S・ミルグラムのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ通称アイヒマン実験
有名大学の主宰する実験に参加した被験者が先生役となり、学習者が問題を間違える度に電撃を与えて痛覚と記憶学習の関係性を調査する。という表向きで、権威と自由意志との関係性を調査する。
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権威が保証されていた時、被害者が痛みを訴えても6割の人間は続行した
被害者の心臓に異変が起きていることを訴えられても5割の人間は続行した
権力者が被害者の位置を占め、被害者が権力者のように続行を命じた場合人々は直ぐにやめ、自分の道徳性を誇示し、命令した被害者の道徳性を批判した
権力者が同じく実験参加者でただの役割を与えられた人間に過ぎなかった時、被害者が静止を求めた時に被験者は直ぐにやめ、命令してくる人を道徳的に批判した
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また、被害者の解像度が上がれば上がるほど、"自分は無実の人間に危害を加えるような人間ではなく倫理的である"という自己像の崩壊や、共感性による痛みの伝播、もしくは別の社会的規範や権利との葛藤
というアンビバレンスな状態におちいり、発言のうちでは抵抗をしめしたり被害者を庇うような事をするが、行動に移した人は社会的地位が高く権威を感じにくい人や痛みのある経験から来る実感を伴った想像力のある人ばかりで、ほとんどの人は続行し、あまつさえ自己欺瞞的に「痛みを感じてるとは思わなかった」「別の実験だとわかっていた」などと述べる人もいた。そして聞いてもいない普段の自分の倫理的な振る舞いを主張する人も。
この本は続行した被験者を非道徳的な人間だと批判する方向ではなく、人間全般が構造という権威にいかに服従し暴力を行えるかということを人々に自覚させ、それによって内省させるという啓蒙活動を行う事が目的だと言うことは分かっている。
善悪を明確にしめしておらず、読者に投げかける風になっているのも。
だけど、自分はいかに多くの人間が、自尊心のために自分の記憶を捏造したり、解釈をこねくり回して正当化したりするかということを実験で目の当たりにできて興奮で震えながら本を読んだ。
また、自分は十中八九この権威に逆らうことはできないし、逆らうことが正しいとも思わないとも思った。自分が大きな価値を感じたのは、非服従した人間の多くは教育者や悲劇の経験者、(純緊張も考慮して)つまり被害者への同情と言うよりかは自分の信念や理想像の崩壊が許せなかったり、被害者への同情と言うよりかは過去の自己の投影が虐げられ続けることが許せなかったりしたものだ。やはり権力構造への服従自体で善悪は語れないとは思う。 -
購入済み
論文形式でさまざまな服従に関する実験とその結果が書いてあります。
実験結果には疑問符が付いているものの、考え方などは確かにと納得させられる内容だと思います。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ個人の道徳観の力は、社会的な神話で思われているほど強いものではないっていう本。
この有名な実験について大枠しか知らなかったが、人や場所や状況等のパターンを変えてみたり、被験者の実験時の言動が細かく書いてあったりと、ミルグラム実験の詳細が知れる。
尚且つ元々の原文が良いのか訳者が良いのか最後まで飽きずに読める。
p.22〜p.23
道徳律の中で「汝、殺すなかれ」といった能書きはずいぶん高い位置を占めるが、人間の心理構造の中では、それに匹敵するほど不動の地位を占めているわけではない。新聞の見出しがちょっと変わり、徴兵局から電話があって、肩モールつき制服の人物から命令されるだけで、人々は平然と人を殺せるようになる。
p.67
あるいは過去には、物理的に近くにいる相手への攻撃的行動は、報復による懲罰をもたらし、それが最初の反応形態を打ち消したのかもしれない。一方、遠くにいる他人への攻撃は滅多に報復をもたらさなかったのかもしれない。
p.209
事前条件の中には、その個人の家族的な知見や、非人格的な権威システムに基づく一般的な社会環境、そして権威の遵守が報酬をもたらし、非遵守が罰につながるような報酬構想との長期的な体験がある。
エージェント状態
p.244
非服従の代償は、自分が信念を破ったという身を切られるような思いだ。
道徳的には正しい行動を選んだとは言え、被験者は自分が引き起こした社会的秩序の破壊に困惑したままであり、自分が支援を約束した目的を放棄したと言う感覚を捨て去ることができない。
自分の行動の重荷を感じるのは、従順な被験者ではなく、服従しなかった被験者なのである。
p.276
人は自分の独特な人格を、もっと大きな制度構造の中に埋め込むにつれて、自分の人間性を放棄できるし、また必ず放棄してしまう、ということだ。
p.303
いずれにしても、何か単一の気質面での性質が非服従と結びついていると思うのは間違っているし、親切で善良な人は反抗するが、残酷な人は反抗しないと思うのも間違っている。
目下のプロセスにはあまりに多くの点がありすぎ、またそれぞれに対して人格の各種構成要素が複雑な形で関係してくる可能性があるため、あまりに単純化しすぎた一般化はまったくできない。
さらに、それぞれの人が実験にもたらす成功は、行動の原因としておそらくほとんどの人が考えるほど重要ではないだろう。
というのも今世紀の社会心理学は大きな教訓を与えてくれるからだ。
その教訓とはつまり、しばしば人の行動を決めるのは、その人がどういう人物かと言うことではなく、その人がどういう状況に置かれるかと言うことなのだ、ということである。
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Posted by ブクログ
実験のレポートと考察が丁寧に書かれていて非常に読みやすかった。
人が権威に服従するのは責任を権威のあるものに背負わせているからだと思う。
責任の及ばない範囲で人は行動している。
それが社会の仕組みなのかなと。
逆に自由になりたければ責任を負わなければならない。(起業して社長になるとか)
本編も面白かったけど、訳者の考察がとても良かった。
実験の前提と本質に疑問をなげかけている。
例えば、実験では人は性善説に基づいて行動している(根底には人を傷つけたくない心理がある)としているが、訳者は一般的にはそれは成り立つのか疑問を呈している。戦争なんかでは、略奪が目的だったりと、、、
作者のスタンレーミルグラムはスモールワールド実験でも有名だったのか。
6人介せば、誰とでもつながれるという実験。
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Posted by ブクログ
ミルグラムの電気ショック実験。
これは、ナチスのアイヒマン実験とも呼ばれ、権威者による命令が個人を従属させ、殺人のような重大な結果をもたらしかねないことをシミュレーションしたもの。
解答者(役者)、被験者、指示者において、
ある単語の問題に対し、回答者が不正解だった場合、その被験者は低い電圧から徐々に大きいで電圧(疑似)電気ショックを与えていく経緯について分析した実験。
それぞれが置かれた立場、ヒエラルキー、権威によってどのような結果となる傾向なのか分析した実験。
『典型的な兵士が殺すのは殺せと言われたからで、かれは命令に従うのが自分の義務だと心得ている。被害者に電撃を加える行動は破壊的な衝動から生まれるではなく、被験者が社会的構造に統合されてしまい、そこから逃げられないから生じるのだ。』
当時のナチスが特殊だったわけではなく、現代の組織に於いてでも大なり小なり、同様のジレンマ(責任転嫁)が発生しているのは明白である。 -
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心理学の文献ではしばしば登場する「ミルグラム実験」について、ミルグラム教授ご本人が書かれた報告書。
「アイヒマン実験」とも呼ばれるこの本は2008年に新訳として再版されるまでは約10年は絶版だったそうだ。
2012年には文庫化されたが、357ページで1300円という価格となっている。高すぎるのではと思い読み始めたら、疑念はすぐに払拭された。実験の全貌、ミルグラム教授の分析等、事細かく書かれている。被験者を募集するための広告、役割や条件を変えての全18種類の実験内容、被験者のナマの声等、読み応えは充分。
更によかったのが訳者山形氏による「訳者あとがき」である。通常のあとがきに加え、「蛇足 服従実験批判」とのタイトルで本書の分析・考察に情け容赦ない根本的批判を展開する。訳者がこんなに批判しちゃっていいの?とも思ったが、権威からの命令が責任回避や思考停止に陥ってしまう危険性を検証した本書に対し、訳者自ら、ミルグラム実験という「権威」を否定することでオチをつけたのでは、とも考えてしまった。 -
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通称「アイヒマン実験」の報告にあたる本著。ここで得られた実験報告は人は権威に対して服従する生き物であるという、目を背けたくなるような結果だったということ。厳密にいえば、この実験で行われた手法の正確さについて異論等もあるようだが、いずれにせよ確実なことは、権威という目に見えないパワーの強大さ。そして人間がそれに対して、社会システムの構造上指示に従わざるを得ないところにいるという点は否定しにくいのではないだろうか。
日々、家庭、学校、会社、社会・・・あらゆる生活の場に権威は存在しており、その権威に服従して生きている。こう考えると、自分はさも奴隷かのように感じてしまうが、そうではなくて視点を変えてみれば、相手への信頼にほかならないとも言えなくもない。
ただ、なんというか、協調や空気を読むことを大事と見ないしている日本においては、この実験を行ったらかなりの率で服従する人が多いような気がしてならないし、私自身、服従してしまう側なんだろうな・・・と思いながら読んでいたら、背筋がゾッとした。 -
Posted by ブクログ
このアイヒマン実験について著者のミルグラムは、参加者の良心と権威に対する服従についての葛藤の場として見ている。一方で日本語訳者は、参加者の社会に対する信頼の度合いと、なにがより高位の規範であるかについての判断の場として見ている。これら実験に対する向き合い方の違いは、人の理性について理解しようとする際の方向性の違いだけでなく、アウシュビッツの存在がそれぞれに与えた衝撃の受け止め方の違いのように感じた。
前者の考え方の落とし穴は、人の良心を信じる者がアイヒマン実験の結果を知ったときに、その結果を人の性悪説の証明であるかのように感じ、実験のプロセスを含めて強い拒否反応を示すことにある。また後者の考え方の落とし穴は、その思考にのみ拘泥していてはアウシュビッツを防ぐための倫理的な防波堤を構築しえないことにある。人の本質を性善と性悪に簡単に分類できるものではないだろうし、また、倫理的判断を各人の判断や時代の判断にまる投げできるものでもないだろう。
正常と異常の判断または、優位と劣位の判断はその定義からして、あくまでも正常な側や優位な側が行わざるを得ないことを肝に命じながら、前者の考える倫理と後者の考える法規範をもって、人の行動に制約をかけることの大切さをあらためて教えられる。 -
Posted by ブクログ
ミルグラムのこの実験の内容は知っていたものの、いろんな条件を変更して行っていたことは初めて知ったので読んでいて楽しかった。
多くの人は権威に服従して、残虐な行為をも行ってしまう。だから個人は主体性をもって権威を疑い、安易な服従を避けることが重要という結論。エージェント状態やオートマトンの理論はとても興味深いものだった。
だが、ナチスの事件について、ただの1個人が果たして政府に不服従をできるのかというのは疑問に思った。これについては訳者あとがきに非現実だと述べられていて安心した。中でも訳者の解釈として、権威が権威となるために道徳的チェックが入るから権威への服従は信頼の裏返しというのは共感できた。その信頼できる権威であるなら、服従するのとは必ずしも間違っていないし、その中で個人が主張できる環境を作ることが大事だと思う。
いろんな解釈ができる本であるがために様々な意見を聴いてみたい。
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Posted by ブクログ
ミルグラム実験については名前しか知らなかったが、近所の書店のフェアで表に出ていて気になったので購入して読んでみた。気持ちの良い話ではないが、とても興味深くて自分の場合はどうだろうかと考えさせられる本だった。
権威に服従するモードに入ると普段のその人がするとは思えないような残酷な行為でも命令に従って実行できてしまうという心理学実験。権威に服従するというとナチスなどを思い浮かべやすいが、学校で起きるいじめとかでも同じようなことが起きていると思うと、明確な命令がなくても容易に服従してしまうのではないかという気がする。訳者あとがきの批判にあったように人間は残虐性を社会規範という権威によって抑えるようにしているだけなのかもしれない。
集団を作って生きていく上では服従の全てが悪というわけでもないが、会社でも、社会でも、自分が自律して行動できているのかどうか、服従モードに入っていないか、自分に問うていきたいと思った。 -
Posted by ブクログ
異常に興味深い。
組織で言われる主体性が必要だ云々という話を前提からひっくり返す話でもある。
そもそも人は権威に従属するものであり、そういった進化を辿ってきている。
それは進化の過程で必須の要素であり、進化を経て強化された。
自律モードと、組織モードがあり、組織モードを「エージェント状態」と言い、
自身の価値観に関わらず盲信的に権威に従ってしまう状態で、これは社会的な動物としての生存有利性から発生していると。
一方道徳心・良心などといった個人に属するもの(と筆者はいい、訳者はそれも社会的な権威であるというし、それが正しいと思う)は、2次的なものになると。
訳者が権威をそもそも定義していないという話はその通りで,自身の感覚も含めると、権威とは「自分が知らないもっと上段の崇高な目的を知っていて状況に合わせて正しい判断ができる。またイレギュラーな決断においても責任が取れる」ということのみであり、単純に白衣を着てればおkということでもないと思う。
かなり示唆深いし、とくに「エージェント状態」の言語化は俊逸以外の何者でもない。