湯川久子のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
読み始めから、心に響く、常に読み返したくなる言葉が次々と。
「話す」ことは「離す」ことであり「放す」ことにつながる。
だから、人に話すと心が少し軽くなることがあるんですね。
司法試験に向けて勉強する筆者に
「勉強さえすれば通る。あとはテクニックだ」と言った弁護士のお父様に対し、
「文学好きの頭で通るはずがない」と内心反発していたというところは、去年行政書士の勉強をした私も思ったこと。
前向きな性格でたいがい過去に後悔はしない私でも、「ああしていれば」とか「こうだったら」と思うことはあります。
でも、
「過去にこだわっている限り、新たな道を選ぶことすらできない」
「最後に目的地へたどりつけるなら、どの道も間違っていない」
そう信じていきたいです。
「相手のよさは『ある』かどうかではなく『見る』かどうか」
これにはハッとしました。
もともと私の信条としていたことも。
「子は言うことは聞かないが、親の姿を見て学ぶ」
そして、
「本音を伝えることが、問題解決の第一歩」
でも、
「自分が言われたくないことは、相手にも言わない」
などなど。
人生後半に入った今(明日終わるかもしれませんが)、より幸せに生きるヒントをたくさん与えてもらえたと思います。
-
Posted by ブクログ
ネタバレ90歳を超える弁護士先生の著書。
90歳を超えてなおこの内容を書けることが単純にすごいというのが1点。
もう1点は、法律家である著者であるからこそ、「正論」を振りかざすことの悲しみや愚かさを知り、「赦す」ことや「あきらめる」ことで自分を癒し、前を向いて生きていくことの方がその人にとって大切なことなのだということを良く知っているのだと思う。
現代の日本社会は、SNSや掲示板の進化により、各個人の「正論」や「正義」を大義名分に、他者を叩くこと、攻撃することが当たり前になってきている。また、他者と自分とを比べ、他者が自分よりも「得」をしていると感じた場合にその攻撃はエスカレートしていく傾向がある。
そんな現代だからこそこのような本に目を通し、こういう視点からのモノの見方をあらためて思いなおす必要があると感じる一冊である。 -
Posted by ブクログ
十分、令和の今も通用する部分が多い。SNSの現代の距離の近さを感じるが、自衛を身につけるべきなんだろうなと思った。その線引きの仕方や、所謂アンガーマネジメントにも通ずる。ただし、この本が必要である状況の方以外は、身に覚えのない共感しづらいエピソード、あるいは良い意味での鈍感であるように感じた。時代もあり、相談内容によってはあまり今は聞かない、それ以上に当時は考えられないケースに対応できないような部分もあり、最も伝わって欲しい人は本書を読まないんだろうなあ、とも思った。日本初のセクハラ裁判に携わった方なので、筆者の現代における考え方を拝読したい……。
-
Posted by ブクログ
ネタバレ著者の湯川久子さんは、執筆当時91歳の女性弁護士さん。長年の実務経験に加え、趣味で能楽を50年以上続けてきたそうです。熱心な父親の力ず良い支えもあって、当時女性がほぼいない、法学部、そして弁護士試験に挑まれ、くじけそうになりながらも、2回目で見事合格され、弁護士の道を踏み出されたそうです。
タイトルを見ると、一見、ビジネス書でありそうな、他人と距離を置いて自分を高める、みたいなことかと思ってしまいますが、
そうじゃなかった。誰かを打ち負かして自分が上に立つのではなく、優しくなることを目指す。
自分の心は今どこにあるか、謙虚に見つめる視点を忘れない。
…
和解を助ける弁護士
そもそも、私が持っていた弁護士や裁判のイメージは、罪を裁いて正義を追求する、相手を打ち負かす、といったようなもっと固いものでした。
でも実際には、法律は完璧な正義ではないから、弁護士さんがいるのだ、ということを知りました。
__法律は、人間関係の問題を解決するためのルールです。もちろん、法律ですくわれる人もいますが、時として、法律が現実に起きていることにそぐわないこともあります。その隙間を埋め合わせるのが私たち弁護士の仕事だと思っています
本書では、和解に重点を置いている著者のアプローチが伝わってきました。
著者のクライエントとに向き合い方は、法律を通して対処することも、日常の人間関係と切り離されずにその延長としてあると感じられるものでした。
和解の糸口を見つけることができること、そのための自分自身の心の持ち方。
正しいことは控えめに言う、噂話ではなく、自分が何を感じているか、自分の心の居場所に意識を向ける、というようなお話もありました。
「もつれた糸をほぐす」と表現されていますが、弁護士として現実問題に向き合い続けてこられた年月を想像すると、さらにその言葉の重みが増しますね。
…
「話す」ことは「離す」こと
著者は、「話す」ことで、問題とほどよい距離が生まれる、といいます。
「離見の見」という『花鏡』で述べられた言葉が紹介されていました。
演じ手が自らの身体を離れて客観的な視点を持ち、あらゆる方向から自信の演技を見る意識。
心のなかにため込んだ苦悩や怒りを言葉にして誰かに話すことは、心の治療のような効果がある、と。
弁護士もセラピストみたいですね。でもきっとこれは私たちの多くも日常にしていることなのだろうと思ったり。
近視眼になっていないか、自分中心になっていないか…距離を意識する対象は、実は他人ではなく自分なのですね。
心を温かくする
人には心があること、まずは自分の心を温かく持つことの大切さ、が綴られています。
紹介されていたストーリーのひとつが、『くつやのマルチン』。
__結局、神は現れませんでしたが、自分が世界で一番哀れだと思っていたマルチンは、もっとかわいそうな人がいることに気づきます。そして、自分のような者でも、人にやさしくしてあげられることがわかり、なんだか心のなかがとても温かくなっていくのでした。
すべての人、すべてのものには神が宿る、それらを大切に扱うことは、自分を大切に扱うことに等しい、
愛のあるところに神もある、と。
きっとここで述べられている「神」は、自分を超えられる存在、のようなものなのではと思いました。
…
自分の残す姿
人は老いるし、死ぬけれど、それでも、生きてきた重みがあるかと考えると、それは、大切な人に思い出されることと関係があることが述べられています。
覚えられている人というのは多くの人から覚えられている、
覚えられているのは、晩年の姿ではなく、はつらつとした魅力ある人物として。
また、相続に関する数々の問題にもかかわってきた著者は、残すもの、についてもこう伝えています。
__まずは、自分が楽しく、笑顔で過ごせる老後を送ること。そのために、お金を使うこと。余力があるなら、自分が生きてきた世界、そして自分の子どもたち、孫たちが生きていくこの世界のためにお金を使うこと。その姿を見せることが、子孫への大きな財産の継承となるのではないでしょうか。
突然降ってきたお金は人を不幸にもすると。
現実社会、お金を貯えることに価値を置きがちではありますが、本当に幸せを願うなら大事にすべきものはお金の量ではなくて、姿…?!
まことの姿
たしかに、覚えられる姿って、その人の生きてきた重みがあって強く浮かび上がるもの、まことの姿、まことの花のことなのだろうと思います。
「時分の花」ではなくて、「真実の花」。かりそめの自分の姿におごらずに、初心、つまり未熟な自分への自覚を忘れずにいることの大事さは、本書の初めのほうでも強調されています。
そして、誰かの姿をもって、私たちはこれからの希望を感じられることもあるし、まさに、希望や活力みたいなものを、周りにも後世にも生み出すことが生きる中でできることなのかもと思ったりしました。
自分の姿が、大切な誰かのなかに残るか。どんな姿を人生を通して生み出したいのか。実際生み出している姿との差がないか。少し自分から一歩離れた視点で考えてみたいと思いました。 -
購入済み
温もりを感じた…
タイトルが興味をひき、購入してみた。読みはじめると筆者が弁護士であることがわかった。温もりを感じるような文章に引き込まれ、すぐに読み終わってしまった。筆者の生きてきた人生、考え方に共感しこれからの自身を生き方の道しるべとしてゆきたい。
-
Posted by ブクログ
【マイベストワード】
★「話す」ことは「離す」こと
★ 問題の中に自分がいるのではなく、
夢や希望、自由があるという
自分の世界の中の一点に、
ひとつ問題が起きているだけ。
【気になるワードメモ】
●「初心」というのは
×始めたころの気持ちや志
○はじめて事にあたる未経験な状態
「未熟さ」そのもの
●初心に帰る
=未熟な自分に戻ること
自分の未熟さを忘れることなく精進しなさい
●「今どう動くのか」にしか答えはない
●問題の中に自分がいるのではなく、夢や希望、自由があるという自分の世界の中の一点に、ひとつ問題が起きているだけ。
●自分が誠意と信頼をもって相手に接する時、相手の心にも誠意と信頼が生まれます。
●相手を打ち負かそうとするのでなく、心をほどいて、自分(と相手)が幸せになるような選択をしてほしい。
☆「話す」ことは「離す」こと。
●「離見の見」 世阿弥の能楽論書「花鏡」で述べられた言葉
演じ手が自ら身体を離れて客観的な視点をもち、あらゆる方向から自身の演技を見る意識。
●詩人 吉野弘氏 「祝婚歌」
「正しいことをいうときは
少しひかえめにするほうがいい
正しいことをいうときは
相手を傷つけやすいものだと気づいているほうがいい」
●人間関係のもつれにおいて「正しさの追求」は、解決を生みません。
正しさを追求していると、解決から離れていくことがある。
「正しさ」こそ、人を傷つけやすいから。
●売り言葉に買い言葉。「言刃」は、からまった二本の糸をぶったぎってしまう「刃」です。
きられた糸は、むずび直さない限り、もとには戻りません。
●「剣をとるものはみな、剣で滅びる」
マタイによる福音書 イエスキリスト
●「くつやのマルチン」の原題は「愛のあるところに、神もある」
私たちが愛のある行動をとるとき、そこに神がおられるのだ。
●私は母に「感謝」とい糸で結びなおすことができた。