薬師院仁志のレビュー一覧

  • ポピュリズム―世界を覆い尽くす「魔物」の正体―

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    ネタバレ

    ・国民全体が政治に関心を持ち正しい知識を持たないと、耳障りの良い言葉を撒き散らすポピュリズムは台頭してくる。
    ・国民全体が政治リテラシーを上げるなんてことは不可能であるからポピュリズムの出現はこの不安多き社会では必然だった。炎上商法、迷惑系、強メンタル信者なども同じ原理だろうと思った。
    ・まずは自分に知識をつけることを最優先とし、その後自分への不利益を最小限にするもしくはそこで得できる方法論を考えていかなければならないと危機感を持たせてくれる一冊。


    以下覚書
    ・綺麗事ではなく本音むき出しでやり返すことがポピュリズムの本質であり、それが実現されるかどうかはもはや重要ではない。
    ・弱者が自分の評価を下げずに強者へダメージを与える手段。復讐。
    ・多くの人々の本音が汚れてゆく時、ポピュリズムが台頭する。
    ・国会議員という名前であろうと、意思決定が一部の者で行われる限り貴族政である。
    ・選挙による貴族政を支持したルソーは民主主義批判の始祖とみなさせる。
    ・間接民主主義は国会議員であるエリートとその他の人民という対立構造を生み出し、その中で人民側に立つことがポピュリズムの基本構造だ。
    ・民主主義のエリートvs人民という構造からポピュリズムが発生したとすると、ポピュリズムを否定することは民主主義を否定することになる。なぜならポピュリズムはもっと人民の声を拾えという訴えであるから、それを否定することは支配的な関係を肯定することになるからである。
    ・ロマン主義とは古典主義への対立として生まれた思想で、それまでの理性偏重、合理主義に対して感受性や主観に重きをおいた運動で恋愛賛美、民族意識の高揚、中世への憧憬といった特徴を持つ。産業革命の反動でもある。欧米におけるポピュリズム型の政治活動は、大なり小なりロマン主義の影響を受けている。とりわけ、いわゆる反エリート主義の中に、その波紋を見ることができる。
    ・ポピュリストは、必然的に独裁を志向せざるを得ない。政策が空虚で主張が一貫しない以上、特定の人物を投票の目印にせざるを得ないからである。当然のことながら、その人物には、多くの人々を惹きつけるだけの象徴性が必要となる。その際の最も一般的な手法が、人物攻撃になる。人民対人民の敵という二分法を設定し自分だけが人民側にいるメシアであり、批判者は改革の妨害者だと喧伝する。かくして、多くの人々が確かに改革は必要だといった形で丸め込まれてしまう。
    ・人民の敵を叩くという救世主的な演出は代議制の間接民主主義を非難することによってしか存在ない。その一方で、自らも選挙に立候補し、民衆煽動によって多くの票を集める。ここで自体は少しばかり錯綜する。ポピュリストたちは、間接民主制放棄しながら、間接民主制を利用して伸ばしているからである。
    ・対立する政党がぶつかりながらも妥協案を探すことができるのが民主主義であるがポピュリズムは人民と人民の敵という構図であるから妥協による共同意思はあり得ない。つまりポピュリズムは民主主義の破壊である。
    ・市民革命によってブルジョワジーが誕生すると、富裕層の市民は経済活動の自由と私的所有の自由を最優先し低負担低福祉の小さな政府を求めた。この市民革命によって王政を倒した状態を維持しようとするのが右派と言われる所謂保守派である。一方小さな政府を求める運動別に、富裕層ではない庶民層が自由放任より平等を強く要求する、つまり富の再分配や福祉的改革を求める動きが現れるこれが左派。ただし、伝統が何かによって保守するものが変わるので注意が必要。たとえば宗教国家では保守は伝統的な宗教の教えを守ることになる。
    ・ポピュリズム勢力に対する批判は自ら敵役を買って出る事態となる。代議制民主主義の中では国民側が変わらなければならない。
    ・ポピュリズムは大衆に迎合する態度ではなく、人心を荒廃させる煽動だ。

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    2024年05月15日
  • 日本とフランス 二つの民主主義~不平等か、不自由か~

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    民主主義には、自由を重んじるアメリカ型の自由民主主義と平等を重んじるヨーロッパ型の社会民主主義がある。自由主義は地方分権的になり平等主義は中央集権的になる。日本の左派政党は、社民的な主張をしながら地方分権を説いたりして立場がわかりにくい。等々、ざっくりとシンプルに(新書らしく割り切って)話を整理しているのでわかりやすい。やや乱暴な表現も多いが、自分の主張が誤解されないよう気は配っている。日本にもヨーロッパのような社会民主主義政党という選択肢がほしい、という著者の気持ちがありありと伝わってくる。

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    2014年01月24日
  • 日本語の宿命~なぜ日本人は社会科学を理解できないのか~

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     私の長年の「日本の翻訳文化・翻訳語」についての関心・疑問に十分答えてくれており、感動しました。それは、柳父章さんの「翻訳語の論理」を知ってからのことですが、これには、大江健三郎さんの「あいまいな日本の私」が一定答えてくれてもいました。
     ついては、この著書がその「あいまい主義」をより明確にしてくれましたので、日本語の「宿命」を切り開くべく、再度読んでみようと思います。

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    2013年04月08日
  • 日本語の宿命~なぜ日本人は社会科学を理解できないのか~

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    この本はすごい!!!!日本の国語教師は全員読むべきだ。
    ・野球のストライクと労働のストライキは英語は同じだが、日本語になると全然違ってしまう。
    ・動画とは、日本では昔アニメのことだった。
    ・日本で外来語を翻訳する際につくった造語が独り歩きし、元の意味とは違う独自の意味を帯びるようになっていく。
    ・『全訳 漢辞海』
    ・『現代に生きる 幕末・明治初期漢語辞典』
    ・コミュニティーとササイエティの違い。
    ・フランス語では、炊き出しの場所もマクドナルドもレストランと呼ばれる。
    ・「小説」は坪内逍遥による造語。ノベルは「新話」とでも。


    ・2012年4月29日。フランス大統領選挙にのぞんだオロンド候補は、一方の手にフランス国旗、もう片方に欧州旗を持ち「私がナショナリズムに対置するのは愛国心である」と主張した。
    →ナショナリズムと愛国心は異なる!
    フランス語の場合、愛国心の対象はnationではなくpatrie(祖国)である。フランス国歌でも、要するに自分たちの国家体制を転覆する運動が祖国の名の下で遂行された。祖国を愛するゆえに君主を処刑したのだ。ただし元来のナショナリズムもまた、フランス革命を契機にヨーロッパに広まったもので、基本的には左派的な系列に属するものだった。その背後には、君主への忠誠から、国家や国民といった集合体への忠誠心という価値転換があった。しかし19世紀末ごろから、ナショナリズムの意味が変化していく。民主制や共和制といった価値ではなく、民族の伝統や血統を重視する思想となっていった。これが今日まで続く右派的なナショナリズム。
    一方愛国心は祖国を愛することであり、君主崇拝でもないし、現行の国家体制を支持することでもない。自国民の優越性を掲げることでもない。郷土愛に近い。ちなみにフランス人は愛国者を自称するが、フランス国歌を歌ってみろというとたいてい1番で終わってしまう。
    ・riverとrivalは関係がある。川をめぐって争う人というのが原義だから。
    ・首都と資本はcapital。何の関係があるか。両者とも中央集中という共通性がある。
    ・明治時代、学歴主義という言葉は、藩閥主義に対抗する良い意味を持っていた。
    ・共和国という表現が、フランスのジャコバン派による恐怖政治を連想させたので、ドイツでは代わりに法治国家という表現が用いられるようになった。
    ・漢語の「民主」は民の主、つまり君主を指す表現。
    ・民主はギリシャ語由来で、共和国はラテン語由来という違いがある。共和国とは「みんなのもの」という意味で、君主政体でもその国がみんなのものなら共和国と呼べる。たとえば皇帝ナポレオンと刻まれた硬貨の裏面にはフランス共和国と刻まれている。
    ・NGOは非政府組織とするなら、宗教団体も暴力団も入るのか?NPOはアメリカ起源、NGOは欧州起源。NPOはコミュニティ型で、NGOはソサイエティ型。
    ・日本国憲法中の「恵沢」とは神の恵みのこと。
    ・インディビジュアルとは、全体を前提とした個であって、全体から切り離した個ではない。

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    2013年02月26日
  • 英語を学べばバカになる~グローバル思考という妄想~

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    めっちゃ鋭い。英語熱への懸念は私も感じていたので、なぜ英語が出来るようになりたいのかを再考したほうがいい。語学習得の道のりを歩くより、日本をよく知ることで真のグローバルな人間になれる。

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    2009年10月04日
  • 日本語の宿命~なぜ日本人は社会科学を理解できないのか~

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    関心が高いテーマだったので、大変興味深く読みました。

    文字を発明できなかった日本人は、漢字を輸入した際に、抽象語の殆どを漢語に任せてしまいました。当然、真に理解などできません。

    日本語の二重の悲劇は、西洋の概念を翻訳する時に、同じく外来語の漢語に訳すしか方法がなかった事です。

    民主主義など、「日本では中身の理解を伴わず、具体的な”やり方”すなわち形式や手続きだけが一人歩きするようになった」と本書は述べていますが、概念が理解できないから具体的な方法を知りたがるのか、もともと概念に興味が無い民族なのか。どっちなんでしょうね。

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    2022年02月20日
  • 日本語の宿命~なぜ日本人は社会科学を理解できないのか~

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    惜しい。
    着眼点は良く、取り上げる言葉も社会学者としての専門性と一般人の興味がちょうど重なる領域のものが選ばれていて、そこから日本人の思考の流れの癖のようなもの、そして議論の方向性のようなものに関する考察が提示されるものと期待した。
    しかし、内容はほとんどが語義の解説に割かれ、備忘録に集めたメモを集約しただけのものになった。
    惜しい。特に「民主主義」のところを深堀りできていれば極めて有益な日本語論、日本人論に発展できただろうに。
    著者が社会学者であるだけに残念。ここまで気づけていながら…
    新書ではなく、単行本での大幅増補を求む。

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    2014年02月01日
  • 社会主義の誤解を解く

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     日本では,「冷戦終了によって社会主義は終った」みたいな誤解があるが,欧州などでは社会主義は健在。19世紀中ごろから20世紀中ごろまでの社会主義の歴史を見ながら,誤解を正し,誤解の原因を探っていく。
     筆者は社会主義を「生産活動が私的なカネ儲けの手段と化さないよう、それを理性的な意思決定の下に統制すること」と説く。私有を制限するのは,あくまでも「生産手段」についてであって,「生活手段」ではないとこがポイント。ポルポト政権による惨劇などはここを誤解したために起こった。
     純然たる資本主義は,実際に生産活動を行なう人間を脇役に追いやってしまう。これをマルクスは「疎外」と呼んだ。産業革命後の19世紀欧州では,非熟練の工場労働者がまさにそのような境遇に置かれていた。これを見かねて社会主義の思想が発展してゆく。
     1830年代にイギリスやフランスで社会主義思想は生まれた。初期のものはマルクスやエンゲルスから「空想的」と批判されたが,本質的に異なっていたわけではない。別に私有財産制の否定を夢見る共産主義も出てきたが,こちらは物欲を不道徳として糾弾する非現実的なユートピア思想だった。
     アメリカの奴隷制は悪名高いが,実はイギリスの工場労働者の方が不遇だったといえなくもない。奴隷は個人の財産であるから大事に使わなくてはならないが,労働者は市場で売り買いされる労働力にすぎない。資本家としては,酷使することが合理的であった。
     しかしやはり労働者の貧窮は社会問題となり,資本家に主役を取って代わられていた旧支配層は,工場規制や公的な扶助を画策する。資本家としては国家の介入は好ましくない。そこで哀れな貧乏人たちに施しをしてやろうというチャリティのしくみが生まれ,広がっていく。
     慈善・チャリティというと良いイメージしかなかったが,その起源は公権力の介入を防ぐための偽善っぽいとこにあったりするのね…。ともあれ,19世紀半ばには,資本家と労働者の対立関係が成立していくが,労働者も熟練・非熟練・移民など様々で,単一の「労働者階級」ではなかった。
     実際の社会主義運動は,決して単純なイデオロギーに基づいて行なわれてきたものではない。現実は複雑で,様々な紆余曲折があった。普仏戦争後のパリコミューンは,マルクスが絶賛して「神話」が作られた。社会主義の大義のために自己を犠牲にした英雄たちという神話。
     パリコミューンは,72日間パリを支配するが,結局は政府軍に殲滅されてしまう。初等教育も受けられなかった庶民たちが,学識エリートたちに乗せられて政府に抵抗し,最後には弾圧され殺されてしまったというのが実相に近い。その上偉大な英雄として長い間宣伝材料にされてしまう…。
     19世紀後半,社会主義者たちは労働運動を指導したり,次第に影響力を増していく。世紀末までには,イギリスで帝国主義と社会主義的福祉政策が結びついた国の運営が確立してきた。本来の社会主義は,国境を否定するものだが,人々に受け入れられやすい愛国心の方がより現実を動かす。
     社会民主主義と共産主義は,前者が穏健なフェビアン流の改良主義,後者が急進的なマルクス流の革命主義と思って大きな間違いではないようだ。そのマルクス主義的革命は,最初に労働問題が起こったイギリスでも,二月革命やパリコミューンのフランスでもなく,遅れたロシアで起こった。
     日本はどうか。明治維新から間もない日本にも,社会主義思想が流入してきていたが,やはりその理解は薄っぺらだった。社会主義者も政府側も,社会主義の中身を深く知ることもなく,消化不良の舶来思想に振り回されていただけだった。当然のこと,一般の民衆にはもっとチンプンカンプン。
     1922年に日本共産党が発足するが,これも良く事情がわからないので,コミンテルンという権威についておけば良いだろうという考えの産物だったようだ。そしてこういった経緯が敗戦を超えて尾を引き,日本の社会主義勢力は単なる抵抗勢力に堕してしまい,雲散霧消してしまった。
     著者は,日本に社会主義が根づかなかったのは,それを消化するだけの土壌がなかったためだと言う。確かにそうかもしれない。ただ,思想というものはそれが生まれた国の環境と密接不可分だから,これは仕方のないことなんだろう。でも今から誤解を正すことはできるし,それは有意義だと思う。

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    2011年10月26日
  • 英語を学べばバカになる~グローバル思考という妄想~

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    薬師院仁志 「英語を学べばバカになる」 2005 光文社新書

     刺戟的なタイトルにして手にとってもらおうという魂胆なのだろうが,他の新書と較べてどうも光文社新書は本のタイトルと内容のズレが大きい気がする。本書の趣旨は,英語学習熱や英語公用語論に対する批判。日本人に英語が必要だという主張が妄想であることと,必要もない英語を身につけるべく金をかけることの愚を説く。
     NOVAがぽしゃったとはいえ,英会話産業は社会に深く根を下ろしている。いまは学校でも我々の世代より早く英語教育が開始されるという。普通に考えれば,それだけ英語学習の需要が増えてきているということだが,はたしてそうなのだろうか。それは必要に迫られた真の需要ではなく,羨望と宣伝,親のエゴから生み出された,擬似需要なのではあるまいか。
     英語帝国主義論というのがある。世界で最も使い勝手がいい言語は英語である。経済的に劣位にある言語は,このグローバル時代に使い物にならず,優勢な英語に駆逐されていく。母語だけ喋っていても一向に社会的上昇は望めない。これは母語を棄て,英語に乗り換えろという圧力になる。帝国主義の時代,植民地支配の便宜上,宗主国の言語が現地の言葉を駆逐し,あるいは大きく変容させた。今もこの構図は変わらない。唯一の超大国アメリカの英語を身につけないと,この国際社会で生きていくことはできない。あからさまな植民地搾取はなくなっても,言語による帝国主義的支配が続いている。英会話の隆盛の背景には,この種の漠然とした意識がある。
     しかし,英語は世界標準でない,と筆者はいう。確かに前世紀,二度の大戦を経て,アメリカの影響力は飛躍的に上昇した。米ソ冷戦期,アメリカは自由主義の盟主として君臨した。西側諸国はアメリカについていくしかなかった。それでも,彼らは別に英語を崇拝していたわけではなく,西欧は常に自文化に誇りをもってきた。フランスなどは特に顕著で,知識人は常にフランス語の乱れを憂え,英語からの外来語の流入を禁止したり,ハリウッド映画の放映を規制する法律を通しさえしてきた。いくら日本語が乱れているといっても,表現の自由を規制してまで打開しようとは日本人は思わない。フランスは自由の国だったはずだが,ともかく文化や伝統は自由に匹敵するほど大切なのだ。そのため例えば国連でも,公用語は覇者であるアメリカの英語だけでなく,複数の言語が採用されている。厖大な翻訳の必要という凄まじい非効率を忍んでそうしていることを見ても,英語ができれば世界と情報交換できるというのは妄想だと知れる。しかも,今,冷戦が終わって久しい。西欧はアメリカからますます離れている。英語がグローバルスタンダードということは到底できない。
     本書の論理展開上,筆者はそんな風に言いきるが,大衆レベルでない,知的専門分野や貿易・通商分野においては,英語が世界標準としてほぼ行き渡っているように思える。効率性がより重視されるからであろう。戦前,英語の権威はこの分野でももっと低かった。医学や科学といった学問の世界では,英語などよりむしろドイツ語,フランス語が優勢であった。二十世紀初頭の重要な科学の論文で,英語で書かれたものは少ないのではないだろうか。ナチス時代,アメリカへ多くの頭脳が流出したことは,ドイツにとって痛かったはずである。それでもドイツの科学は,人類初のロケット技術を開発するほど高水準だった。しかし,ドイツにできなかった原爆の開発を,流出した頭脳は達成した。そう考えると,もしヒトラーが出なければ,学問の世界はいまごろドイツ語が標準だった可能性だってある。ともあれ,英語を母語としない異国間で,一般民衆レベルでのコミュニケーションをとろうとすれば,英語が役に立たないのは確かにそうだろう。
     日本人はついつい欧米とアメリカを同一視してしまうが,これは間違っている。欧州の人々はアメリカを特殊な国と見ている。筆者によると,例えばこんな風に。
     小さな政府,自由を至上とし,知的エリートに干渉されないことを要求する夜警国家。地域社会は人種的,経済的に均質化しており,住民自治が大事にされる。何事も自分たちで決めることが大切で,教育内容まで一般人に決めさせろと主張。特に南部では,進化論を教えることにも根強い抵抗がある。徹底した自由主義,市場原理主義のもと,皆勝手に生きて,経済格差は大きく,銃も簡単に手に入るから犯罪が絶えない。性と暴力が溢れ,消費は善として煽られる。訴訟社会もこの当然の結果。それで警察と軍隊ばかりが肥大する。そうなると警察権力に支配されないよう陪審制が必要なのは自明の理である。陪審制とは,司法にも住民自治を取り入れるということだ。死刑制度も大衆により支持され,死刑囚は未成年も含め何千人もいる…。
     外国語の習得が一般国民にとって必須なのは,母語話者の少ない国である。人口数百万の北欧諸国など,せめてドイツ語くらいはできないと,読書,映画といった娯楽も楽しめない。いちいちマイナー言語に訳していては,コストがかかって仕方ないのである。もちろん母語では高等教育も受けられない。この点,日本語は一億を超す話者をもつ。だから,日本では日本語さえできれば,日常生活に支障を来すことはない。日本人が,英語ができるようにならないのは必要がないからである。これからは英語ができなくては,と言われるが,全く根拠はない。宣伝を鵜呑みにして,バスに乗り遅れるな,とばかりに英会話学校や英語教材に闇雲に金をつぎこむのは馬鹿げている。英語教育産業に雇傭をつくりだすだけだ。
    「英語で世界に情報を発信できる」という強迫観念も妄想である。そもそも伝えるべき有益な情報をもっていない一般人が,英語ができても意味はない。有益な情報を発信するにはまず母語を身につけて勉強すべし。北欧などと異なり幸い日本ではそれができる。アメリカの一般人は英語ができるかも知れないが,その人の発信する情報が何の役に立つのか。日本人が皆英語ができるようになって,めいめいが世界に何を発信するのか。
     分量の多くがアメリカ批判に費やされ,英語教育論というより反米論といってもいい内容の本だが,常識を疑ってみるという点でなかなか面白かった。さて今日はその米国の大統領選投票日だ。

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    2011年10月26日
  • 英語を学べばバカになる~グローバル思考という妄想~

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    世間に喧嘩を売ってるようなタイトルですが、
    中身は至極真面目に客観的・論理的に語っており、
    なるほどと思う点も多々見受けられた。
    目から鱗の1冊。

    〈目 次〉
    第1章 英語をとりまく状況
    英語で言えばエラい?/英語=世界標準には根拠がない/国連の公用語/「英語は世界の共通語」は日本の常識?/世界人口の八割以上は英語と無縁 ほか

    第2章 英語支配の虚像
    「グローバル化」と「世界」と「英語」の混同/消えゆく第二外国語と言語的視野狭窄/不自由な英語強制社会/戦前はドイツだった/日本人の勘違い/勘違いがもたらす悲劇/世界各地で嫌われる勘違いした日本人/着々と進むアメリカ離れ ほか

    第3章 アメリカ妄想
    「アメリカ=民主主義国」は世界の共通見解ではない/ヨーロッパ人には耐えがたい規格同調主義/誰でも意見を出し合えば「中身」が生まれるのか/アメリカが訴訟社会である理由/アメリカ型民主主義が反共産主義とイラク戦争を生んだ ほか

    第4章 英語学習という徒労
    なぜ日本人は英語ベタなのか/英語ができなければ、この先生きてゆけないのか/英語が苦手でも発展を遂げてきた/「英語ができれば何とかなる」幻想/英語を勉強するのは効率が悪い/アメリカ人もできないTOEFL ほか

    第5章 グローバル化幻想
    グローバル化のつもりが英語世界への「閉じこもり」/アメリカに反旗を翻しはじめたヨーロッパ/ヨーロッパもまたアメリカの犠牲者だという自覚/アラブ諸国で高まるフランス語学習熱/「贋エリート」/多文化共生主義/異文化が存在しなくなる世の中 ほか

    おわりに

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    2009年10月04日
  • 日本とフランス 二つの民主主義~不平等か、不自由か~

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    ヨーロッパでの左と右、日本での左と右というのがまるで違っていること、ヨーロッパの民主主義と日本の民主主義って言うのは違うってこと、民主主義は一つじゃないんだよ。
    日本とフランスを特に比較して論じるわけではないが、民主主義を学ぶためにはおもしろいものであるし、フランスの民主主義が何を目指しているのか、歴史的に理解するためには大変面白い本ではある。

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    2009年10月04日
  • 日本とフランス 二つの民主主義~不平等か、不自由か~

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    右左を始めとして様々な政治「イズム」ジャーゴンの意味が各国で違うことを検証整理。民主主義のタイプを「米国型自由」と「仏型平等」の2つに大きく分け、仏の建国理念からくる愛国心と普遍主義の強固な結びつきを紹介しつつ、平等観念の薄い日本の現状と左派の破綻迷走による政治的無力を叱咤する。

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    2009年10月04日
  • 日本とフランス 二つの民主主義~不平等か、不自由か~

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    中学時代から自由については考える機会が多い。自由はそれに伴う責任があるわけで、それをどれだけ受け入れられるかにもよる。筆者は(文中では否定しているが)とても平等主義に考えがよっている気がする。

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    2009年10月04日
  • 日本とフランス 二つの民主主義~不平等か、不自由か~

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    フランスの社会のしくみと日本の社会のしくみが対比されていて、戦後左翼の自由主義への標榜が、まったく間違った方向に進んでいってしまった事が良く分る。自由平等は民主主義の目指す基本だが、それは対立する観念であり、左翼は平等と国家主義であることを論理的には目指すものだと力説されている。フランスの現状のみならず、政治の基本用語の実情がフランスを例にして具体的に分りやすく述べられている。以下引用。
     フランス革命と国家統一
     それでも、12世紀の後半に入ると、新たに台頭してきた市民層(商業ブルジョワジ⊥と
    結びつくことによって、国王の支配力は急速に高まってゆく。規制緩和と市場統合を求め、
    土着的な束縛や地方分割を嫌悪した商人たちの利害は、王権の強化による国内統一と一元管理とを目指す国王の目的と表していた。そこで、商人たちは、王権を支持し、その庇護を獲得するため、国王にカネを大量に貴いだのだ。その結果、商業の発達と貨幣経済の進行の中で金策に苦しむ地方領主たちを尻目に、商人層と結託した国王ばかりに富が集中し始める。農民からの年貢を基本的な収入源とする封建領主たちが現金を手に入れることに苦労し、商業化の波に次第に対応できなくなる一方、国王だけは商人からの政治献金で潤うという次第である。
     やがて、地方の封建領主たちは没落し、国王の支配圏が拡大してゆく。ついには、147
    7年にはブルゴーニュ公国、1532年にはブルターニュ公国が、それぞれフランス王国に
    併合され、王権による国内統宗実現される0さらに、アンリ4世の即位T589年)に
    よって誕生したブルボン王朝が絶対王政の基礎を確立し、1643年に即位したルイ14世の
    時代には、王権の支配力がピークに達することになる。
     この時点で、首都の政府が全国を一律に統治するという中央集権体制が成立し、一つの国民に一つの国家という国民国家の原型が形作られたのである。それでも、当時のフランス国民なるものは、単に一つの国家に所属する人間の寄せ集めでしかなかった。地域の壁に加えて、身分の違いが人々を分断していたのである。
    ともあれ、国王の勝利は、市民層の勝利でもあった。しかし、国内市場が統合され、地方
    領主による土着的束縛から解放されてしまうと、市民層にとって最も邪魔な存在は、国王だということになる。もう共通の敵 (=地方領主) はいない。となると、国王にヘイコラする理由も、カネを貢ぐ理由もない。
     かくして、1789年7月14日に始まるフランス革命が起こったのだ。王政を排して共和
    制を樹立し (1792年)、国王の首をギロチンでチョン斬り (1793年)、多くの紆余曲
    折を伴いながらも、「自由・平等・博愛」を旨とする共和国がその第一歩を踏み出したので
    ある。
     革命によって成立したフランス共和国は、絶対王政の遺産を継承した中央集権国家であつた。だからこそ、すべての国民が、単一の中央政府の下に暮らす同胞という資格において、平等で均質的な存在だと位置づけられたのである。もちろん、身分制も廃止された。フランス革命は、この単一身分の同質的な国民集団が、君主に代わって主権者の地位に就く過程に他ならなかったのである。
     自由な議論に基づく議会制民主主義にしても、すべての国民が同じ国家に所属し、同じ身分であり、同じ言語を持ち、同じ歴史を共有する仲間なのだという前提に基づいて成立した制度なのだ。要するに、同じ国民なのだから、殺し合わずとも話し合えば共存できるという理屈である。逆に言えば、一国内の民主主義は、全国民の同等性と統一性を前提とするということなのである。
     ただし、共通の法、言語、文化、伝統を共有する人々の分布に応じて国境線を引くという理屈は簡単でも、現実の民族分布はそれほど単純ではなかった0たとえば、どこまでがドイツで、どこまでがフランスなのかを具体的に決めることは、非常に困難だったのである。
     だから、国民国家の基礎となる民族意識が国境問題に結びつくと、それが戦争の火種になってしまう。実際、20世紀のヨーロッパでも、民族と国境を巡る争いが繰り返されてきたのである。
       ちなみに、フランス革命を主導した共和主義市民たちが敵視したのは、絶対王政だけではなかった。宗教勢力、具体的にはカトリック(=旧教)教会もまた、単一の権力による一律統治を阻害する旧体制的要素として敵視されたのだ。
     だが、 共和主義老と教会との願いは、絶対王政との闘いよりも長く続くことになる。地方では宗教の影響力が強く、教会と妥協せずして国民をまとめることができなかったからである。実際、1848年の憲法前文にさえ、「神の前で」という一語が付記されているのだ。最終的に、フランスの国家権力が教会勢力からの離脱に成功したのは、ようやく1905年になってのことであった。
     日仏両国の右派の源流
     ここで、フランスと日本を少し比較してみよう。日本の右派の源流は、明治維新の際に王政復古を呼びかけた藩閥政府である。逆に、今日のフランス右派の源流は、革命によって王政を打倒した共和主義者たちなのだ。
     すでに絶対王政によって国民国家の素地ができ上がっていたフランスに対して、日本の場合、近代国民国家の建設のためには、まず全国を統合する中心的存在を必要としていた。だからこそ、明治政府は、近代化を目指しながら王政復古を呼びかけるという、いささか矛盾した行動に出なければならなかったのだ。日本は、天皇を中心とした統一国家だというわけである。
     ともあれ、この歴史的経緯の違いから、日本では、右派=君主制支持という図式が成り立ってしまった。しかし、その善悪は別として、この図式は、必ずしも世界共通の認識ではないのである。
    中央集権体制≠非民主的
     いずれにせよ、中央集権体制が非民主的であるという考え方は、大いなる誤解だと言わざるを得ない。王政を打破したフランス革命は、中央集権体制があつたからこそ、民主主義を志向することができたのである。
     この場合、自由と並んで、平等もまた民主主義の基本要素にならざるを得ない0中央政府は、国土を均質な空間として差をつけずに扱い、国民を同質的存在として差をつけずに扱うというわけである。逆に、宗教や民族や地域性に基づいて国民を分断するような行為は、非常に厳しく制限されていた。実際、フランス革命直後は、市民団体の結成さえも禁止されていたのである。現憲法もまた、自国を「分割しえない共和国」と定義している0
     明治維新期の日本の場合、近代化を進めるにしても民主化を進めるにしても、まずは国内の統言均質化が不可欠であり、それがために、君主を中心とする中央集権体制が打ち立てられたのである。
    言わば、明治維新期の日本は、絶対王政と近代国民国家が遅れながら同時にやってきたよ
    ぅな状況であつた。この一種ゴチヤ混ぜ状態の経験が、戦後になって、君主中心=戦前=中央集権=反動的といった、何とも奇妙な誤解を生んでしまったと思われるのである。
     もちろん、フランス革命は、農民層や都市庶民層による実力行使に支えられて実現したとはいえ、その中心的な担い手は、経済的自由を求める市民(ブルジョワ) 層であつた。だから、この時点では、フランスにおいても特に経済面ではまだまだ自由民主主義の勢
    力が強かった。
     それでも、民主主義を中央集権体制の下で推進しようとしたことだけは事実だし、1789年のフランス人権宣言第一条が「法律上の平等」を明記し、同一国家に所属する同質的な人間の普遍的平等を志向していたこともまた、事実なのである。
     同国民≠同人種
     しかしながら、フランス革命当時は、国民の同質性など、まだまだ机上の空論であった。
    当時フランス国民とされた人間の約3分の1は、フランス語さえ話せなかったのだ。共通の法、言語、文化、伝統を共有するフランス国民なるものは、中央政府の同化政策によって、事後的に、かつ人工的に形成されてゆくことになる。

    中央集権体制≠非民主的
     いずれにせよ、中央集権体制が非民主的であるという考え方は、大いなる誤解だと言わざるを得ない。王政を打破したフランス革命は、中央集権体制があつたからこそ、民主主義を志向することができたのである。
     この場合、自由と並んで、平等もまた民主主義の基本要素にならざるを得ない。中央政府は、国土を均質な空間として差をつけずに扱い、国民を同質的存在として差をつけずに扱うというわけである。逆に、宗教や民族や地域性に基づいて国民を分断するような行為は、非常に厳しく制限されていた。実際、フランス革命直後は、市民団体の結成さえも禁止されていたのである。現憲法もまた、自国を「分割しえない共和国」と定義している。
     明治維新期の日本の場合、近代化を進めるにしても民主化を進めるにしても、まずは国内の統言均質化が不可欠であり、それがために、君主を中心とする中央集権体制が打ち立てられたのである。言わば、明治維新期の日本は、絶対王政と近代国民国家が遅れながら同時にやってきたような状況であつた。この一種ゴチヤ混ぜ状態の経験が、戦後になって、君主中心=戦前=中央集権=反動的といった、何とも奇妙な誤解を生んでしまったと思われるのである。
     もちろん、フランス革命は、農民層や都市庶民層による実力行使に支えられて実現したとはいえ、その中心的な担い手は、経済的自由を求める市民(ブルジョワ) 層であつた。だから、この時点では、フランスにおいても特に経済面ではまだまだ自由民主主義の勢力が強かった。
     それでも、民主主義を中央集権体制の下で推進しようとしたことだけは事実だし、1789年のフランス人権宣言第一条が「法律上の平等」を明記し、同一国家に所属する同質的な人間の普遍的平等を志向していたこともまた、事実なのである。
     同国民≠同人種
     しかしながら、フランス革命当時は、国民の同質性など、まだまだ机上の空論であった。
    当時フランス国民とされた人間の約3分の1は、フランス語さえ話せなかったのだ。共通の法、言語、文化、伝統を共有するフランス国民なるものは、中央政府の同化政策によって、事後的に、かつ人工的に形成されてゆくことになる。
    社会民主主義の寵生=愛国主義の強調
     国家が個人の幸福を実現するための手段でしかないのなら、愛国心など不要である。しかし、国民の間に社会的連帯を求めるのであれば、何らかの形の愛国心を前提とせざるを得ない。愛国心の重視自体は、特に右翼的な主張でもなければ、軍国主義的に直結する思想でもないのだ。
     むしろ、民主主義が自由主義から解放され、国家的支配に対する個人の自由ではなく、国家的支配に各個人が参加することが求められるようになったとき、社会民主主義的な愛国心が登場してくるのである。
     ここで、フランスという国家が愛国心をいかに規定し、愛国心と民主主義をいかに共存させようとしてきたのかを、二月革命後に制定された1948年憲法の前文を参考に考えてみたい。
     たしかに、二月革命によって成立した第二共和政自体は、ブルジョワ (市民) 階級、プチブル (小市民) 階級、労働者階級のギクシヤクした三者関係によって、非常に不安定なものであつた。それでも、1948年憲法には、自由民主主義から社会民主主義への移行の出発点が垣間見られる。
      右の憲法前文に書かれている内容を要約すれば、国民は祖国を愛する義務があり、国家は自国民を愛す義務があり、同様のことは他国や他国民にも認められるということになる。自国民に強い愛国心を義務づけ、国家全体に対する奉仕を義務づけるがゆえに、またそうであるからこそ、国家には国民を保護する義務が生じ、国民の生活の保障者となる義務が生じるのだ。
     ここでは、国家と国民の義務関係が、相互的なものとして規定されている。その場合、国家は、「国民=被支配者」 に対する支配者でもなければ、「国民=お客様」 に対するサービス業者でもないのである。
     愛国心≠軍国主義
     フランスの1848年憲法は、民主主義を自由主義から解放する契機を体現している。そ
    こには、「国家的支配からの自由=民主主義」という保守的な図式から、「民主主義=国家的支配への国民参加」という図式への移行が見受けられるのである。その精神は、「民主的かつ社会的な共和国」を謳う現フランス憲法の源流を成していると言えるであろう。なお、この場合、全国民が参加して作る官や公こそが、民主主義の担い手となるのである。
     さらに、この1848年憲法では、自分たちに祖国を守る権利があり、祖国を保持する権
    利があると主張するからこそ、他国民にも同様の権利を認めるという論法が展開されている。
    逆に言えば、自分たちが愛国心を持たずして、他国民の愛国心を尊重することなどできないという考え方である。その結果、軍事的には、一種の専守防衛論が展開されることになる。
    要するに、自衛のための戦争を行う権利は主張するが、征服のための戦争は放棄するという結論に達するのだ。
     となると、愛国心を軍国主義や帝国主義と混同することほど、非論理的な誤解はないことになる。愛国心、国家への奉仕義務、征服戦争の放棄、民主主義、国家が国民の守護者たる義務、これらの項目は、少なくとも論理的に考える限り、相互に矛盾するものではないのである。ただし、この論理をどう運用し、どう善用し、どう悪用するのかは、大きな問題であるに違いない。
     いずれにせよ、愛国心があるのなら軍拡路線を容認せよという主張もバカげていれば、軍国主義に反対するならば愛国心をも否定せよという主張もまた、同じくらいバカげている。
    昔、鶴田浩二さんが真理を突いていましたよね。
    「右を向いても左を見ても馬鹿と阿呆の絡み合い」 (藤田まさと作詞)。
    徴兵制賛成=左派的主張
    フランスでは、2001年に徴兵制が廃止された01995年の大統領選挙に当選した右派のシラク大統領が、翌年2月に「国防改革計画」を発表し、その中で、徴兵制の廃止と段階的な職業軍人制への移行を宣言したのである。なお、大統領選挙の際、社会党のジョスパ
    ン候補は、徴兵制廃止に否定的であった。
     ともあれ、1997年2月、右派が多数派を占める国民議会は、正式に徴兵制の廃止を可
    決したのである0この際も、社会党や共産党などの左派政党は、反対票を投じている。もちろん、徴兵制に反対ではなく、徴兵制廃止に反対である。
     右派が徴兵制廃止を主張した理由は、かなり単純なものであった。ハイテク兵器の取り扱いやテロ対策への対応などを考えた場合、適性も希望も無視して頭数だけを集めた軍隊では訓練コストがかかり過ぎ、しかも結局は上手く対応できないと判断したのだ。
     この点に関しては、左派も認めざるを得ない。それでも、左派政党が徴兵制にこだわったのは、国防を、国民全員が平等に担うべき任務だと考えたからである。
    この論理は、アメリカの場合と比較すればよく分かる02005年8月12日付の『朝日新聞』朝刊紙上で、「非暴力資料センター」 のボブ・フイツチ氏という人が、ブッシュ政権の
    徴兵政策について、左記のように批判しているので、紹介しておこう。
    ブッシュ大統領は昨年の選挙で 「徴兵制は導入しない」と約束した。「皆さんの子どもは戦場に送らない」という中産階級に向けたメッセージだったと思う。だれが戦争に行くのか。状況を一番よく言い表す言葉は 「貧乏人の徴兵制」だ。進学や就職などの選択肢がなく、金と仕事に因っている若者が標的になる。
     これは、金持ちがカネ(税金)を出して兵隊を雇うという図式である。フランスの左派は、それを嫌った。国民軍は、出身地、出身階級、宗教、民族などを超えたすべてのフランス国民によって、共通の祖国を守る集団として組織されねばならないというわけである。要するに、すべての国民の平等と、平等な国民としての国家統合を求めたのだ。
     この論法は、フランス左派だけのものではない。イタリアでも、共産党は徴兵制廃止に反対していたはずである。

     しかし、民主主義社会では、平等な個人による選挙で選ばれた国民の代表者が行使する国家権力にこそ、最高の正当性が与えられなければならない。しかも、左派勢力が国家主義を非難することは、大いなる自己矛盾だとさえ言える。それは、ある意味で、非常に奇妙な主張なのだ。
     と言うのは、社会主義や共産主義の理念は、すべての個人の平等を保障するための集権的国家体制の建設であって、言わば国家主義的平等主義とでも呼ぶべきものだからである。そこでは、国家と平等が並立して重視される一方、自由は軽視されるのだ。国家による上からの指導によって平等を実現するために、信教の自由や言論の自由を制限するのが、本来の社会主義や共産主義の考え方なのである。
     にもかかわらず、日本の左派勢力は、穏健な社会民主主義ではなく、「社会主義革命の達
    成を歴史的使命とする」 (日本社会党) などと言いながら、国家主導主義や中央集権制を非難し、逆にコミュニティー主義や住民運動に基づく行政を奨励してきたのだ。
    これでは、社会主義も共産主義もまったく成り立たない。そもそも、生産手段の私的所有を排してゆくのであれば、国家をはじめとする官や公を中心に据えざるを得ないはずなのである。
     個人主義=反コミュニティー主義
     たしかに、自由主義的傾向の強いアメリカでは、自分たちの自由を求めて作った各種コミュニティー(共同体) に対して、官や公が不当に介入しないことが伝統であり、それが民主主義だとされている。だが、平等主義的傾向の強いフランスは、各種コミュニティーに 「分割しえない共和国」 (憲法第一条) だと自国を定義づけ、何人種であれ何教徒であれ、すべての国民が個人として同一国家の一員であることを前提としているのである。
     言い換えれば、アメリカは、各々の仲間で作ったコミュニティーが干渉されることなく自由に生きていける国であることを目指しており、フランスという国は、国民が仲間同士のコミュニティーに分断されることなく、全員が個人として所属するソサエティー(社会) であることを目指しているということになろう。コミュニティーが仲間集団であるのに対して、ソサエティーを構成するのは、赤の他人同士の個人である。そうであるからこそ、フランスでは、赤の他人同士が、一つの共和国の下で、社会(ソサエティー) の一員として連帯する精神が求められるのである。
     実際、個人主義的な考え方が強いと言われるフランスでは、社会的(ソシアル)な連帯と愛国心とが、ほとんど矛盾することなく同居してきたし、現に同居している。そこでは、個人主義や平等主義と同じく、国家や愛国心という言葉もまた、非常に肯定的に捉えられる傾向があるのだ。
     だから、祖国のために犠牲になった戦没兵士を国家が責任を持って追悼することは、常識中の常識である。ただし、首相や大統領が特定の宗教施設を「公式」に参拝することはない。
    大統領が聖書に手を置いて宣誓するなど、もってのほかである。信教の自由もまた、私的な領域だけに限定されるからである。
     そして、愛国心は「愛政府心」ではない。むしろ、フランスでは、愛国者であればあるほど、国家を見る目が厳しいのだ。自分たちの「素晴らしい国(beaupays)」を汚す政権は、
    断じて作らせまいというわけである。
     いずれにせよ、少なくともフランスを見る限り、愛国心は、社会的連帯を基礎づけてきた重要な要素の一つであって、必ずしも個人主義や左派的平等主義と矛盾するものではない。
    個人主義とは、非人種主義であり、非コミュニティー主義であり、非所属宗教主義であって、すべての国民が特定のグループごとに分割されることなく、個人という資格において平等なフランス国民であるという主張なのである。
     逆に、人種や宗教や身分などによってグループ分けされるような社会は、非個人主義=所属集団主義であり、全体の連帯を阻害するものだと見なされる。全個人が等しく所属する国家を最重要祝するからこそ、全国民が平等な社会を構成しうると考えるのである。
     国家主義≠軍国主義
     当然のことながら、国家中心主義と自国中心主義とを混同してはならない。国民的連帯は、国際的連帯と対立するものではないのである。そもそも、自国内にさえ連帯の土壌がなければ、国際的な連帯もへったくれもないだろう。八紘一宇の連帯心を欠く平等主義など、あり得ない話なのだ。
     逆に、自由主義的傾向が強くなりすぎる方が、国際協調を無視した一国行動主義に結びつきやすいとも考えられる。競争原理が強くなりすぎると、共存原理が軽視されてしまうからである。
     また、国家中心主義をファシズムや軍国主義を同列視することも正しくない。たとえば、現フランス右派の源流は、反ナチス、反ファシズムを貫くためにロンドンに逃れて 「自由フランス国民委員会」を組織(1940年)したシヤルル・ド・ゴール将軍に求められるのである。
     彼は、しばしばフランス国家について語り、国民の愛国心を高揚させた一種の国家主義者と言えるのだが、同時に、反ファシズムの闘士なのだ。2002年に再選された右派のシラ
    ク大統領もまた、ド・ゴール主義者として知られている。周知のとおり、シラク大統領は、
    ドイツ社会民主党のシユレイダー首相とともに、アメリカ軍によるイラク侵攻 (2003
    年) に猛反対した人物である。
     第二次世界大戦期にイギリスを治めたウインストン・チャーチル首相 (在職1940年〜
    45年)もまた、筋金入りの保守主義者であったが、それ以上に、反ファシズム、反ヒトラ
    ーの鬼であつた。その前任者のネヴイル・チェンバレン首相 (在職1937年〜40年) に
    しても、保守党党首であったが、戦争回避に奔走した政治家で、軍国主義とはほど遠い思想の持ち主であつた。
     イギリスでも、保守的であることとファシズムや軍国主義を支持することとは、まったく別の問題なのである。
     さらにさかのぼれば、フランス右派の祖先は、大革命によって王政を終わらせた共和主義者たちであった。この点、日本の右派の源流が、明治維新によって王政復古を呼びかけた専王派であつたことに比べて、非常に対照的なのである。
     君主制支持≠右派
     何にせよ、フランスでは、右派がファシズムや王政復古などに結びつけられているわけではない。そもそも、ヨーロッパでは、伝統的に社会主義傾向が強い国々の多くに、立憲君主国が含まれている。スウェーデン王国やノルウェー王国などは、その典型例であろう。
     つまり、左派政権が君主制と結びつくのは特に奇異なことではなく、君主制を支持するからといって右派だというわけでもなく、君主制の維持を望むからといって 「小さな政府」の支持者になる必然性もないのである。
     多くのヨーロッパ諸国では、民主主義と君主制が特に問題なく同居している。スウェーデンやノルウェーだけでなく、イギリスもオランダもベルギーもデンマークもスペインも君主国なのである。
     特に、スペインは、王制によって民主化された国だ。ファシストとして知られるフランコ将軍の独裁後、スペインの民主化を進めたのは、1975年に即位したファン・カルロス?世国王であつた。国王主導の民主化政策によって、1977年、スペインで41年ぶりの選挙が実施されたのである。
    アジアを見ても、カンボジアの人は、得体の知れない自称共産主義政権の下に置かれるよりも、シアヌーク殿下の治世の下で暮らし続けていた方が、よほど幸福であったに違いない。
    もちろん、ここで君主制自体のよし悪しを論じているのではない。ただ、民主主義政体と君主制の有無とは別問題だと言いたいだけである。おそらく、君主制の有無ではなく、そのあり方が重要なのであろう。

      「連帯」と個人主義
     フランス共和国の伝統的モットーは、よく知られている通り、「自由、平等、博愛」 (憲法第2条)である。この三原則は、1789年の大革命当時から、何ら変更されていない。
     しかしながら、今日のフランス社会を実際に基礎づけている原則は、「連帯」
    であるように思える。
     その一方で、フランスは個人主義の国だと言われている。事実、フランスでは、「親子は
    他人の始まり」と言われるほど、個人主義的な傾向が強い。一見したところ、社会的連帯という原則と、個人主義的傾向は、矛盾しているようにも感じられるだろう。
     しかし、愛国心、君主制、中央集権といった要素が、必ずしも民主主義と矛盾するものではないのと同様、個人主義と社会的連帯もまた、相矛盾するものではない。社会的連帯は、同じ社会 (ソサエティー) に暮らす赤の他人同士が、個人として協力し合うことを意味し、共同体(コミュニティー) 的な仲間関係に基づく協力ではないのである。
     言い換えれば、特定の集団や組織への所属を抜きにして、全員が「個人としての資格で協力し合うことが連帯なのである。ともあれ、現代のフランスではいかに連帯という価値が重視されているか、それを示す例を一つ挙げよう。
     2005年5月、フランスでは、ヨーロッパ憲法条約の批准の可茶Hを問う国民投票が行わ
    れ、否決派が完勝した。その際、否決派の代表的なスローガンが、「連帯的で社会福祉的な
    ヨーロッパを」というものだったのである。
     たとえば、一般医師組合などは、投票後、「自由主義のヨーロッパではなく、社会福祉的なヨーロッパを」との声明を出し、否決派の勝利を祝福していたのである。
     敗れた可決派にしても、皆が必ずしも自由主義に賛同していたわけではなく、否決派が槍玉に挙げた 「域内の〃自由〃で公正な競争」 (ヨーロッパ単一議定書、1987年) という文言を、社会政策重視の大前提の枠内に限定して捉えるべきだという理屈を述べる者も多かつた。要するに、前提が社会政策重視の連帯主義だから賛成したのだというわけである。
     ソシアルな連帯≠コミュニティー的共闘
     では、フランスで主張されているソシアルな連帯の本質とは、いったい何なのであろうか。
    細かい点は敢えて無視して、簡単なたとえ話で説明しよう。
     ある村の田畑は、その毎年の収穫によって、100人分の生活を充分に満たすことができるとしよう。この場合、村の定員は何人だろうか。100人を養うだけの収穫があるのだから、村の定員は100人だと考えることもできよう。田畑からの収穫を、村人の生活を満たすためのものだと考えれば、当然、そのような答えになる。
     だが、別の論理も成り立つ。同じだけの収穫をあげるのに、何人の人間が必要なのかを考えることである。となると、もし仮に同じだけの収穫高を50人の労働で満たすことができるのであれば、村の定員は50人だという答えになる。田畑からの収穫を利潤獲得の手段だと見なせば、当然、そうなるのだ。
     極めて大ざっぱに言えば、現在の日本は、定員100人制から、定員50人制へと移行しつつあるように感える。おぞらく、経済のグロー.バル化の中で、これは世界的な趨勢なのであろう。
    ともあれ、一企業の定員なら、余った50人はリストラすればよいということで片づく。
     だが、社会の定員ならどうであろうか。あるいは、世界全体で見ればどうであろうか。余った50%の人間を、この世の中からリストラするのであろうか。どうするか。われわれの選択肢は、大きく分けて、二つある。ここでも、話を分かりやすくするため、両極端の例を挙げよう。
    一つは、自由主義的な発想である。すべての個人は、自分の利益を最大限にするために行
    動する自由があるという考え方である。となると、他人が飢えようとも死のうとも、自分だけは何としても勝ち組に入るために争うという選択肢が選ばれることになる。同じだけの富を100人で分けるより、50人で分けた方が1人当たりの取り分は多いに決まっている。
     だから、もし自分が勝ち組に入るのならば、全員平等の世の中よりもずっと得だという勘定になろう。そして、個人は自分の勝ち組入りを目指し、企業は自社の勝ち組入りを目指し、国家は自国の勝ち組入りを目指すというわけである。
     ただし、この選択の下では、ある一定数の負け組が必ず生まれ、自分がそこに入らないという保証もない。自分の子や孫がそこに入る可能性もある。あるいは、自分の暮らす国全体が負け組みになってしまう可能性だってあるのだ。

    0
    2009年10月04日
  • 英語を学べばバカになる~グローバル思考という妄想~

    Posted by ブクログ

    グローバル化やテロとの戦いというのは帝国主義の新名称とする
    。
    アメリカの自由は勝ち組と多数派の自由など、興味深い記述もある一方、自由主義、平等主義、民主主義の概念が雑多に混在し、著者自身本当は理解してないのではないかと思われても仕方がない記述も点在される。

    0
    2024年08月22日
  • 社会主義の誤解を解く

    Posted by ブクログ

    社会主義。人間の生産活動を、私的自由や市場原理にゆだねることを拒絶する。正当な国家権力が公正な生産活動を指導する。生産手段の社会化を目指す。所有一般の廃止ではなく、ブルジョワ的な所有を廃止する。

    0
    2024年05月16日
  • 社会主義の誤解を解く

    Posted by ブクログ

    主に英仏独ソの社会主義運動の展開を論じた本。理論についてはあまり触れていない。
    どの国でも、エリートによって上から作られた運動が挫折、妥協、分裂などを経て広がっていった様がよく理解できた。

    0
    2019年10月27日
  • 日本とフランス 二つの民主主義~不平等か、不自由か~

    Posted by ブクログ

    日本とフランスとのことだが、その媒体としてのアメリカも絡めての民主主義、保守化、リベラルのあり方について読みやすく書かれていてためになった。

    共和という、あまり日本では聞かれない言葉についても例をあげて説明してあり、けっこう理解がしやすかった。

    0
    2018年04月13日
  • 日本とフランス 二つの民主主義~不平等か、不自由か~

    Posted by ブクログ

    アメリカ型「自由」フランス型「平等」
    自由主義⇒保守である
    米国では宗教的自由求める
    日本型 小さな政府⇒官から民
    =自分の権利と自分の自由
    フランスは不自由を求める?

    米国は個・フランスは連携

    0
    2015年07月31日
  • 社会主義の誤解を解く

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    社会主義と共産主義の違いを説明できる大人ですか?
    多種多様になって理解困難な「社会主義」を再確認しよう。


     学校の授業でもわかりづらいのでサラッと習う社会主義。再理解。

    _____
    p31 イギリスから
     社会主義の発端はイギリスから。資本主義が初めに始まったのもイギリスで、実践面では労働運動そして思想面では社会主義がそこに付随して生まれたのである。

    p38 初出
     1822年頃からイギリスではロバート=オーウェンらによって社会主義という言葉が使われ始めた。そして1830年半ばから英仏で広がり始めた。
     フランスでもサン=シモンやシャルル=フーリエらによって社会主義が広められた。彼らの初期社会主義は空想的社会主義と言われた。

    p44 共産主義
     広辞苑による共産主義の定義
    ①私有財産制の否定と共有財産制の実現によって貧富の差を無くそうとする思想、運動。古くはプラトンにも見られるが、主としてマルクス・エンゲルスによって体系づけられたものを指す。
    ②プロレタリア革命を通して実現される、生産手段の社会的所有に立脚する社会体制。
     この定義は日本語の意味としては正しいが、社会科学的には間違っている。順番が間違っている。
     マルクスはプラトンの考えより新しいものを考え出したのだから、順序を逆に考えたらダメだということ。

    p49 含む理想主義
     プラトンら社会主義という言葉のなかった時代の実質的な共産主義は、私有財産無き理想郷的な社会を望むものだった。しかしマルクスらの考える共産主義は違う。だから後世混乱が生じた。ポル=ポトらのように統制国家が無理に理想国家を作ろうとして制度破綻を迎えたように。

    p53 王政の中の社会主義
     英仏では王政下において積極的な貧民救済が施されていた。そこに自由や平等と言った価値基準はないが、ノブレスオブリージュによる実質的な社会主義があった。
     とくにイギリスでは早くからエリザベス一世の救貧法などが有名である。

    p61 労働者困窮の社会問題
     イギリスでは産業革命の結果、諸産業の発達と富の急速な増大が成されたが、それに伴って貧困や不健康や風紀紊乱が慢性化するという社会問題が発生するようになった。こうした時期に社会主義が生まれたのは必然である。この頃の労働者階級の身体的、知的、道徳的荒廃が社会の存立に関わるほど悪化していたがゆえに社会科学が発生したのだ。

    p73 私的援助
     新興勢力のブルジョワジーも慈善活動をしていた。しかし、それはノブレスオブリージュというよりも保身行動としての慈善活動だった。
     19世紀中期のロンドンだけでも640団体もあったらしい。その私的援助額は公的援助額を上回るほどだった。しかし、慈善活動は場当たり的対策であることを否めない。貧困は個人の道徳的責任と考えられ、徳の高い者が低い者へ施しを与えるという考えだったのである。
     根本的解決をする気は無いブルジョワの偽善でしかないのが慈善活動である。
     
    p116 人口シェア
     イギリスでは1840年代に都市人口が農村人口を上回った。その結果、産業革命が起きえたと言える。
     フランスは1901年になっても農村人口は54%を占め、そのため産業革命が遅れた。伝統的農業国であるフランスが近代化が遅れたのはそのためである。フランスはその都市労働者不足を移民で補てんした。
     低賃金の外国人労働者は自国民の賃金水準を下げる疫病神だったため、フランスの労働者たちが一丸になれなかった理由もここにある。

    p126 労働運動≠社会主義
     1864年にロンドンで結成された第一インターナショナルは労働者の同盟であり、社会主義者の同盟ではなかった。第一インターナショナルはナポレオン三世が労働者の票を集めるために後援した組織であり、その成員は熟練労働者らだった。だからマルクスの考えていた社会主義団体ではないのである。
     本来の構成員たるべきは困窮する底辺労働者らだが、彼らの知的レベルでは組合を組むことも難しかったのである。
     スタート時点で社会主義はカオスを産んでいる。

    p164 フェビアンとチェンバレン
     ボーア戦争を指揮したイギリスのジョゼフ=チェンバレン、彼の中には社会主義と帝国主義が同居していた。
     これを社会帝国主義という。国内で社会主義政策を維持するには植民地政策による財源が欠かせないという理論である。
     この考え方はフェビアン協会も持っている。当時のイギリス人にとって植民地は当然の物で、愛国主義と帝国主義は正義だった。植民地を土台にした社会主義がイギリスで起った初期社会主義なのである。

    p168 本家か元祖か
     社会主義と共産主義の違いは「本家vs元祖」ののれんバトルと同じようなもの。この二つののれんからどちらが先に始まった物かはわからない。そして内容の違いが何かはわからない。
     マルクス・エンゲルスが共産主義という名前を使い始めたのは、フーリエ派の社会主義との区別のためであった。言うなれば「元祖社会派の我々は共産主義です!」みたいな。

    p173 倒しやすかっただけのロシア
     マルクスの目指した社会主義革命は、イギリスなど資本主義の十分発達した国で実現されるべき思想だった。
     しかし、実際に革命が起きたのは王政が残った当時の後進国ロマノフ王朝のロシアだったのだ。第一次大戦までに国民の求心力を失ったロマノフ王朝は簡単に打倒できた。ロシアの社会主義革命は、労働者らの市民による総意の改革ではなく、一部の社会主義者が楽して手に入れた政権でしかなかったのである。

    p197 第二次大戦は低評価
     ヨーロッパ人にとって史上最大の戦争は第一世界大戦だった。ユダヤ人のホロコーストなど、非人道的な事件や日本の原爆被害などのせいで日本人の認識は第二次大戦の方が悲惨だが、より多くの戦死者を出したのは第一次大戦で、アメリカに至っても第二次大戦よりも南北戦争の方がひどい被害を出している。
     こういった認識が今の世界の考え方の違いの一因になっている。

    p198 日露戦争の裏
     日露戦争中の日本軍はロシア国内の反帝国勢力を支援していた。明石元二郎というスパイが有名である。
     その支援された組織がレーニンの社会主義団体であった。そのようにロシアでは社会主義団体を支援した日本政府も、国内では治安維持法によって幸徳秋水らの組織を潰しにかかっている。

    p200 二月革命
     1917年の二月革命は社会主義者の指導による革命ではない。第一次大戦が長引いて国民の生活が困窮し始め、さらに悪いことに大寒波が襲来して食糧難が発生した。それが最大の理由としてロマノフ王朝の信用が底をついた。レーニンやトロツキーやケレンスキーはそれに便乗しただけなのである。

    p202 識字率
     1850年頃のロシアの識字率は10%程度かそれ以下だったと言われている。それが20世紀初めに、近代化も遅れているロシアで劇的に改善されているとは思えない。
     そういった民衆の知的レベルなのに、社会主義の理解をもって王政打倒をしたいと国民が一致団結したとは考えられない。
     たとえ社会主義の旗のもとに参集したとしても、それは扇動を受けただけで、正しい知識を理解はできていなかっただろう。

    p205 レーニン帰国する
     レーニンはドイツの支援を受けてロシアで革命を実行した。当時のドイツがレーニンの社会主義思想に賛同していたわけではなく、たんに敵国ロシア国内を乱す策略として唾をつけたレーニンに革命を実行させようとしただけである。
     こういった背景をもって、レーニンは四月に帰国し、もはや時代遅れの王朝政府を打倒した二月革命を社会主義革命に仕立て上げるための活動を開始した。それが「四月テーゼ」である。

    p209 十月革命
     二月革命で王朝が打倒され、ケレンスキー臨時政府が作られた。しかし、その政権も急づくりの物で土台が安定していなかった。それをレーニンらの社会主義革命勢力が妥当し、政権を強奪したのが十月革命である。
     この革命は小規模な武力衝突はあったものの、国を挙げての紛争も起きず、政権の首がいつの間にかレーニンらの物になっていただけという大層なものではないのである。

    p212 ロシアの社会主義
     ロシアの社会主義革命は労働者や農民が自ら立ち上がってブルジョワ支配を打倒したものではない。誤解を恐れずに言えば、レーニン派は弱体化した臨時政府方政権を奪取し、その権力(秘密警察も含めて)を行使しながら国民大衆を社会主義国家に従属させていったのである。
    実際、ボルシェビキにとって、時の政権を打倒することよりも、自分たちに逆らう国民を鎮圧する方がはるかに困難な戦いであった。
     だからと言って社会主義という主義思想が間違っているなんてことは別問題である。
     ロシア革命という事案だけを見て社会主義という物を評価しようという考え方の方が愚かな考えである。それを理解することが何よりも重要なのである。

    p215 エーベルト
     第一次大戦中におきたドイツ革命で帝政ドイツは倒れ、社会民主党のフリードリヒ=エーベルトが政権を取った。エーベルトは第一次大戦の参戦に賛成した人物だったのに、帝政終了後の初代首相になるなんて、うますぎる。

    p230 ファシズム
     ファシズムは強い民族主義を持った社会主義思想のことなのである。しかし、自国民の生活を保障するために他の民族を犠牲にするという極論が通るから悪者になってしまった。
     愛が強すぎるゆえに歪んでしまった社会主義がファシズムだと考えてよい。

    p235 無知のヒトラー
     ムッソリーニは読書家で、高い知識と教養をもってファシムズの必要性を説いていたが、ヒトラーはムッソほどの知識は持ち合わせていなかったようだ。ただその思想に便乗して独裁政治を断行した、歪んだ劣等感と権力欲の持ち主だったのである。
     第一次大戦に敗れ莫大な賠償金に苦しめられたドイツ国民は、さらに国際経済の変動でさらなる困難を強いられる。そういった祖国の窮状を何とか打開すべく生まれた強い正義感が、歪んだ正義を生み出したと言える。やっぱり、世界の経済のバランスが悪いから生まれてしまったのが、可愛そうなヒトラーなのだと思う。

    p254 世界はソシアルである
     近代を経験した私たちの社会はほとんど社会主義を導入した社会の中にいるのである。だから、社会主義を悪者扱いするような人間もいるが、そういう人は現代の社会福祉のある国家を否定しなければならない。
     すでに我々は多かれ少なかれソシアルな世の中に生きているのだ。だから社会主義という考えは決して遠い存在でも空想的思想でもなんでもないのだ。
     
    p257 皆保険の前提
     国民皆保険はたしかに優秀な制度かもしれない。しかし、それがどんな社会でも成立するわけではないということを知らずに、当たり前のように享受している人が大半だろう。
     皆保険は国民の大半が安定した収入を持ち、社会保険料を納められるだけの経済力と整った行政組織が無いと運営できない代物なのである。それが欠けているのに皆保険を運営しようと思ったら莫大なコストがかかってしまい、手薄い保障になる。または、保険洩れになる人が大量発生してしまうようになる。

    p261 日本国憲法の成り立ち
     日本国民が誇る日本国憲法ってその成り立ちを冷静に考えれば大したものじゃないと思うんですよね。
     日本国憲法はGHQが一週間で作った草案をもとに、日本の意思は無視してつくられたものである。
     この憲法を護持したい人は、アメリカ様にへりくだっているようなものなんだという認識はあるのだろうか。
     確かに平和憲法は貴いものだろうが、それ以外は屈辱の憲法だと認識する者は少ないだろう。ただ、いまの日本はその武装を持たないというのを外交カードにしている面もあるので、頑張ってはいると思う。

    p266 日本の社会主義
     日本の社会主義は凋落している。それは、日本の社会主義勢力がただのリベラルの対抗勢力でしかなかったからである。本当の意味での社会主義を理解し、実現しようと純粋に集まった組織ではなくなってしまったのが悲しみである。
     なんていうか、日本に限らずどこの国でも社会主義は「所詮対抗勢力」にしかならないから駄目なんだよな。これからは社会主義を咬ませ犬みたいな扱いではなく、キチンと政事理論として理解していくことが大事。

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     社会主義の誤解は

    ●社会主義はイギリスなどの進んだ資本主義国で革命されるべきものだが、後進国で革命の建前にされたから邪悪なイメージがついちゃった。
    ●社会主義は全体主義と不可分な物じゃない。社会主義は政治理論として、資本主義社会のバランスを取るためのアイテムとして適宜使うのが正しい用法。
    ●社会主義がすべてを解決するというのは、ただの妄想で社会主義でもなんでもない。

     イスラム教と同じで、変な悪いイメージがついてしまったからいけない。格差が広がる現代の資本主義社会。唯一の社会主義の成功国といわれる日本でもそうなっている。ただしく社会主義を教えること、大事。

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    2015年04月17日