定期的にイスラムの本を読んでいるのだけど、ビギナーとしては、非常に分かりやすい!読みやすい!
現代イスラームの「過激派」と「穏健派」の争点はどこにあるのか?
なぜ、同じスンナ派同士で争うのか?
「穏健派」のムスリムは、なぜ「過激派」を「破門」にしないのか?
と言った疑問から迫る。
以前読んだ『教養としての宗教入門』では、イスラム教についての儀礼や戒律面をピックアップしていたのに対し、この本では確かに法はあるのだけど、それを破ることが即ち信仰を捨てたことではないと述べる。
後に、ISはムスリムか?という点に結び付いていくのだけれど、『教養としての〜』にあった「意識的に戒律へコミットしていく」という言葉や、イジュティハード(シャリーア法の規定について正しい結論を得られるために最大限の能力を尽くすこと)の項目から、イスラムは今の世界に対して、どのように形を整えて(コミットして)ゆくべきか、模索の時にあるのだと感じた。
「時代と流れとともに知識が蓄積されて、知識量が増えていく俗世の学問分野とは異なり、イスラーム学の場合は、完全な知識を有する預言者が最初に存在し、世代交代のたびに、世界はその知識の源泉から時間的に遠ざかっていきます。」
この観点は、ある意味ではとても面白い。
但し、その中で固められた見解が、ただ権威だけで動かせず、それが時勢の流れの中で運用しにくくなってしまった点で、ウラマーやイジュティハードをどう位置づけていくか。
技術革新があり、世界を舞台にした戦争が展開され、国家間の持ち得る資源的アンバランスさの中に巻き込まれたイスラム。
その強固な「信」のコミュニティが出した一つの見解がISであるのであって、それが全てではなく、それを全て是としている訳でもない。
ただ、筆者が、世論に迎合するような安易なIS批判に対して、誤解のないよう丁寧に言葉を連ねる意味は、分かるように思えた。