バリー・シュワルツのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
この前の日曜日7月22日に第196回通常国会が終了し、働き方改革関連法案が成立しました。残業時間の制限と高度プロフェッショナルの導入、その施策で働き方って改革出来るのか?なんか釈然としないものを感じていましたが、本書はそのモヤモヤに沁み込んできます。そもそも、その議論がアダム・スミスの「国富論」以来の時間と生産性で測る労働だから、なのかも。そこには「義務(ジョブ)」あるいは「実績(キャリア)」としての仕事はあっても「使命(コーリング)」としての仕事はないから。アダム・スミスが生み出した「イデオロギー」がいかに我々のフレームになっているか、を指摘します。(イデオロギーという言葉の由来まで遡り新鮮でした。18世紀のフランスで「アイデア(観念)の科学」を意味する語として考案されたとのこと。自らのアイデアを否定しかねない経験的証拠が目の前にある時さえ、それを無視してアイデアに溺れる人々がイデオローグ)そもそもアダム・スミスでさえ「国富論」の前に「道徳感情論」で人間の共感を挙げていたことは本書でも取り上げています。( トーマス・セドラチェクの「善と悪の経済学」でもテーマアップされていました…)そのイデオロギーの生まれる源泉として、「モノのテクノロジー」と「アイデアのテクノロジー」は違うとか、「発見」と「発明」とか、目鱗な記述がいっぱい。薄い小冊子ですが濃厚な中身でした。そうそう、インセンティブがモチベーションを殺す論にも初めて出会い、びっくりです!
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Posted by ブクログ
「なぜ働くのか」何らかの仕事に携わっている人なら、この問いを自分自身に向けたことがあるのではないでしょうか?私たちは、報酬の他に、働く理由を求めているのです。
・ジャック・ラカンの対象aを紐解くための本を探すために寄った、ららぽーと柏の葉KaboSで、私の手に収まりレジへと急がせたのは、表紙に『なぜ働くのか』というタイトルが印刷された本でした…そうです、私は決して「働きたくない…」と思っているわけではないのですが、私の無意識は、「働く意味」について、より強靭な価値観を求めていたのです。
・結論から言うと、そんな抽象的な問いに対する答えは、そう簡単に見つかりませんでした。しかし、少なくとも、私が期待している「働く意味」の方向は、そんなに間違っていないという確信を得ることができました。そして、それは、社会にしみ込んだアダム・スミスに端を発するイデオロギーとは逆向きの方向に向かっていることも分かりました。
・この本は、私たちの働く環境が悪くなった原因は、誤ったアイデア・テクノロジー「イデオロギー」のせいだと書いています。相手がイデオロギーだとすると、まるで冤罪を塗られた犯罪者のように回り中を敵に回すような感じでとても手ごわいわけですが…
・比較的自由裁量が認められている職場で働いている私ですが、この本は、効率を目指して、従業員をインセンティブで拘束するよりも、良い仕事ができるような職場づくりが、結果的に従業員を育て、良い組織に繋がる、という考え方に基づいて、エピソードを集め、示しています。 -
Posted by ブクログ
働くことの意味を考えようシリーズ。
サクッと2時間くらいで読める。
宇宙の理論や遺伝子の理論と違って、人間の行動についての理論はその理論自体に実際の行動が影響を受けてそれが結果的に正しくなる部分も大きいって所が面白かった。
少なくとも自分の生活の範囲ではうまく資本主義と折り合いはつけつつも(それ自体がすぐに変わるとは期待できないので)、幸福度にシフトしていけたらいいななんて思ったり。
全体的な論としてはアダムスミス的な労働観を否定している
徹底した管理主義はライン業務の場合
ボーナスも否定している。つまりインセンがつくと目的を見間違える結果限られた範囲での点稼ぎゲームになってしまうと。
金銭的なインセンを追加するとやる気の締め出しが起きる(全体のモチベーションが低下する)
人間とは、働くとはこう言うものだ、って理論に支配されているのではないか?人間に関する理論はそれによって人間の行動が規定される結果、正しいものとされてしまう懸念がある
組織を貫く理念がそこで働く人の価値観も形成する
生産性を測る単位をお金ではなく幸福度にしたら仕事の制度設計も変わるはず