先日、希釈した汚染水を福島県沖に流すことを決定、との報道があり、あらためて福島第一原発をとりまく状況を知りたいと思い読み始めた。
9年の歳月をかけ、作業員の人々の人生を追うように、丁寧に取材を重ねている一冊。
それぞれが、何を思って事故処理に携わり始めたのかから始まり、限界に近づく線量に怯えながら
...続きを読む続ける危険な労働、離れて暮らす家族との軋轢やすれ違いなど、報道だけでは見えてこない現場の真実をえがく。
特に恐ろしく感じたのは、政府や東電の計画通りにことが進むことを最優先したために、到底間に合わないようなスケジュールが組まれ、作業員の心身をすり減らすことで成り立つ悲惨な労働環境になっていること。
また、11年12月の「事故収束宣言」や東京五輪誘致に際した「状況は完全にコントロールされている」といった発言は、現場の状況からすると全くの偽りであったことが明かされている。
また、事態の深刻性が露呈することを恐れ、「炉心融解」を「炉心損傷」に、「冷温停止状態」を本来と違う意味で使用するなど、体裁が最優先の姿勢には辟易する。
チェルノブイリ原発での事故において、体裁のために真実が秘匿され、ヴァシリー・レガソフによって告発されたことも思い出される。
多重の下請け構造によって、原発が出す賃金がピンハネを繰り返され、現場で放射線を浴びながら働く作業員へ渡る賃金は他の工事現場と変わらないような金額になっている。
5年間で受ける放射線の量は定められ、線量を使い切ると新たな勤務先を斡旋されることもなくアッサリ切られる、「使い捨て」の構造。日雇いが多い作業員のなかには、仕事がなくなることを恐れ線量計を現場に持ち込まず作業する人も多くみられた。
「使い捨て」にされることに苦しみながらもイチエフから離れがたく働き続ける人、家族との関係に悩みイチエフから離れ新しい職を見つける人、廃炉を見届けたいとの思いと諦念を抱えながら今できることをする人…
私自身、事故から次第に意識が薄れていったこの9年間、現場には常に危険な状況にさらされながら働き続ける作業員の方がいたことを心に刻まなければならない。
そして、著者が主張するように、この先何十年と続く廃炉作業において、現在のような非人道的な労働環境や中抜きを繰り返し雀の涙のようになった賃金、線量の限界を迎えた際に容赦なく切り捨てる雇用形態をこのままにしてはならない。
青木理氏の解説において、「ノンフィクションは徹底して「小文字」を積み重ねて紡ぐ文芸である」との言葉が紹介されていたが、本書はこの言葉に相応しい作品である。取材に応じることへの危険性に打ち勝つほどの信頼を得て、長い年月にわたってそれぞれの人生に寄り添い、彼らの言葉を紡ぎ続けたことに畏敬の念を感じる。
作業員のひとり、ノブさんからかけられた言葉「ありがとうね。福島のこと忘れず、ずっと来てくれて」にこそ、著者の9年間が詰まっているのではないだろうか…。
本当に読んでよかった。