい内容の部分も、よく噛み砕いてわかりやすい文章になっている。
文章の裏にはずっと慟哭している作者がいるが、表現は抑えられ誇張されていない。
神も、社会主義思想も、作者には自身を託すものではなかった。
以下本文より引用 388ページ
私は今はっきりとわかった。今の世では、苦学なんかして偉い人間になれるはずもないということを。いやそればかりではない。いうところの偉い人間なんてほどくだらないものはないということを。人々から偉いと言われることに、何の値打ちがあろう。私は人のために生きているのではない。私は私自身でなければならぬ。
私はあまりに多く、他人の奴隷となりすぎてきた。あまりにも多く、男のおもちゃにされてきた。私は私自身を生きていなかった。
私は私自身の仕事をしなければならぬ。 -
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壮絶だった。なにから書けばいいかわからないくらい壮絶だったが、読めて良かった。
こう書くと軽く見えるかもしれないが、現代でいう親ガチャ失敗、生まれが選べないことによる貧困、教育を受けさせてもらえない等の数々の困難が降りかかる。まだ下があるのかと思うほど、読み進める程に酷く悲しい。それでも、子供から搾取する大人に囲まれ、虐げられた時代を長く過ごしたにも関わらず、幾度と「自分は間違っていない」と思える心が本当にすごいと思った。
私は自分が将来、仮に親になることを考えるととても不安で、子供に施しをすることが出来るのだろうか…と考えることが多い。それでも、文子の言葉を読んでいると、特別何かを与えるのではなく、子供を騙さないことや大人の都合や責任を押し付けないこと、愛情を持って居場所を作ること、それだけできれば充分すぎるほど親なのではないかと気付かされた。
これほど本のタイトルが内容を表しているものも珍しいと思う。文子がどうして恩赦を受けず、縊死したのかが凝縮されていた。帰る場所がなく、心安まる場所がなかった文子が自身の人生を見出したのが朴なのだと思う。 -
Posted by ブクログ
「私は人の為に生きているのではない。私は私自身の真の満足と自由とを得なければならないのではないか。私は私自身でなければならぬ」
大逆罪で死刑判決後、恩赦を拒み獄中で23歳で獄死した金子文子の手記。生まれ落ちてからずっと不幸だった。極貧の中で無戸籍として育ち両親に虐待され親戚の家にもらわれて奴隷のようにこき使われた。苦学するために単身上京し新聞売りや露天商をしながら学校に通った。しかし苦学したところで偉い人間になれない世の中であることに気づき「人々から偉いと言われることに何の値打ちがあろう」と考える。彼女が行き着いた思想は自分の人生を生きること、だった。彼女は貧困を悪とは考えない。むしろそれを恥ずかしいと考える拝金主義たる大人たちを軽蔑した。幼い彼女の幸福、希望がいつも大人たちのくだらぬ見栄や自分勝手の犠牲になってきたからだ。家族主義の時代に家族らしさすら経験できなかった文子の近代的個人主義は近世の因習も新しい思想も宗教的救いも否定し、社会を牛耳る権力を呪い、生物の絶滅を望む破滅的アナーキズムに至る。文子自身は頭脳明晰な人である。ただこの時代に、この環境ではこうなるしかなかったのだ。極貧生活を不幸の原因のように語る人がいるが、それは違う。彼女は自分の境遇に感謝した。何不自由なく育っていたら何も考えず何も感じずに他人の人生を生きただろうと考える。何でも序列をつけて貧乏が悪いとする思考を彼女は嫌悪する。迷いや疑問ばかり植え付け迷路のように答えのない近代思想。これが明治以降に蔓延した西洋的思考の欠点である。ゴールとして存在しない平等社会の渇望。彼女は貧富、男女、生死、学識の有無、多様性を認めずに上下、優劣をつけたがる発想を憎む。しかし彼女の近代的自我は抵抗する社会の因習に打ち勝てず倒されていく。自殺は彼女にとって他人の奴隷にならず自分の人生を生きた証だったのだ。