感動の治療物語である。
フィクションとなっているが、おそらくかなりの程度実例に基づく迫真のルポルタージュである。
手練れの精神科医によって書かれているが、驚くほど読みやすく、あまりの興味深さに一気読みさせられてしまう。
読みどころがたくさんあるが、この書物の素晴らしさを3点だけ記しておきたい。
第一、解離性同一性障害の現実の複雑さと処遇困難さをこれだけ分かりやすく、読みやすく、しかも迫力をもって記述することは容易なことではない。
第二、精神療法というものの真髄について、この本は多くを私たちに教えてくれる。著者は「どうしたら治せるか分からない」「でもやるしかない」「ここが最後の砦と言われているのだから」と言いながら、多くの精神科医から見放された患者の治療を引き受ける。その治療は、凡庸な(私のような)精神科医には真似のできないものである。著者のように膨大な時間をかけることも困難だが、それ以上に患者への態度が非凡なのである。ほとんど無手勝流で、身ひとつで、ひたすら患者の話に耳を傾け続ける。著者はほとんど患者に何かを強いることがない。ただ、ひたむきに、患者とその家族についていくのである。受け身であることの徹底性と首尾一貫性。そのしなやかさと強靭さ。緊急措置入院の診察時ですら、著者は多くを語らない。説得というより、静かに呟くように「入院するしかないよ」と患者に語りかける。やがて、興奮していた患者が、いつのまにか素直になっている。
第三、個人的にこの本で最も感動的だったのは、患者と著者の出逢いである。最終的に多くの副人格はひとつに統合されるのであるが、著者は、ほとんど治療の最初の方から、「本来のこの人」とその透徹した眼差しによって、出逢っている。前科者で、自傷他害を繰り返し、しばしば警察沙汰を引き起こす「厄介者」の中の「本来の豊かな人間」をずっと見つめ続けているのだ。そしてさらに、実は、出逢いの初めは、患者の方がこの精神科医は「本物だ」と気づいて、患者の方から著者に治療を頼み込むのである。双方が、ほぼ最初から、深いところで、相手の本質に出逢っているのである。
著者は、この本の最後で、日本人の精神性を守りたいという旨の言葉を残している。私は、この著者の生きざまに、日本の武士の面影を見た思いがしている。