19世紀末のドイツ、本名はラートでありながらウンラート(汚れ物)というあだ名をつけられた、学校(ギムナジウム)の老教師が主人公となり、彼の精神的な醜さとその精神から生み出される狂気じみた行為が彼の住む街全体を巻き込んでいき、その末路までの顛末を描いた物語となる。
まあとにかくウンラート教授、醜い。醜いというか幼い。
当時はまだ階級の影響が社会に色濃く及んでおり、決して超えられない身分的な壁が存在する。
貴族の子供と、身分は低いが学校内では教師としての権力を発揮できるウンラート。
ウンラートのことを小馬鹿にする子供たちに対し、執拗に粗を探し、粗が見つからない場合には無理矢理作り出し、落第や放校に処したりする。そして溜飲を下げる。
馬鹿にする子供も悪い、ただ、それに対応する態度としては教師の道にもとる。
「このクソガキまじでむかつく。大人の力を思い知らせてやる。」と感じるのは誰にでもある。でも普通は行動に起こさない。
ウンラートちゃん、普通にやる。(ちゃんづけで呼ぶのは、中身を読んだらわかる)
言い方はアレだが「社会を知らない教師」の悪いところを煮詰めて煮詰めて凝縮したものを雪だるまくらいに大きくした感じ。
これだけでも幼稚なのに、もう一人の主人公、女芸人フレーリヒと出会い恋に落ちてからの行動もまた目を見張るほどに幼い。
これはこれで、まともな恋を知らない初老の男が恋に落ちたときの悪いところを蒸留し続けて一斗缶を満タンにした感じ。
もうとにかく最悪なのだ。最悪。
でも、目が離せない。一度読み出したら止められない。
この物語はメタファーを多用しているのだが、その隠喩が実に写実的で躍動感があるのだ。
本の中で、ウンラートの気持ち悪さが気持ちいいくらいに飛び跳ねている。目が離せない。
そしてそのメタファーが、ヒロインである女芸人フレーリヒの美しさと色気も躍動させる。
これはウンラートじゃなくても惚れてしまうのかもなと思わせる納得感があり、その魅力にも目が離せない。
結果、気持ち悪いのに割と傑作になっている。不思議。
最後の1行を読んだ後、私は何を読まされたのだろうかときょとんとしたのだが、割と傑作だったなって思わせる。不思議。