中山秀紀のレビュー一覧
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■精神依存における「正の強化」と「負の強化」
依存症の根幹となる症状は「精神依存」と呼ばれるもので、これには「正の強化」と「負の強化」の二つの側面があり、ギャンブルやゲームなどの行為の依存症でも同様のことが起こる。
・「正の強化」とは、すなわち「快楽を得られるから依存物を使用する」こと。依存症の人が依存物を使用するのは「快楽」を得るためという前提条件があるが、「正の強化」だけでは依存症を説明しつくしたことにはならない。依存症ではない普通にゲームが好きな子供も「快楽」を求めてゲームをするし、依存症ではない普通に「酒好き」な人も「快楽」を求めて酒を飲む。つまり、多くの日常的な局面において「快楽」がなくなるのを我慢することは、それほど難しいことではない。
・「負の強化」とは、「不快を解消するために依存物を使用する」こと。依存症になると依存物を止めると「不快」になる。この「不快」は「イライラする」「むしゃくしゃする」「物足りない感じがする」「空虚な感じがする」「うつ」「不安」など様々な形で現れる。
人は「不快」になるとその状態を解消しようとする。その手段はいろいろあるが一般的に依存物ではないものは「快楽」を得られても途中で飽きてしまったり、「快楽」を得るのが容易でないなどの特徴がある。
人は「不快」になると何とか早くそれを解消しようとして、思考・視野が狭くなることがよくある。一般的に人は「快楽」がなくなることを我慢するのはさほど困難ではないが、「不快」を長期間我慢することは難しい。私たちの脳は、快楽の消失は諦められても、不快を我慢し続けることは困難なのだ。
■依存症になってしまうと、快楽をもたらすはずの依存物を使えば使うほど、依存物を使っていないときの不快度は増してゆく。
■代表的な覚せい剤であるアンフェタミンは1887年にルーマニアの化学者エデレアーヌ博士によって、メタンフェタミンは1888年に日本の薬理学者である長井長義博士によって最初に合成された。
第二次世界大戦でパイロットや運転手の眠気防止などのために覚せい剤が使用された。戦後、軍や製薬会社の覚せい剤の在庫が市中に大量放出され、多くの人に知られるところとなった。この時期は覚せい剤の第一次乱用期(1945~1957年)とされ、国内でも20万人の中毒者を出したと言われている。 -
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依存症治療に力を入れている久里浜医療センターの精神科医長-中山秀紀さんの著書。
タイトルは「スマホ依存から脳を守る」ですが、スマホに限らず依存症を解決するための示唆に富んだ見識深い内容でした。臨床的に個別を見つめることを超えて、幅広い知識から依存症に対する社会課題を指摘しています。
第1章・第2章については、依存のメカニズムが書かれています。これはスマホに限らず、アルコールなどの依存物全体に当てはまる知識です。
「快楽をもたらすはずの依存物を使えば使うほど、依存物を使っていないときの不快度が増していく(p.57)」つまり快を得ている(正の強化)一方で、実は不快になっている(負の強化)ことが、依存症の核心でした。
第3章では、覚せい剤や麻薬、アルコールといった依存物と人類がどう付き合ってきたか、闘ってきたかが書かれています。第二次世界大戦で何時間も飛行するパイロットなどの眠気防止のために、日本軍や各国で覚せい剤が使用された記録が残っているとのことで、知らなかったです。
1951年には覚せい剤取締法が制定されますが、p.92~の製造・流通面、法を犯してでも依存物を使いたいという依存性、罰則を受けることによるさらなる生活困窮など、依存物を抑止することの難しさの論述から対策の難しさを感じました。
2016年現在、アルコールが原因でなくなっている人は、世界中で300万人と推計されており、人類は長い歴史の中でも依存症を克服できずにいます。
第4章では、よりスマホ依存に特化した内容でした。P.146~依存による生活全体への悪影響が分かりやすく述べられています。また、発達障害を持つ人がスマホ(著書ではインターネットと表記)依存が高い理由も述べられています。
第5章では、依存症に対する社会の責任について考察が述べられています。例えば、eスポーツやプロゲーマーという存在が、ゲームに依存する子どもたちが周囲の批判や自己の自責感をかわす危険な盾になり、依存症の悪化・長期化をまねく可能性についての考察が述べられています。
特に思春期は人とのつながりを意識する時期であり、ゲームのおかげで友人関係ができていることから、孤立することを恐れてゲームをやめられないという側面も指摘されています。
また、たばこや酒については、国や地方公共団体がそれを財源としています。公営ギャンブルも開催されるなど、国や自治体や様々な人が関わり、人を依存物に引き寄せる構造を作り上げている事実を指摘しています。だからこそ、「依存症は自己責任だ」という捉え方をなくす必要性を述べています。
依存症は、個人ごとに依存性に差異があり、原因が見えにくく、さらに社会構造が依存を招いています。未病の段階からの予防を、社会全体で進めていく必要があることを学びました。 -
Posted by ブクログ
何かに依存すると怖い目にあう。タバコ、酒、ギャンブル、白い粉などが代表だが、今の時代、スマホ依存、ゲーム依存といった新たな手強い依存になるものがある。
一度、快感という泥沼にはまってしまうとなかなか抜け出せなくなる。生活のリズムが乱れる、食生活、学校生活、勤務態度も乱れていく。そして、親、学校の先生、会社の上司に注意されると「うっせえ、うっせえ、うっせえ
わ」と言い、「あなたが思っているより健康です」と開き直る。
さらにひどくなると学校や会社に行くのがいやになり、自分の部屋に引きこもるようになり、人と関わることがなくなり、最悪の場合、引きこもってこの道数十年の自宅警備員になる可能性が出てくる。
依存物とされるものには一定の条件があるとしていくつか挙げている。第1の条件は、その物質や活動により快楽を得られること。そして第2の条件は、飽きがこない、飽きにくい、続けられる。
スマホ依存を助長させると危惧しているのは、プロゲーマーという言葉だ。著者も危ないワードと指摘している。ゲームは他のスポーツと違って、指導する体制や管理する体制もなく、「自己責任」という名の「放置」だとも指摘している。
プロになれる人はほんの一握りなのはどの世界も同じだ。プロゲーマーを目指していることが「周囲の批判や自己の罪悪感をかわす強固で危険な盾になり、さらに依存症の悪化・長期化をまねく可能性がある」と述べている。
まあ、プロゲーマーでなくても、ひきこもりで医学部受験を15年以上続けている人がいるからなあ。これはプレジデントオンラインで読んだ記事だ。言い訳にする理由として最強ツールになるのかな。「15年目のひきこもりくらい多めに見てよ」なんて、本人限定だが。
持続可能な目標(SDGs)がメディアで話題になっているが、悪い意味でのSDGsになってしまう。
依存するとどうなるか理解させた上で、スマホを持たせないと新たなスマホ依存者を増やすことになるので学校や家庭で教えたり、話し合う機会を持った方がいいなあ。 -
Posted by ブクログ
スマホというものが子供にはとてつもなく魅力的な依存物であり、そこからの脱却がいかに辛いかを教えてくれる良書。
タバコと同じで、一旦依存をはじめると、使わないことによる不快感が半端ではないという見解には、自分のことを振り返ってみても大いに納得できるものがある。
小さい子を持つ親としては、いかにして子供をスマホから遠ざけるかが大切。
そのためには、自身がスマホに飲み込まれないこと、そしてスマホに代わる厳然な楽しみを、労を厭うことなく提供していくことが大切だと感じた。
最後に、著者はスマホ依存せざるを得ない社会にも疑問を呈しているように思えた。
この点、自身も同感。
法による規制も踏まえ、スマホ依存症が生まれないための社会作りを進めて欲しい。 -
Posted by ブクログ
ネタバレスマホ依存症の患者への治療を行う久里浜医療センターに勤める医師がスマホ依存の問題点や予防・回復の方法についてまとめた本。
依存症の元となる依存物とは、「快楽が容易に味わえ飽きにくく続けられてしまうもの」とされる。
しかし法令での規制が厳格に行われているアルコール・タバコなど従来の依存物と違い、スマホは精神面で未熟な小中学生から使用が容易で、依存物へ触れる時間が長くなるほど依存しやすい傾向が問題となる。
香川県にてゲームの時間を制限する条例が制定され、実効性のなさから批判が多く寄せられた。スマホゲームは大半の人間にとって楽しいもので人生を豊かにするツールであることは違いないが、スマホは常時持ち歩ける点でかつてのゲーム機とはまた違った性質を持っていて、幼少期から接する時間が増える分、未成年の依存傾向が出やすいのもまた事実。家庭内だけでなく、社会においても依存症を防ぐアプローチが必要になると思わされた。
本書ではeスポーツなどスマホゲームの競技化についても触れている。スポーツに力を入れる一部の高校の部活においても学業を蔑ろにされる点が批判されることがあるが、eスポーツ業界においては学業や社会生活とのバランス管理が全く行われていないため、業界全体の課題となる。
本書は主に未成年の依存症の予防について重点的に取り扱っているが、一度依存になってしまうと回復は難しいということの裏返しでもある。依存からの回復・軽減のアプローチはまだまだ今後の研究課題となっているようだ。 -
Posted by ブクログ
“スマホ依存”に限らず、依存症全般に対していえることが書かれている。
依存してしまうのは、
快楽を得ようとする「正の強化」だけではなく、
不快から逃れようとする「負の強化」こそが最もやっかいな要因である。
私たちが遊園地に依存しないのは、何度も行けば飽きるから。手間がかかるから。お金がかかるから。
依存しやすいものはその逆で、飽きないこと。手軽であること。高額ではないこと。
オンラインゲームとオフラインゲームの違い。
オンラインゲームは圧倒的に情報量が多く、定期的にアップデートもあることから、いつまでも飽きない。
また、そのようなゲームを、“手軽さ”という要素を備えた「スマホ」で行えるため、一層依存しやすい。
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本書は、未成年がメインターゲットとなっており、子どもや親向けの本である。
また、“脳を守る”とタイトルにあるけれど、科学的に、脳の話題に触れているわけではない。
依存症の“大人”に向けた、具体的な解消法についても、ほとんどみられなかった。
そのあたり、やや期待外れではあった。
依存の解消方法について、一つ参考になったのは、「自助グループ」。
確かに、私がタバコを辞めたときも、「仲間といっしょにやめよう」というのが、大きなきっかけとなった。
他、治療キャンプや、ノー残業デーならぬ、「ノーメディアデー」を設けてはどうかなど、参考になる箇所はあった。
『親がスマホをいじっている姿をみて子供はどう思うか』
言うまでもなく、子供はその姿をみて、やがて同じようにスマホを触るようになるだろう。
「子供にスマホ依存になってほしくない」と思うなら、親がその姿をみせていては難しいだろう。 -
Posted by ブクログ
依存症とは、「楽しく」かつ「継続的」に摂取できるものを指す。スポーツ好きという人間も楽しくてやるのだろうが、朝から晩までずっと行うとさすがに疲れてしまう。一方で大麻やアルコールは摂取すると快楽を得られ、なおかつずっと続けることができる。スマホもそうだと筆者は指摘する。スマホでネットサーフィンしたりゲームに興じたりするのも、一つ間違えば依存症になりかねない。最近はe-スポーツが人気だが、私個人的には違和感があった。ゲームはスポーツなのか、と。本書を読んでその違和感がはっきりした。ゲームは依存症になりうる危険性があるのだと。その一点がある限り、e-ゲームを健全なものとして青少年に積極的にPRすべきではないと思った。
本書では主に子供のスマホ利用における依存リスク、危険性を実例交えて解説している。気になる解決策や予防について、いくらか説明があるものの、スマホ依存症への取り組みはまだ始まったばかりでまだ「これだ!」という策は無いように感じた。