西郷孝彦のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
未来の日本をつくっていく若者を、学校という場所で育てる。教育者としてこのうえない楽しみであるが、育て方のアップデートをしなければならない事すら、当事者意識がない教員には難しいことである。現在、教育現場でどのような試みがおこなわれているか?また、何か動きがあることすら知らない人が多い。私の職場でこの本を読んで、何を言っているのか理解できない人が半数以上はいるであろう。
みんな違ってみんないい。という考えには共感できるが、みんな違っていいという事は、対立がうまれることもある。それは、対話をする必要があり、対話をするにはコミュニケーション力が必要になる。非認知スキルの向上こそ学校で行いたい。 -
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良かった(´∇`)
自分も西郷先生のように付き合ってくださった先生方が少なからずいたな~と振り返ることができました。社会人としても、組織の中においてとても参考になる言葉や考え方がたくさんありました。
出逢えて幸せでした。
ありがとうございました。
<(_ _)> -
Posted by ブクログ
『校則なくした中学校 たったひとつの校長ルール』
定期テストも制服も、いじめも不登校もない!
笑顔あふれる学び舎はこうしてつくられた
2020年現在、日本で最も有名な校長先生-世田谷区立桜丘中学校 西郷孝彦先生-の著書。
第1章 あれもこれも「ない」中学校
第2章 「ない」中学校にこうしてなった
第3章 子育ては15歳まで-親と子の関係
第4章 学校レポート-これからの子どもたちの育て方
「どんな子でも3年間楽しく過ごせる学校」を実現するために、西郷先生はこれまで学校で「当たり前」と思われていたことを悉くなくしていった。
制服、定期テスト、登校時間、チャイム、宿題など。
他にも、教室の机が整然と並んでいなくても問題なし、校長室を常時開放(スマホの充電もできる)、茶髪可・靴下の色も自由にするなど校則を撤廃、授業中に寝ていても起こさない、子どもが喧嘩しても叱らない、などもある。
西郷先生のこのような方針は、「インクルーシブ教育」と呼ばれ、すべての子どもが共に学べる学校をつくっていくことをさす。「学びのユニバーサルデザイン」とも言われる。
中でも一番響いたのは、生徒がうるさくしているときに教員が怒鳴るのをやめさせたこと。
「子どもは管理するものであり、教員が指示を出すもの」という固定観念(p.44)、確かに自分の中にもあるかも。
でも、怒鳴りつけない代わりに、「生徒が思わず聞き入るようなとっておきの面白い話を準備」するのって、怒鳴って静かにさせるよりもずっと難しいと思う。
自分が中学生だったときと比べて、時代の様相は明らかに変わった。
先生の指示を守る「典型的な中学生」がいわゆる“良い子”と言われていた時代はとうの昔に終わって、これからの社会では「自分でものを考える力」をつけなければならない。
この本に西郷先生が書いていることは決して絵空事や夢物語ではなくて、日本一成功したと言われている中学校の実際なのだから、自分も学校のあり方や教師としてのあるべき姿を今一度見つめ直さなければならないのだろうなと思った。
桜丘中学校の3つの心得(p.59)
1.礼儀を大切にする 2.出会いを大切にする 3.自分を大切にする
他にも、教員にとって励みになる金言多数。
「教員は、素で勝負すればいい」(p.45)
「教員にも、自分の生活や趣味を第一にしてほしい」(p.64)
「どんな子にも、毎日いろいろなことが起きています。授業どころではない日もあるでしょう。それなのに教員が判で押したように「授業に出ろ」「集中しろ」でいいのか」(p.104)
「すべての子どもたちが持っている、よく生きようというプログラムが発動しやすい環境をつくってあげる」(p.137)
「失敗するのが嫌だからと何も事を起こさなかった場合、何ひとつ得るものがありません」(p.159)
「自分のとんがったところを探して、それをとことん磨く」(p.161)
「皆さんも小さい頃、明日は「もっとがんばれる人になりたい」とか「もっといい人になろう」とか「もっと勉強ができる人になろう」と思っていたに違いありません」(p.213)
「自分がいちばん心配だと思う子の面倒を見ます。そして、とことんその子に尽くすのです。その子のために全精力を費やします(中略)すると「愛情ってこういうことなのかな」とわかってきます」(p.216)」 -
Posted by ブクログ
すごかった。こんな公立中学が実在するなんて信じられない。教育とはこうあって欲しいと思うすべてが叶えられていて衝撃を受けた。
私は中学時代の3年間ずっと学校という場所に対する居心地の悪さを覚えていて、無意味な校則に馬鹿馬鹿しいと呆れつつ、でも反発するほどの勇気はなくて不満ばかり抱えながら優等生を演じ切った。
成績も素行も良く手のかからない生徒だと思われていただろうが、心の中では先生たちを馬鹿にしていたし、学校とはつまるところ周囲から逸脱せずに社会の理不尽を叩き込まれるだけの矯正施設、檻なんだと諦めていた。
ところがどうだろう。世田谷区立桜丘中学校では、こんなにも生徒たちが自由に奔放に生き生きと過ごしている。"学び"の本質があった。先生は敵じゃ無い。ここは檻なんかじゃない。私がここで中学時代を過ごせたならどれほど救われただろう、と、読みながら時折胸がいっぱいになって涙がこぼれるほど感銘を受けた。
p23 自然科学の多くは、観察によって法則を発見しましたが、それと同じです。アイデアの源泉はすべて、目の前の子ども。子どもから発想をもらうのです。
p24 この学校の目標は、生徒が「自分」を取り戻すことです。喜びに満ちた「素」の自分に戻ることです。思いのまま自分を表現できることが、その子にとっていちばん輝ける瞬間なのです。それを促してあげることが、私たちの仕事です。
p32 「ゆうゆうタイム」は、教員の人としての成長を促す場でもあるのです。生徒に「教える」のではなく、生徒から「教わる」のです。学校は、教員自身にとっても、「学びの場」なのです。
p56 子どもたちはやがて、論理的に考えることを放棄してしまいます。そして、矛盾がある不合理な規則であっても、単に思考を停止して耐え忍ぶようになっていきます。「先生の指示を守る」ことのほうが、無用なエネルギーも消費せず、周囲に波風を立てないからです。
p57 「校則という規範がないと、先生によって言うことが違ってくるんじゃないか」こんな風に言ってくる人がいます。それでいい、と私は考えています。それこそまさに「社会」ですよね?社会では、人によって価値観や考え方かま違うことは当たり前なのです。意見や考えは違って当たり前。ではどうするか。自分はどちらの意見が正しいと思うのか、自分で判断すればいいのです。
p95 私は「普通の子ども」などという子は存在しないと考えています。"子どもたちのデコボコを、デコボコのままで認めることが鍵"だと考えています。その上でそのデコボコを吸収できるような仕掛け、パソコンのOSのような環境を作りたいと考えました。
p109 中学校の生徒会もそうです。大半の学校で形骸化しています。生徒から意見が出ることはほとんどなく、仮に出たとしても、結局、実施できるかどうかは、教員の判断になってしまう。これでは、生徒も「意見を出してみよう」ということにはなりません。私はこういう形式的な生徒総会が大嫌いです。そこで私は、生徒たちに向かって約束しました。「生徒総会で決まったことは、必ず実現させます」
p120 勉強するもうひとつの意味は、差別意識をなくすことです。ヘイトスピーチの多くは、無知であることからきています。正しい知識がないばかりに、必要のない差別意識を抱いたり、マイノリティーー少数の人たちや外国の方に敵意を持ったりするのです。正しい知識から差別意識は生まれません。
p130 何でもいいのです。子どもひとりひとりの個性が異なるように、「何が楽しいか」を決定するのは、校長でも学校でも教員でもなく、子どもなのです。545人の生徒がいたら、545通りの「楽しさ」があるのです。でも545人全員に、「学校に行けば何か楽しいことがある」と思ってほしいのです。
p139 私たち親の役目は、社会のルールを教え込むことでも、よその子と同じように育てることでもありません。「安心できる環境」を与えてあげることだけなのです。