芝木好子のレビュー一覧

  • 隅田川暮色

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    日本文学大賞

    数々の文学賞を受賞している芝木好子の作品を読むのは初めて。

    有吉佐和子同様、今では使われない言葉や漢字がいろいろ出てくる。たまには、スマホで調べるが、すぐにネットサーフィンを始めてしまうので、あまり調べない。

    芝木好子が育った隅田川周辺を舞台に話は繰り広げられる。
    主人公の冴子は、川沿いの呉服問屋生まれなのだが、幼少の頃は酷い喘息に苦しめられるが、それをいたわってくれたのが、下職の紺屋(染物屋)の息子の俊男だった(戦前ゆえ、身分違い)。

    今、冴子は内縁の夫の実家が営む組紐屋(今でも、モデルの店は御徒町あたりにあるそう)を手伝うが、組紐とは、着物の帯締めだけでなく、大昔の巻物の紐など多岐にわたり、採算度外視で、それらを復元する様子も描かれる。
    難解な古代の紐の編み方を皆で解き明かす様も面白い。

    冴子の父は、東京大空襲で隅田川あたりで亡くなったと思われるのだが、それが戦後かなり経っても、冴子は受け入れられず、いつも父親の声が聞こえたりするのだった。

    また、冴子や、俊男など数人の男性の愛憎も入り乱れ、皆の、臆病だったり、大胆だったりする様に、読んでいるこちらはもやもやしてしまうのだった。



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    2026年05月30日
  • 洲崎パラダイス

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    今はもう全く遊郭の名残はない界隈だから、どんな街だったのだろうと想像しながら読んだ。

    愚かで可愛い女や強くしたたかな女。
    黒い激情をうちに秘めた女、狂気の中に生きる女…。
    どこか諦めて、哀しさ、絶望しながら生きているのに、女であることを悔やんだり怨んだりしていない。

    とにかく最後の「須崎の女」は救いがなくて辛かった。
    もう少しで誰かとどうにかなれそうだったけど、もうすべてが遅かった。
    じわじわと水が迫ってきて、いられる場所がどんどん狭まってゆくような生き方をしていた女は、水に飲まれて息絶える。
    しかし死をもってしか彼女を救えなかったのではないか、と思うほど救いのない女の人生を描いているのに、どこか明るさがある不思議な描写力で、陰惨になりすぎずさらっと読めてしまう。
    でも瞼の裏に、彼女の最期がイメージできてしまうんだ。

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    2025年02月06日
  • 隅田川暮色

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    呉服問屋生まれの冴子は、幼き頃は小児喘息で身体が弱かった。大人になり妻子ある夫と内縁関係という不安定な立場ながらも、夫の生家の商う「香月」で組紐を作っている。

    序盤は、冴子が幼馴染の俊男に再会するところから始まっている。
    今の生活や組紐を作ることに魅せられている様子を描いているのがあまりにも緩やかなので、少し物足りなさを感じていたのだが、3分の2を過ぎた頃から冴子の心の内が熱を帯びたかのような烈しさになってゆくので、こちらまで熱くなる。

    葛藤と大胆さが交互になり、それに加えて幼馴染の俊男の読みにくかった感情までも見えてくる。


    俊男の染める糸には艶と色気があると言ったのは、夫の父真造であるが、甥の響一も、もちろん夫の悠も夫の祖母加津も何かを感じていたのかもしれない。


    紐への情熱と男に対しての情愛の凄さを感じ、生きるってのは罪深く命がけなのだと思わずにはいられなかった。




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    2024年11月03日
  • 洲崎パラダイス

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    戦後の混沌とした時代に、今の江東区にあった所謂赤線地帯「洲崎パラダイス」を舞台に、人生に希望を見出せない男女の鬱屈した日常を描いた短編集。
    特に橋を渡ったらおしまいと言われる、その橋の向こうに希望を見出している若い女の子の話がなんとも言えず切ない。

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    2023年09月14日
  • 湯葉・青磁砧

    ネタバレ 購入済み

    描写に唸る。

    湯葉、洲崎パラダイス、青磁砧を収録。中でも青磁砧が一番好きだった。群青の湖もそうだったが、芸術が生まれる場所の描写がとてもいい。本作では高能の釜焚きのシーンはが出色の出来で、思わず乗り出してしまうほどの臨場感があった。やきものに取り憑かれた父・隆吉の背を見て育った娘・須恵子は、やがて自身も父のあとを追っていく。そんな娘が嬉しいような心配なような隆吉。天才・高能が生み出す青磁の魅力に夢中になっていく須恵子。彼女が引き寄せられているのは青磁なのか、それとも高能自身なのか。妻子のある高能に近づきすぎている娘を心配する気持ちと、何にも邪魔されず陶芸だけに打ち込んでもらいたいと高能を気遣う気持ち。須恵子に想いを寄せる大学の美術史助手・小堀に近づけようとしたり、そのくせ2人が親しげにしていると面白くない気持ちになったり。自分の所有であると疑わなかった娘をやがて手放さなければならない現実を隆吉はなかなか受け入れられない。また須恵子も、父の元を飛び出したいと思いながら、父の眼鏡に叶う相手と一緒になりたいと思ったりする、そんな父娘の心中が繊細に綴られ、読ませる。ラストの裏寂しさも印象的である。

    #切ない

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    2023年02月23日
  • 群青の湖

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    ネタバレ

    研究室で働いていた主人公が琵琶湖のほとりの旧家に嫁ぎ、夫に裏切られ…と紹介分にあったので
    ハードな内容を想像していたけど、琵琶湖周辺の自然描写、琵琶湖に感化されていく主人公
    昔話を読んでいるような感覚になった。ひたすら美しいお話です。

    夫の裏切りから自殺未遂、ただしその後主人公が意外ととんとん拍子に
    成功していくのでおとぎ話のようでもあります。普通もっと苦労するだろうと思わないでも
    ないけど、この小説なら、そんな展開も「あり」かな。

    琵琶湖のほとりの家で琵琶湖が舞台の本を読む、なかなか贅沢な時間を過ごしました。

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    2015年02月21日
  • 洲崎パラダイス

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    闇の瀬戸際のせめぎ合いをリアルな描写で綴り、退廃的な空気のなかでもがきあえぐ男と女の生き様を読む者に見せつけてくる。

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    2024年06月06日
  • 洲崎パラダイス

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    昭和30年頃の向島・鳩の街の赤線街を描いた、男性作家の吉行淳之介による『原色の街・驟雨』と読み比べたく、同時期の木場・洲崎の歓楽街を描いた、女性作家の芝木好子による本作を手に取った。私娼が働く洲崎特飲街へと続く橋の袂、「あちら側」と「こちら側」の、ちょうど境界に位置する飲み屋「千草」を起点に、女達の悲哀を描いた短編集。

    女は「正式の結婚」で「身すぎが出来た」とされ、生涯未婚率は男女ともに1%台、職業婦人であったとしても就業期間は結婚までとされた時代。しかしながら、亭主が女を作り子供二人を残して逃げた千草の女将(「洲崎パラダイス」)や、「癈人同様に老いこん」だ夫の世話でボロボロの女中(「洲崎界隈」)、失業した旦那に金を無心される娼婦(「歓楽の町」)の存在が示す通り、婚姻にはリスクが伴い、必ずしも安寧を意味しない。そんな中「化粧や美しい着物で飾り、華やかな嬌声の生活」を送りながら「独り者の自由」「家庭に縛られない人間」になれるとされる、自活の手段として娼婦が選ばれるのも頷ける。しかし、そんな娼婦に密かに憧れる少女にですら「さっきの人も娼婦ですか、おお厭だ」と言わしめる(「蝶になるまで」)、スティグマが付与された侮蔑の対象でもある。そして年齢が上がるつれ収入は減り(「洲崎の女」)、客による殺人などの暴力に晒される危険も(本作の「歓楽の町」だけでなく、吉行淳之介の「原色の街」でも描写され、2023年5月に吉原で従業員が刺殺された事件があったことからも)少なくはない。そういったメリット・デメリット、リスクを勘案した結果、娼婦の道は選ばず、夫の不貞を飲み込む決意をする女もいる(「歓楽の町」)。

    妻と娼婦という存在が、互いに焦がれ、時には行きつ戻りつする様を、登場人物の視点の自然な遷移や、双方の世界の狭間に位置する「千草」という舞台装置で照らす構造がとても良かった。それと同時に、主にこの二つの道しか残されていない、女達のあまりの選択肢の少なさがなんとも嘆かわしく、悔しかった。生計ではなく愛を取った蔦枝(「洲崎パラダイス」)と、妻と娼婦、両方の特権を遺憾無く行使し、逞しく生きる菊代(「洲崎界隈」)の、二者択一を超越した存在に慰められた。

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    2024年06月01日
  • 春の散歩

    購入済み

    小説のシーンを反芻しながら読む

    いくつかこの著者の小説を読んだ後、こちらを読んだ。あの小説の主人公は著者のこんな体験に基づいて作られたものだったのか、と様々なシーンを思い返すのが楽しかった。この順番で読んでよかったと思う。

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    2023年03月21日
  • 湯葉・隅田川・丸の内八号館

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    著者の祖母、父、そして自身をモデルにした連作ですが、それぞれ全く趣の違う物語です。「湯葉」は明治の商家の妻の生き様を、「隅田川」は大正から昭和初期の浅草の伊達男を描いています(この父親が自分で図案も描く高級呉服商ということで、本筋には関わりありませんが、着物好きとしては楽しかったです)。「丸の内8号館」は続編に「華燭」と「今生」という二作があり、合わせて読むと、昭和初期から戦時中のいわゆる青春がどんなものだったかが窺えます。

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    2021年08月06日
  • 湯葉・隅田川・丸の内八号館

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    父権的なるものを失ったとき、ひとりの女としてどう生きるか? 母娘3代の生き様のちがいを描くことで、この3部作はあざやかに明治から大正、そして昭和という時代を映し出す。

    3作通じてif(「もし…」)の用法を使うことで、「男」の死、あるいは消失によって「女」の生を描くという手法がおもしろいが、同時にそれぞれの時代を象徴するものとして、独自の工夫で一目置かれる湯葉屋、芸術的な染織にこだわりをもつ呉服商、そして当時「一丁倫敦」などともてはやされた丸の内ではたらく「タイピスト」といった仕事がえらばれているのが興味深い。

    海野弘にならって1910年代、20年代、30年代という区分で読んでゆくと、またひと味ちがう眺めがひらけてくるのも印象的。第3部『丸の内8号館』の主人公・恭子は、じぶんの母や祖母とちがい、最後にはみずから父権的なるものに引導を渡すことでみずからの人生を歩き出そうとする。物心ついた時分に、浅草という当時の東京の「へそ」で道楽者の父親に溺愛されて育つことで大正デモクラシーの甘い蜜の味を知ったいかにも30年代の女らしい生き様だし、またそういう道しか選べないことでひとつの時代の終焉をまざまざと知らしめるのだった。

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    2013年06月30日