第55回群像新人文学賞受賞作品。
比喩表現のオンパレードで、特に最初は目がすべって読み進めるのに苦労した。非常に女性的な比喩を多用する、女性的な作品。
人魚の詳細な描写に関しては感服した。リアルなんだけれども、美しいイメージで包まれている描写だった。
人と魚の境目が曖昧で、その曖昧さがいい、と。これはこの作品を貫くテーマであるようだ。恋人? 友達? おにいちゃん? どうして関係をはっきりさせたがるのか、と。ただ好き、ただ大事、そんな関係もあってもいいじゃない。
主人公のこの主張はなんとなくわかるような気もする。決められた「言葉」にはめこんだ瞬間、その関係の重要な部分を取りこぼしてしまう気がする、そんな感覚なのだろう。鋳型からはみ出る部分が重要なのに。
終盤はマジックリアリズム的で私の好きな展開だった。薫が泉から顔を出した時の瀬戸君の反応、村井君の反応、山越君の反応、全部好きだ。夢の中にいるみたいな場面。
薫が人魚姫になるシーンは、その美しさが目に浮かんでどきどきした。
ラスト、自分の投げ込んだ王冠が生み出した汚い水に放り込まれたという終わりも想像力をかきたてられる。彼女が鬱屈したものを切り離すように捨てていった部分、そこに囲まれて生きるのを余儀なくされた薫は何を思うのだろう。
物足りないな、と思うのは薫がなぜ魚になりたがったのかの背景が描かれていないこと。別に明確な理由は求めていないけれど、想像のとっかかりになるようなエピソードくらいあってもよかったかなあ、と。あと、美咲についてもうちょっと掘り下げてほしかった。
こうしてこの作品の感想を書いていると、けっこういい小説だったのかなと思うのだけれど、とにかく文章が、比喩表現が、私には合わない。そのせいで純粋に面白いと思えず☆3の評価。