悲しい物語、どうしてこんなに悲しいのか
主人公デイヴィッドが「愛そのもの」よりも「社会的に安全な自分」を選んでしまうこと
ジョヴァンニの愛がまっすぐで、真剣で、逃げ場がないこと
そしてすべてが“取り返しのつかない時間”として語られる構造
ジョヴァンニの部屋という“閉じた空間”は、愛の聖域でもあり、社会からの隔離でもあり、逃げ場のない真実の場所でもある。あの部屋が、まるで心の内部みたいに感じられる。
あの部屋で、あの目で、彼はずっと愛している。
一方でデイヴィッドは、愛しているのに、自分の恐れのほうを選ぶ。
ジョヴァンニの運命は変わらないとわかっている。デイヴィッドの後悔も、もう取り返せないとわかっている。だけど、どこかで運命がかわるんじゃないかって願ってしまう。だからカウントダウンが苦しい。読んでいる間、「お願いだから選び直して」って何度も心の中で言ってしまう。でも選び直さない。それがもうわかっているから、ページをめくる手が重くなる。
デヴィッドが一番可哀そう、自分のことを愛してくれた、自分もまた確かに愛した男が今はもういなくなる、今後はその後悔を抱えて生きていかないといけない。ジョヴァンニは死によって物語が閉じる。でもデイヴィッドは、生き続ける。
そして生き続けるということは—— 「本当は愛していた」という記憶を、消すことも昇華することもできないまま抱えること。
彼は臆病だった。社会の目を恐れ、自分の欲望を恐れ、“普通の未来”にしがみついた。
でも、その選択が一番愛してくれた人を失わせる。もし愛していなかったなら、ただの過ちで済む。でも愛していた。 だからこそ、あの部屋の記憶は一生消えない。夜中にふと蘇る。あの光、あの匂い、あの体温。それを抱えたまま、「何事もなかった顔で」生きていく。それがいちばん辛い。
デヴィッドの行動には悔しいとおもってしまう、今の時代だったらこんな結末にはなってない、時代背景も彼らの運命に大きく影響している