加村一馬のレビュー一覧
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購入済み
優しい人が沢山
激レアさんの再放送編集番組を見て購入。本当に珍しい人生を送ってきた人。お金に縛られないこんな生き方も幸せかも。でも本当にいろいろ親切な方々の支えがあって今の生活ができている。世の中には聖人のような方々がおられるのだな。と、ここに登場する全ての方々が激レアさん。
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Posted by ブクログ
「洞窟ばか」という洞窟探検家の本を探そうとして、何故か洞窟オジさんと検索したのがこの本を知った切欠です。
似ているようで全く別。洞窟ばかは現代人らしく未知の洞窟の探検に血道を上げていますが、洞窟オジさんと来たら、親の虐待に耐えかねて愛犬シロと家出をした13才の少年が、足尾銅山の洞窟に住み、蛇や虫や猪を食べて生き延びていく話です。
本当に望んで山奥で自給自足するようになったのかといえば、人並みに生きていける環境になかったので結果的に野人になって生きていくしかなかったので、何とも切なくて切なくて。
字も読めないし計算も出来ない、白米も殆ど食べていなかったからおにぎりを貰ってもなんだか分からない。現代人が全部当たり前だと思って生きている事を、何一つ知らず、高度経済成長の恩恵も受けることなかった。そんな人間が居たなんて信じられないです。
読むまでは自給自足生活を楽しんでいた話なんだろうとワクワクしていましたが、読み始めたら可哀想で可哀想で。中学校1年生換算の男の子が一人で自給自足なんてほんと居たたまれない。何しろそれを自分で道を切り開いて生活していってしまう彼の精神力の強さが半端じゃないです。
でもね、シロも犬ですから先に死ぬんですよ。長かれ短かれ避けられない事です、彼の唯一の家族であるシロの死の悲しい事と言ったら・・・。
自分の力で生きていくわけですから自信満々でも良さそうなものですが、人間としてのアイデンティティはやはり教養に根差すところが多いので、彼のように否応なしに普通の社会生活からドロップアウトすると、コンプレックスからプライドを持つ事が難しいです。
恥ずかしいという意識も有りますよね、分かります。しかもシロが居なくなって孤独に苛まれ、自殺を試みる所まで追い込まれます。人間って完全に単独で生きていくのは難しいです。原野であえて一人で生きていく「マウンテンマン」と言われる人は、自分のアイデンティティの為に全てを捨てて自然に飛び込んで行くので,
全く意味が違うんです。
次第に人と交流しながら文明に触れていく姿は面白いのですが、なんだか胸も痛みます。色々な事におびえながら、威嚇しながら薄皮を剥がすように社会に溶け込んでいく姿は、安堵と共に少しの寂しさがあります。もしかしたら僕は彼が山に帰っていくのを期待していたのかな?僕も勝手なもんですね。 -
Posted by ブクログ
昔、洞窟だかどこだかで自力で何十年も生活した人の本がある、と何かで見たか読んだかで興味を持ったことはあったんです。
でもその当時それはハードカバーで、大好きな作家以外の本は文庫派の私には手が出ないもので、いつの間にか忘れてしまってました。
今日、お気に入りの本屋をウロウロしていたときにこの本が目に入り、「なんか聞いたことある……」と手に取り、買ってきました。
すごい。
この人すごい。
13歳で家出して、犬と共にヘビとかネズミとかカタツムリ、コウモリ、その他たくさんのものを自分でとって食べて生活していたなんて。
何年も山の中にいたから、字も読めず、お金の使い方もわからなかったなんて。
今現在も、お元気でいらっしゃる人の話ですよ?
この人はもう、どこでだって生きていけるなあ、でも信頼できる人たちに出会えてよかったなあとあたたかい気持ちになる反面、切なくもなります。
両親から虐待さえされてなければ、貧しいながらも明るく楽しく暮らせていたかもしれないのに……。
8人兄弟で、なぜ加村さんだけ虐待されていたのか、本当にご両親に聞いてみたい。
その虐待していた父親がいたからこそ、加村さんも山の中で生きる術を身に付けていたんだと思うと、複雑な気持ちになります。
どんなにあたたかい人たちに出会っても、今までで一番の思い出は愛犬シロと暮らした洞窟生活、という加村さん。
きっとそうなんだろうなあ、とジーンとします。 -
Posted by ブクログ
えっ!こんな人が居たのか!と驚くような物語だった。『洞窟オジさん』という奇妙なタイトルは文字通りだったのか!
著者は僅か13歳で家出し、以来、足尾銅山の洞窟や新潟県や福島の山中、富士の樹海、小貝川の河原などを転々としながら、43年間もサバイバル生活を送ったというのだから驚く。それも、文明とは一切隔絶した自然に身を置き、殆どを己れの力だけに頼り、生き延びたというのだ。時には他人に助けられるのだが、その際、水洗トイレや携帯電話などの文明の利器と出会った時の描写が面白い。
サバイバル生活の43年間と、さらには社会復帰を果たすまでの11年も描かれ、一体、人間とは何なんだろうと深く考えさせられる作品だった。
文庫化にあたり、加筆・改稿。10月よりNHK BSプレミアムでドラマ化されるようだ。 -
Posted by ブクログ
テレビで紹介されていたのですね。
好きな作家さんがおすすめしていたので読みました。
虐待から逃れるために中学生の年齢で犬と洞窟で生活。その後も事実は小説より…という怒濤の展開。
ホームレスに文字を教えてもらうまで読み書きできなかったというあまりにも現代離れした純粋さ。
恐らくかなり編集やライターの手が入っていますが、その素朴さが表れています。
話し言葉を書き下ろした様な文章は読みやすく親しみやすいですが、もう少し突っ込んだところを聞きたかったというのが本音。
余計な知識のなさからくる魅力と、これだけの経験に学力が伴っていたらもっと面白い人生になっていたのではという矛盾した思いを抱えてしまう。
壮絶な人生を送ってきながら、日本一周するのが現在の夢だというのが驚き。
人間の本質的にやりたいことって、隣町に初めて自転車で行くような…つまり好奇心を満たすことなんじゃなかろうか。
少年が山で獣とって健康に生活しているという時点でめちゃくちゃな運と天性の感の持ち主。普通に天才です。自分も強くなりたい。
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Posted by ブクログ
ネタバレ兄弟の中で一人だけ疎まれ虐待を受けて育った理由はもちろん知る由もないが、もしかしたら、我が子ながら恐くなるほどの、他を駆逐してしまうほどの強烈な力を持っていたから、無意識に抑えつけずにはいられなかったのではないかと思った。
とにかくすごい生命力だ。この人が社会から見捨てられずところどころで世話を焼いてくれる友人ができたり支えようとする人々が出現するのは、犬のシロを思う情愛の濃さがあり実はコミュニケーション力が高いこと、サバイバルスキルが高く憧れを抱かせてくれること、建前がなくても人間どうとでも生きられるという安心感をくれるからなのかもしれない。
加村氏が途中で一度死のうと思ったことがあるというのが意外だった。この本の前に「ハイパーハードボイルドグルメリポート」で、極限下にあって生き延びること以外の正しさを持たないリベリアの青年の話を読んだばかりだが、そう考えると人を殺す凶器は孤独感だけなのかもしれないと改めて思った。 -
Posted by ブクログ
体験者が語る本には、時々凄いものがあって、これもそうだと思う。思う、というのは、凄いんだけど、多分ライターが書いたせいもあり、本人の性格もあり、どこかひょうひょうとして、あっけらかんとしたところがあるせい。
もし小説家が書いたらもっと劇的に書いただろうが、これはこれで良い。
著者(本人は学校もほとんど行かず、読み書きもあまりできないので、もちろん書いてはいないだろうが、書いた人の名前があるわけではないので、とりあえず「著者」にする)は兄弟の中でも自分だけ親から虐待を受け続けることが我慢ならず、13歳の時に家を出て、追いかけてきた犬のシロとともに足尾銅山の洞窟で数年暮らす。シロが死んだあと、山中や川べりで暮らすが、獲物がなく所持金もないためバールで自販機をこじ開けようとしたところを見つかり、逮捕される。その後建設会社や福祉施設で住み込みで働く。
シロと著者が飼い主とペットではなく、対等な生き物として協力しながら、互いを思いやりながら暮らすところが心に残る。どちらかが具合が悪くなれば看病し、食べ物を調達してやる。これが愛とか家族の基本で、これができないなら、一緒にいても意味無いってことだな、と。そこに戸籍の縛りや血の繋がりは必要ではない。互いを思いやる心のみで結ばれている。怖さや飢えは耐えられるが、寂しさは耐えられないという言葉も忘れられない。
シロが死んで、自分も死のうとしたり、クマに襲われたり、ホームレスの元社長に字を教わったり、確かに映画にしたくなる話だ。『レヴェナント』みたい。
しかし、一番刺さったのは、一人で狩猟をし、誇りを持って生きてきた著者が、人間社会に入った途端、学歴も職歴もなく、字も読めず、機械も扱えない最底辺の人間として扱われ、尊厳を失っていくところ。世話をしてくれる周りの人たちは「我慢しなくちゃいけないよ」と言うが、対等な人間として扱われないことがいかに辛いか、これは孤独や寒さや飢えより辛いのだ。著者は山中で一人で生きるノウハウがあるから、山へ帰ろうとするが、どこにも帰る場所がない人はどうしたらいいのか。これは、現代社会の大きな問題だと思う。
戦後から平成という、世の中が大きく変わる時代に著者が生きたということが、面白さ(と言ったら失礼だけど)を更に増している。電話もほとんどなかった幼少期から、電話が普及し、公衆電話ができ、携帯になるなんて、なかなか経験できるものではない。
読んで損は無い本だった。 -
Posted by ブクログ
“洞窟おじさん”と言いながら、実際の洞窟生活は最初の数年だけだったようだ。
家と学校。小学生の世界って、基本はこの2つ。両方からはじかれた主人公が向かった先は、小学校に入る前の世界。それは山と川。主人公はそこで飼い犬シロとともに自由を手にする。でもその自由も、シロの死で価値がなくなり、手放す。
その後はあちこちの山や川を行ったり来たりして、いろいろな人と出会う。徐々に人間社会に入って行き、成長を遂げる。自殺を図ったこともあったが、貨幣経済との出会い、そして商売を始めたり、読み書きを覚えたり、酒やタバコ。釣りを通じて友人もでき、シロの死以降感じたことのなかった寂しさも感じるようになる。
「いい人」に出会って幸運であったことが大きな要因だろう。蘭の花のバイヤー、トラックの運転手、釣りをみとめてくれた漁協組合長、そしていろいろと一緒に遊んだ釣り仲間。読み書きを教えてくれたこれまたホームレス元社長。
でも、まともに読み書きもでき無かった主人公、かつまともに入浴もしていなかった主人公。騙されて金を巻き上げられたこともあったんじゃないか?会う人会う人、いい人ばかりじゃなかったんではないか?
おそらく、そんな人のこと、気にしていなかったのでは?
「そうやって魚を取って行ったら、多い日には1日1万円くらいになった」
「最初に釣れた魚を掌に載せて魚の体温を見ると、その日どれくらい捕れるかがわかるんだ」
主人公の、自然との共生力を認めてくれる人が、沢山いる、それが自分の自信の根幹にあったからではないだろうか?そして、自分自身が成長している。その毎日がたまらなく楽しかったのではなかろうか?
逮捕後、社会復帰からの主人公の生活は、どうも人とコミニュケーションが苦手なようだ。精神障碍者施設の理事長と、何人かの職員、そして特に面倒を見てくれた女性、そして本の出版社くらいにしか心を開ききれなかったようだ。
ひょっとしたら、施設自体も、実は本当は居心地のよいところではなくて、施設の関係者への恩義、面倒を見てくれた女性への恋心が今の主人公を支えているのでは?とも思う。
そして、最初の洞窟で死に別れた飼い犬、シロへの愛情につながるのかもしれない。