ロクサーヌ・ゲイのレビュー一覧

  • バッド・フェミニスト

    Posted by ブクログ

    バッドという言い方は、おそらく、規範的なものであればなんにでも当てはまるのだろうけれど。エコロジスト、丁寧な暮らし、などなど。トランプの混乱の中でこれを読むのは面白い。
    人種の話を読むのはしんどい。

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    2017年08月27日
  • バッド・フェミニスト

    Posted by ブクログ

    私自身も途中少し読み飛ばしちゃったんだけど、それでも人に勧めたい!
    最初と最後のほうの章、あるいは最初と最後の50ページだけ読んで、真ん中はかいつまんで読んでもいい、という勧め方になるんだけど、やっぱり最後の「まったくフェミニストでないよりはバッド・フェミニストでいたいのだ。」って至言だと思うし、この言葉で締めくくられる本、色んな人に読まれてほしいな〜。
    この本のおかげで、より胸を張って自分はフェミニストだって言えるようになったと思う。

    私は自分のこと結構ずっとフェミニストだと思ってるけど、それはある程度勉強の機会に大学生だったうちに恵まれたおかげで、フェミニズムってヒューマニズムでしょ(あらゆる人間のためのものでしょ)って思ってる軸があんまりブレないからだけど、「フェミ」として揶揄されてることは当たり前に知ってるし、なんかそのへんに対してこの言葉を握りしめながらそれでも私はフェミニストだって言いやすくなった気がする。

    序盤の方で書かれていた、フェミニズムには欠陥があり完璧ではない、なぜなら人々による営みである以上完璧で有り得ないから、というのもすごく納得だった。
    この本を読んだ頃、私はクィアコミュニティに対してクィアコミュニティの嫌なところ…!って憤ったり悲しんだりすることがかなり多かったけど、それをクィアコミュニティのせいじゃなくて「色んな人がいるせい」という緩め方ができたのが本当に実用的だった。本当にいい意味で肩の力が抜けたのでした。

    特権を持っていることは何かの義務をもたらすものでもないし、あなたの受けた傷をなかったことにもしない、という箇所が『現実を解きほぐすための哲学』の中で引用されてて、すごく印象に残ったから読みたくなった本だったんだけど、やっぱりこの部分も自分の中に刻まれたなあ…。

    アメリカでの話が展開されていくけど、悲しいほど共通している部分もあるし、スケールが違ったり深刻さが違ったりトピックが違ったりする部分もあるから、そこはむしろ知れてよかったなという感じ。想像力の至らないところに連れてってくれるという読書の醍醐味でした。
    あとは白人女性のものであったフェミニズム、という文脈についても触れられるから、必然的にインターセクショナル(交差的)で、人種の問題とかにも触れられているのが、そういった点でも想像力の至らないところに連れていってくれるし、ひとつの問題だけで捉えるのって無理があるんだなという実感を確かなものにしてくれる。

    ただ最初に書いた通り、アメリカのドラマや本の引用がメインの箇所、特にドラマの部分は結構読み飛ばしてしまいました…。こういう本が出てある部分については価値があるけど別の部分ではこういう層の読者を想定できてない、みたいな言及をそこまで詰まらずに読めるところもあれば、初手から文脈を知らなさすぎて読みづらい部分もさすがにあったかなと思います。

    でもそれでも間違いなく読む価値がある、読むときっとラクになると言える本でした。⁡

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    2026年08月15日
  • バッド・フェミニスト

    Posted by ブクログ

    ロクサーヌ・ゲイの名前を気にするようになったのは、数年前から。ときどきニューヨークタイムズでキラリと鋭いコラムを目にすると、それが彼女の筆になるものが多いことに気づき、いつの間にか楽しみにするようになった。
    そのゲイの本邦初?翻訳書は、ドラマや小説、映画を縦横無尽に論じたエッセイ集。TV番組ほとんどは知らない作品ばかりだけど、映画はそうそう!てうなずくところがたくさん。特に、『ヘルプ』に対して激しく怒ってる評、自分以外には読んだことなかったので溜飲が降りました!
    くだらないポップ・カルチャーへのこよなき愛と鋭いツッコミを楽しみながらも、ゲイは、この社会にあまりにもあたりまえにあふれている女性に対する暴力と黒人に対する暴力を忘れはしない。それは身体に刻まれてきたものだから。わたしたちの愛するポップ・カルチャーは、同時に、女性であったり黒人であったりセクシュアルマイノリティであったりするわたしを疎外し、傷つけもする。だからインターセクショナルなフェミニスト文化批評が必要なのだ。
    とはいえ、本書のタイトル「バッド・フェミニスト」にはどうも納得できなかった。だいたい、「私はバッド・フェミニストです」なんて、まるで「善い/正しいフェミニスト」なるものが実在するみたいではないですか。フェミニストに「男嫌いで、セックス嫌いで、怒りと被害者意識でいっぱいのイタい人たち」とレッテルが貼られるのは、わたしたちが自分をとりまく文化の暴力から目を背けないから。であれば、わざわざ「私はバッドなフェミニストです」と名乗って、自分を一般的なフェミニストのイメージから差別化する必要なんかあるだろうかと思うのだけど。
    とはいえ鋭い書き手なので、これからも要注目ですよ。

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    2017年07月01日