谷釜尋徳のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
江戸時代、女性もこんなに歩いて旅行していたと知って驚いた。何となく、男性しかそんな事はできない世の中だったのではという偏見があったので。先日、自分も東海道を宿場町づたいに歩くという経験をしたので、同じように江戸時代の女性達も歩いていたんだなあと思うと感慨深い。
そして当時の女性達が今のような靴でもないのに1日で30キロほども歩いていたという事にびっくりした。現代人は明らかに退化している…
自分の地元の宿場町の名産物のお菓子は、子供のときには何とも思っていなかったが、江戸時代から脈々と伝統的に受け継がれ、今でも売られていることに感動を覚える。
江戸時代の女性たちが各地の宿場町を通り、スイーツを食べ、買い物して、神社仏閣を参り、温泉で疲れを癒す…完全に今の自分とやっている事が同じで、タイムスリップしたらめちゃくちゃ気が合いそうだな、と想像してしまった。 -
Posted by ブクログ
むかし清野さんという女性が
江戸時代に旅をした話を読んで
おもしろかったのですが
この著者はそういう資料を集めて
いろいろ比較できるようにしてくれた。
るるぶ・まっぷる的なものが
当時からちゃんとあったのが楽しい。
「名所図会」とか。
行けない人も行った気になれるのは今も同じ。
伊勢参りや家族の転勤つきそいなど
明確な目的がないと旅もしにくかったけど
行くとなったら、もう寺社のおまもりや
伝統薬に地元の名産品も買っちゃうし
おしいしもの食べて、芝居小屋まで入っちゃう。
あと、旅の必需品に鏡や櫛、びんづけ油などの
化粧品がしっかりふくまれてるのが女子。
それにしても、すごい健脚だったんですね。 -
Posted by ブクログ
近世に入り、泰平の世が実現するに伴い、人びとが教養を身につけ、経済も成長、貨幣経済の浸透や交通インフラの整備から旅行業も発展した。
特に近世後期には、伊勢をはじめ諸国の神社仏閣を巡る旅が大流行、ゆく先々で名物を食べ、名産品を購入したり、道中を遊び尽くす観光旅行の形も創り上げられていった。
旅行環境の整備や女子教育の普及で女性旅も盛んになったようで、本書は、この点に着目、当時の旅日記や名所図会など参考文献を読み解きながら「女子旅」を考察、活発な江戸の女性像を浮かび上がらせる。
印象に残った記述を以下に列挙しておく。
・旅行メンバーは安全のため、男性の同行者を交えたグループ旅行が多かった
・総歩行距離は短いものでも300キロ、長いものでは3000キロに迫った。1日平均31.4キロを歩いた
・関所を通る際、男は無手形でも許可されだが、女は関所手形が必須、ボディチェックも厳しかった。
・川越人足へのチップ、関所破りの斡旋業者の利用など、金次第で旅の困難さは軽減できた
・旅の流行に伴い草鞋の消費需要が高まった。旅先で買い換えが生じ、捨てられた草鞋は近隣農家が持ち帰り新しい草鞋の材料にするというリサイクルが確立されていた
・両替と為替という貨幣制度は、旅人の持ち物を軽量化し、多額の現金を持ち歩く危険性から遠ざける有効なシステムだった
・旅の流行に当て込んだ旅行ガイドブックやお菓子などの買い物案内カタログが出回っていた
・旅先の買い物は、御守り、数珠など神社仏閣の土産物、薬品類が多かった
この他、宿屋の料理、道中の名物など、グルメ情報も多く掲載、多くの参考文献や絵、図表を使って、できるだけ、興味を引くよう工夫されている。
ただ、それでも本質的には、歴史知識を学ぶ本という固めの印象が残り、これらの情報を盛り込んだ等身大の主人公が躍動する創作の「女道中記」があれば読んでみたい気分になった。 -
Posted by ブクログ
江戸時代の女性の旅行事情を様々な資料からまとめた本。江戸時代の女子旅と聞いて、真っ先に思い浮かんだのは、「入り鉄砲に出女」。やはり箱根の関所で、西に向かうのはかなり厳しかったよう。それ以外の関所においても、それなりに難儀した模様。
江戸時代も中期以降は、幕藩体制や社会の安定、貨幣経済の発展等もあり、旅がしやすくなってきた。女性にとってもそれは同じこと。さすがに、女性の一人旅や女性のみの団体での旅は危なかったらしい。男性に同行したり、荷物持ちの男性を同行させたりしていた。
当時も観光、ショッピング、グルメ等を目的に旅していた。そこは現代と変わらない。それしにても、昔の人の健脚ぶりには改めて驚かされる。