会計操作というのは、GAAP(一般に公正妥当と認められた会計の基準)の範囲内で行われる攻撃的な利益調整。つまり、GAAPを逸脱した”不正”な会計処理で利益を調整する粉飾決算ではなく、あくまで”正しい”会計処理で財務諸表の利益を経営者の意図通りに調整すること。その会計操作は、経営者の裁量が可能な会計処
...続きを読む理を利用して行われます。
本書は、そうした会計操作を公表された財務情報から統計的手法で抽出して、会計操作の実態を浮き彫りにした実証研究です。純粋な学術論文なのでかなり読みにくいのですが、その手法はとても厳密かつ大規模なもので、そうして導出された研究結果はかなり興味深いです。これだけの密度の濃い研究は日本では他にないかもしれません。
とくに最後の方で論じられる会計操作と株式市場についての調査がとてもおもしろい。会計操作が行われた企業と行われていない企業とで、決算発表後の株価の推移にはとくに有意な差は見られなかったということで、市場は会計操作を見抜いて株価に織り込んでしまうようです。つまり、会計操作をしたところで、株価の向上には寄与しないということが実証的に示されたということ。
しかし、その一方で、会計操作の過程では機関投資家がその会社への投資から撤退し、個人株主の割合が増大するという傾向がある。企業価値の毀損は、最終的に個人株主が負担する結果になるわけです。十分な情報をもった参加者が利益をすいとるという情報の格差が明確に存在することを、こういう形で明示されるととても興味深いものがあります。
こうした実証研究は、市場制度や会計基準のあり方を考えていく上でもとても重要な材料になるように思います。本書では会計操作の直接的な状況だけを研究するにとどまっていますが、こうした知識の蓄積がもっと進めば、市場制度や会計制度との関係といったところまで踏み込むことも可能かもしれません。そうなれば、現在の会計制度が会計操作をどれだけ抑止できているか、どれだけ効果的に市場参加者へ情報を提供できているか、現行制度の有効性を定量的に測定し、制度設計に活かせる可能性もあります。会計制度、市場制度の実証研究というのはかなり地味ですが、実はかなりおもしろい分野なのかもしれません。