資産と負債の線引き。
本書で一番感じた、ミニマリストの重要な視点だ。
大学時代に建築学を学んでおり、衝撃を受けた建築家の一人が、本書でも登場する「ミース・ファン・デル・ローエ」。
シンプルながらも、美しいもの以外全て削ぎ落としたような洗練され尽くしたデザインに息を呑んだ。
彼の言葉をもじって、「less is bore(少なくてはつまらない)」と揶揄されたこともあったようだが、そんなことはない。
重要なのは、何を残し、何を捨てるかだ。
自分自身が資産だと思い込んでいるものが、実のところ周りからそう思い込まされているだけで、本当は資産ではないことが往々にしてあり得ると、ハッとさせられるものが多くあった。
特にマイホームを最近買ってしまった自身にとって、特に印象的で耳に痛かったのが、不動産についての例だ。
親の立場からすれば、「子どもが実家と思える場所を作りたい」、「いざとなった時に子どもが帰れる場所を作りたい」、「資産として子どもに相続させられる」などと勝手に思っていた。
しかし、子の立場を考えると、相続した際の税金、築何十年も経った物件を維持する手間、親と一緒に過ごす事へのストレスなど、リスクも大きい。また、不動産があるからこそ引っ越しや海外移住など選択肢が制限されることも考えられる。
このように考えると、マイホームを買うくらいならば、賃貸のまま過ごした方が良かったのではないかと、後悔をしてしまった。。。
多くの人が、世間に流されてしまって、自分にとって真に必要のないものを買ってしまった経験があるだろう。
金額の大小に関わらず、この失敗の根底にあるのは、自己分析の欠如だと本書を通して理解した。
もちろん、経験をしてみなければそれが合うかはわからないし、むしろ意固地に節約のためと経験しないことは、自分自身の視野や見識、可能性を広げることを阻害することにも繋がるため、少なからずこの失敗は必要なのだろう。
しかし問題なのは、どこで満足するか、そしてどこで損切りをするのかという点だろう。
自身の中での終わりを設定しなければ、際限なく金銭や時間、労力など、自分のリソースを使い続ける。
限りある自身の資源の中で、如何に自分らしく、如何に満足できる生活をすることができるのか。それにはある程度の経験を積んだ時点で、何が資産で、何が負債であるのかの見定めなければならない。
自身も結婚、育児を経験する中で、ライフステージの変化とともに今まで資産だったものを手放さなければならないという、岐路に現在立っている。
負債とまでは当然言いたくないのだが、限られた資源の中で、如何に満ち足りた生活を送ることが出来るのかと考えた際に、今までのままでいることはできないのだと、目まぐるしく変わる生活を前に心底思い知らされた。
価値は人によってだけではなく、その時その瞬間でも大きく変わる。それを今、ハッキリと痛感する。
しかし、ベストセラー「DIE WITH ZERO」でもあったが、忘れてはならないのが、人生のその時点で、「今しかできないこと」はあるということ。
価値観が変わったからとて、それを勿体なかったと思わなくて良い物もあるように思う。
自身にとっては、音楽が当にそうだ。
人生の大半を音楽に捧げてきた。正直、あれをやるくらいなら、もっと有意義な時間やお金の使い方があったのでは、と思うものもないと言えば嘘になる。
ただ、そのどれもが自分にとってはかけがえのない宝物なのだ。
無駄だったと思えるものでも、その時の自分には必要なものであり、その瞬間は最高に楽しめたのだ。
そしてそれを経て今の自分があるのだと考えてみれば、損はなかったように思うことが出来る…気がする。笑
もちろん、過去の損失を正当化する気はないし、ああしておけばと思うことはいくらでもある。
しかし、死ぬときに後悔することの1つに、「やらなかったことへの後悔」があると聞く。
その瞬間にしかできないことで、かつ自身の心の琴線に触れるものは、リソースを割く対象としてあげる意味があると思う。
その上で自分の価値感に基づいて選んでいけば、自分を更に幸せにできるお金や時間の使い方をすることができるのだ。
自身にとって、何を得て、何を手放すことが幸せに繋がるのか。
忙しなく変化をする生活の中で、じっくりと心の機微に触れ、内省することが求められているのではないだろうか。