小原京子のレビュー一覧
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あとがきで、実話をもとにした作品だと知り驚く。
アウシュビッツでの描写は悲惨だが、終戦直前の捕虜の扱い、チフス・コレラ・栄養失調のなかで働かさせる過酷さ、不衛生極まりない絶望的環境は、満州鉄道のため日本軍に働かされていた捕虜を描いた作品「おくのほそ道」でもほとんど同じような描写があった。アウシュビッツが大量殺戮工場として特異な存在であったことは事実だが、戦争の行き着く先はいつも同じ光景、同じ地獄なのだと改めて思い知らされた。
主人公の少女が発刊当時まだ存命で(もしかしたら今も)作家と直接会っていることにも驚いた。これは過去の話ではないのだ。
ヒルシュについての真実(?)が明かされたこと、ナチス側の人々のその後についてもあとがきにまとめられており、現実に起こったことだという認識を重ねて感じられた。
ストーリーテリング、臨場感のある描写、読み応え、全て揃っており、引き込まれるようにして二日で読み終えた。 -
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実話を基にした お話です。
アウシュヴィッツから 生きて出られるという奇跡
そして アウシュヴィッツで 正気を保てたのは
本という 心の支えがあったから・・・・
当時 本は 回収されてしまっていたけど
必死になって 隠し持っていた
よれよれになってしまった本が
子供たちにとって 笑いや 感動を与えてくれた・・・・
アウシュヴィッツについての本では
以前読んだ 夜と霧でも そうでしたけど
生き残るには 心が大事でした。
食べるものがなく 病気が蔓延している中で
生きていくのは どれだけ 大変なのか 想像もできませんが 本を読む事で 少しでも 悲惨な事を 理解できます。
この本は 夜と霧よりも 読みやすいので
多くの人にも読んでもらいたいと思いました。 -
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ネタバレ「アンネの日記」は捕まるまでの話だけれど、こちらは捕まってから解放されるまでのお話。以前、アウシュヴィッツに郵便があるという話があって驚いたけど、こちらは学校まであってさらに驚いた。家族収容所なるものがあったことにも。
話ももちろん素晴らしかったけれど、あちらこちらに名言が散りばめられている。特にヒルシュの話は本をあまり読まない人たちにも響きそうだと思った。
今更ながら、強制収容所の暮らしが想像以上に酷くて驚いた。その中でもみんなが逞しく生きていく姿にも驚いた。人は希望がなければ生きてはいけないのだと改めて思った。
主人公はアウシュヴィッツからの解放後、イスラエルに移住したけれど、そこでもまた戦争があり、大変だったんだろうなと思った。 -
Posted by ブクログ
アウシュヴィッツには生半可な気持ちで行ってはいけない。昔、ポーランドに旅行する際に読んだガイドブックにそう書かれていたことを思い出した。
実話に基づいたフィクション。だけど真実が垣間見える。読んでいた沸き起こった感情や情景。作中にもあるように、「本は別の世界へ連れてってくれる。」そう、知らなかった世界へ。
戦争は人の心を蝕む。それでも本はどんな地獄でも希望の種になる。本当に勇気ある人は怖がる人。心強いユダヤ人リーダー、フレディ・ヒルシュはどれだけの人を救ったか。そして図書係エディタ。今も彼の意志を引き継いでいることは十分伝わる。
この本読むと杉原千畝のやったことがいかに神がかりであるかを実感する。
あんな狂気の世界を二度と作ってはいけない。 -
ネタバレ 購入済み
ある少女の凄絶な人生
読書すら禁止のアウシュビッツ=ビルケナウ強制収容所。たった8冊の本を命を懸けて守る少女ディタ。絶滅収容所とも呼ばれるその中では、常に死の恐怖と隣り合わせ。1日に何千という命が何の躊躇もなく流れ作業のごとく殺されていく。さらに暴力、飢え、チフス、コレラ、悪臭、シラミ、強制労働。生きていくこと自体が辛い中にあって、人間らしさや希望を保つ原動力となるのは紙の本や教師たちの話す物語、生きた本だ。勉強や本が嫌いという日本の子どもたちにぜひ読んでもらいたい一冊。そして90歳近い現在のディタの生き様にも感服。
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ネタバレ先日読んだ「アウシュヴィッツのタトゥー係」もそうだったが、今回も主人公はチェコ語とドイツ語を完璧に話せるという語彙力に救われたところがある。亡くなったばかりで代わりが必要だった劇のプロンプターという役割を得られ、通常よりましな待遇にありつけた。
十三歳までの子どもたちが通う学校棟があるらしいと教えてくれたのは彼女だった。母さんがディタは十四歳だと言うと、ツルノフスカは、大丈夫だと答えた。校長のフレディ・ヒルシュが如才なく、子どもブロックをきちんと管理するためには助手が必要だとドイツ人を説き伏せ、十四歳から十六歳までの子どもを使っているというのだ。
「あそこでは点呼は屋内でやるから雨にも濡れないし、毎朝寒い思いをしなくてすむわ。一日中働かなくてもいい。それに食事の量もいくらかましらしいし」p27
助手に空きはないしいろんな人に同じことを頼まれていると一旦断られるも、そういえば語学ができたわね、と見込まれて承諾される。
p68〜
たくさんの囚人たちが運ばれてきては、身体を綺麗にするためのシャワー室だという嘘を言われて誘導されつつ、陽気な子供や、裸を恥じらい周りも気を使う婦人、殺されることを察知したおばあさんが孫だけはかんべんしてくれと懇願するも見張りの男はおばあさんに小便をかけ、すごすごと戻るおばあさん〜皆がガス室送りになるエピソードや、それを語るルディの、死体から髪の毛を切る仕事など、なかなかくるものがあった。
「子どもたちもその方がよく聞いてくれるのですよ。頭のおかしい年寄りの言うことなぞ誰も耳を貸さないけれど、それが本に書いてあることなら・・・・・別です。本の中には、それを書いた人の知恵が詰まっています。本は決して記憶を失わない」p87
その報告により、組織立った大量殺人、強制労働、財産没収、髪の毛を利用しての繊維生産、貨幣にするための金歯・銀歯の抜歯などが初めて明らかになった。
一列に並ばされた妊婦たちや、母親のスカートに掴まった子どもたちが、有毒ガスが噴き出すシャワー室に入れられる様子。座るスペースもないコンクリートの懲罰房。真冬でも夏のシャツ姿で膝まで雪に埋まりながら、四人が長時間の野外労働を課せられていること。一日の食事が水っぽいスープ一杯であること。ルディはこういったことをせつせつと語った。p342 -
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本によって人は
知識や知恵を得ることができる。
視野を広げることができる。
心を豊かにすることができる。
だからこそ強制収容所では本を所有することが禁止され、
そして、だからこそ図書係のディタは
アウシュヴィッツにおける、本の貴重な価値を理解した上で、
自分の意思で、
命懸けで8冊の本を守った。
ディタの勇気によって何百人ものこどもたちが
たとえ一瞬だとしても
本を通じて現実を忘れることができた。
本を通じてimagineすることは人間らしく在ることで、それは誰にも奪えない。
子どもではいられなかった14歳の、偉大な功績。
広く伝えたいお話です。 -
Posted by ブクログ
ネタバレアウシュヴィッツには行ったことがあった。この本の主人公であるディタが収容所に送られるほんの少し前の年齢くらいのときに。当時のことはもうよく覚えてないけど、メガネと髪の束と暗い収容所の空気だけをよく覚えてる。
アウシュヴィッツの物語を読む度見る度に、ここで生き延びようとした人たちの生命力に驚きを覚える。運命による抑圧をどうにか跳ね飛ばそうとするその気力に、人間の底力を感じて、毎回涙が止まらなくなる。一方で、運命によって退けられてしまった人たちへの共感と悲しみも。自分はここにいれられてどちらの側に行くだろう。右と左にわけられるだろう。子供がこんなところに入れられて、果たして1日でも正気でいられるだろうか。子供のために体を売れるだろうか。
戦争の愚かしさをこうやって目の当たりにする度に、今でも世界で続けられている同じようなことに絶望する。戦争によって人間性を奪われるすべての人たちに悲しみを覚える。どうやったらやめられるんだろう。どうして人は忘れるんだろう。
せめて自分はどうにかして愚かしい人間であることを忘れずに、せめて足を踏み外さないように、生きていければなと思うばかり。 -
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たった八冊の本が、荒野どころか地獄の真ん中で、どれほどの意味があるのだろうかという問いに、ウィリアム・フォークナーが冒頭で答えを示してくれる。
⭐⭐「文学は、真夜中、荒野の真っただ中で擦るマッチと同じだ。」⭐⭐
話の構成は上手く作られていて、現在と過去(アウシュビッツ前とアウシュビッツBⅡb区画に来てから図書係になるまで)が交差しながら、語られる。
登場人物たちの感情は、冷静に表現され、その分、比喩表現などが上手く使われており、心の動きはよくわかる。
この世界で感情表現に重きを置かないのは、もっともかもしれない。山のような死体が自分の横を通って行くのにも慣れてしまう日常だったのだから。
翻訳の力もあるかもしれないが、普通の小説以上に読みやすい。
前半、収容所内にも関わらず、やや学園ドラマ的なムードが続き冗長さも感じたが、いよいよBⅡb区画に死神が訪れ、ヒロインのディタは家族やたくさんの仲間を失う。
それまでの、異常な日常の中で彼らが求めた「ささやかな日常」(読んだり、書いたり、学んだり、身だしなみを気にしたり、恋心を抱いたり)を思い返すと胸が詰まった。人はどうにかこうにか飢えをしのぐだけでは生きていけない。ボロボロの本はもちろん、皆で歌う唄、そしてちっぽけな石鹸の匂いや安物の髪留めでさえ、心のよりどころとなり得る。
だが悪魔の所業は、いとも簡単に彼らの希望の光を踏み躙った。ガス室の描写はもちろんないが、数頁前に登場していた人物の台詞が蘇り、哀しみが聞こえてくる。そしてディタがいた家族収容所も閉鎖され、目の前には死しか見えない過酷な強制労働の日々が続く。
ユダヤ人というだけでなぜ?
アイヒマンなど歴史的に知られているナチスの人物も登場する。しかし、彼らもナチズムのプロパガンダに狂わされてしまった“普通のドイツ人”だったのかもしれない。
幸せをつかむディタだが、プラハで今度は、ソ連共産党に夫とともに苦しめられる。
時代は繰り返すのか?いや、たとえ繰り返したとしても、ディタのような賢く強い人間を根絶やしにすることなど出来ない。そして必ずや正義は息を吹き返す。