Twitterで江西さんが紹介していたので読んでみた。予備知識ゼロで買って、小説かと思ってたらノンフィクションだった。皇室みたいに明らかに壁があって世間と隔絶されている世界に、どうやって新興宗教がつけ入る余地があるんだよ?と思いながら読み進めた。
展開が独特で、まず戦後の魔女追放事件から始まって、そこに千鳥=真の道が登場する。全然関係ないけど、普段ランニングでよく行く小仏登山口の横に真の道の奥宮って施設があって、その宗教が本に出てきたのはちょっとびっくりした。あと、生長の家も出てくる。あれも神道ベースの新興宗教だったんだなと改めて思って、これもびっくりした。実は父が若い頃生長の家に傾倒していたことがあって、その後右翼活動の道に進んだという経緯もある(これは余談だけど)。
そこから戦前、さらには明治・大正期へと時代を遡ってその源流をたどっていく構成なんだけど、これははっきり言って読みにくい。普通に時系列で書いたほうが構成としてすっきりするし、頭に入りやすかったと思う。
内容自体はかなり興味深くていろんな人物が突然「神がかって宗教を始める」みたいな話が次々出てくるのが驚き。しかも多くの教団が「皇室や天皇は本来もっと偉大な存在なんだ」という、ある種の熱烈なフォロー感情から出発していて、そこがオウムや統一教会のような「破壊的カルト」のイメージとはだいぶ違っていて面白かった。
天皇は記紀にもあるように「神の子孫」とされているが、近年では宮中祭祀の簡素化などもあり、皇室内部にも考え方の違う皇族が出てきていると。過去を重んじる層にとっては「もっと天皇家は神聖なんだ」と言ってくる新興宗教が、ある種の味方のように見えるのかもしれない。そういう“つけ入る隙”が、近代と神話の摩擦の中で生まれてしまったんだろうな。
個人的に一番面白かったのは、金毛九尾(の狐)が出てくるくだりと、藤原家が天児屋根命の末裔であるため「天皇家に侍り続ける存在」だという話。すでに少数民族的な存在になっていて、春日大社には藤原家の勅使にしか開かない門があるというエピソードも出てくる。神話と家系が実際に繋がって今に至っているという事実にはかなり驚かされた。
国家神道というものを作り上げる中で天皇の神聖性や神話との繋がりが強調され、その一方で近代化との摩擦が起こった。そのすき間に新興宗教が入り込む余地が生まれていった。この本はその過程をかなり細かく書いていると思う。ただし構成には難あり。