鍋田恭孝のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
単なる思い込み、精神疾患の一つと思っていた身体醜形障害のことをもっと深く知ることができた。
↓引用
人は、乳幼児期からの「誰からも愛される」という自己愛の「貯金」を心に抱いて育っていくのですが、それをほぼ、使い果たすのが思春期なのかもしれません。そこからは、自分で貯めなくてはなりません。
身体醜形障害の患者さんは、愛されたという体験による自己愛の貯金が十分にできないまま、不安な自己像を抱いて思春期に入る場合も多いのです。そこでリアルな自分を発見して、少ない貯金が一挙になくなると、自己愛というオブラートで包まれていない、リアルな自分だけがむき出しになってしまうのではないかと考えられます。彼らは、自己愛を自分で貯めることもうまくできない場合が多いため、容姿の久点にとらわれ続けてしまうようです。 -
Posted by ブクログ
ネタバレこの本個人的に結構ヒットだった。こうするとこの能力が育つからこれをしましょうという話で持ちきりの現代は、こんな問題が先に出ることがあるので現状でこれらの問題点がないか注視しましょう、そして見つけたら対処しましょう、という話の仕方は割と珍しいような。
親の手から離れ始めた時に表れる問題は、いきなり生まれたものなのか?答えはNo。
4-10歳くらいまでの学童期にその因子的なものは生まれてるという話。
具体例があるのでわかりやすいが読むのは少し苦しくなる。熱心で孤独で相談相手のいない真面目な主婦がそんな子供を作り上げてしまいがちというのは納得。
以下メモとしての目次。
①10歳までの体験が人生を決める
10歳までの悩みからは立ち直りやすい
②「よい子」は思春期に悩み始める
③「よい子」のどこが、なぜ問題?
自分の主張がなさ過ぎる子、自分で選べない子
どこか不安や緊張の強い子
規則や役割にこだわる子
周囲の期待に応え過ぎた子、評価され過ぎた子
わかりやすい子、わかりにくい子
④「悩めるよい子」を育てるかかわり方
子どもの行動を規制し、過剰にコントロールする
不安・緊張・抑うつを抱えているとわかる
子どもの気持ちを決めつけたり、期待や願望を押しつける
子どもの関心やかかわりが薄い
子どもを「独立した存在」として受け入れる
⑤10歳までの「遊び」と「習い事」で子どもを伸ばす -
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最近の若者は、、、いったいどうなっているんだ、、、論は、
遥か昔から繰り返されてきたものですが、その結論は、だいたい「けしからん」です。
あまり建設的なやり取りとは、言えません。
人間の社会は万事、変化があって、その変化のど真ん中にいる若者と、
もう変化できない人達の差異と違和感が、若者論を作り上げる一つの要因だと思います。
この本の著者は臨床医の経験が豊富だけに、若者の心理的観察は、かなり上手です。
もちろん批判をしていますが肯定もしています。
温かいまなざしを向けているという表現が適切かもしれません。
珍しい建設的な若者論になっていると、個人的に思いました。 -
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ネタバレこどものまま中年化する若者たち
現代の若者はこの二極に分かれる。「植物化する男子」「くらげ化する女子」
「植物化する男子」とは動く範囲が狭く、人とそれなりの距離を取り、木津つくのを恐れ、自分の世界からでようとしないような男子を指す。
「くらげ化する女子は」目の前の相手だけに反射的な反応をし、断片的な関係性で日々いきている若者のこと
「ある程度、情報量が増えてくると、ある部位の脳の活動は活発になるが、さらに情報量を増やしていくと、脳の活動は突然止まってしまう。快い刺激に関しても、量が多すぎると反応しにくくなることがある」
情報疲労症候群:過剰な情報を吸収し処理しようとすることによる心理的ストレスが判断力や記憶障害、不安やうつなどの症状になって現れること
若者の今の会社に一生努めたいかというアンケートの結果、約55%の人が一生勤めたいと回答。これは若者が保守化している証明であり、いまの社会で要望されている自発的に勤める人材とは真逆の傾向である。
精神性の喪失。明日は今日よりも良くなるということよりも現状とあまり変わらないだろうという思考。世の中から理想像が消えることで、若者が理想像を描くこともなくなった。
青春とは未来へ向かい、苦しみと希望に満ちた脱皮のプロセスそのもの
いきていることに対する手ごたえ。リアルなものへのつながりの欠如
10歳までの育てられ方が一生のベースを作る。
体で覚え、外界に働きかけて何かできるようになるという体験。
いろいろなシステムが用意されているということは、それを利用できるということであり、一気に自分の世界を広げることができるということに等しい。 -
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1970年頃から摂食障害や境界性パーソナリティ障害、不登校が増え始めた。
不登校や引きこもりの若者たちは、エネルギーや理想像を求める思いが低下している。
コミュニケーション能力に問題があると共に、自分の思いをイメージ化して自分の言葉として伝達することができなくなってきている。物語れなさ。(P92、118)
それは自分自身が曖昧になることを意味し、キレやすさにも繋がる。
おすすめ本
田中康夫 なんとなくクリスタル P155
タイトルの意味は
内向的で、将来への努力をせず、変わろうとする意欲がない若者たちが増えている。
良く言えば、あきらめを含んだやさしさのある生き方を選択する者。
青春を失い、変化を追い求める意欲的な若者画減ったということだ。
→「子どものまま青春をとおりすぎ」てしまった中年のようだと。
それがすなわち、出世を諦め、趣味に生きている中年の守りの生き方 だと著者は言う。
ひたすら若者の劣化を挙げ連ね、昔はよかったというような懐古表現のオンパレードで辟易してしまった。 -
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作者は精神科医。戦後すぐ生まれ。若干作者のバイアスがキツイ印象はある。科学的というよりn=1って感じ。あと、何故かこの本はコピーができないのがクソ。引用できねえ。
『動かず、無理せず、多くを望まず、心優しく、不安を抱きつつ、日常を仕方なく生き、文句を言うこともなく、それなりに満足しながら、淡々とこぢんまりとした空間、乏しい関係性、身近な世界で生き続けている』という若者評だった。作者はそれを『中年化』と主張する。途中の考察がバイアスまみれなのだが、自分の直感としてもあんまり誤ってはいないと思う。自分のバイアスと作者のバイアスは似ているかも。
ところどころ精神病の具体例は出るが、基本的には若者批判に聞こえるような話ばかりで鼻につく。作者は若者批判をしたいのではなく、若者分析をしたいはずだが、データでなく自分の印象というバイアスで語っているために批判に聞こえる。
言わんとせんことは意外に面白い。『最近のワカモノはなんとなく不安を感じているが、主体性がないため動けない』など。
だが、(精神科分野はそういうものとはいえ)いかんせんデータに乏しく、印象で語っているという感覚に陥る。科学で語ってほしい。
子どもの価値観のまま、中年のように多くを求めない生き方をする。夢や向上心などに乏しい。 -
Posted by ブクログ
たいてい読んでてムカつく、おっさんが書く「最近の若い者は」論である。
あーハイハイ、おしまい。だと読んだ意味ないから、なるほどな~という新しい視点だけ書き出しておこう。
「時間感覚が断片化しており、長期的なプランがない」この時間間隔の断片化というのは新しい視点だと思った。
確かに、小学生の時の俺は中学生以降を考えなかったし、中学生の俺は高校生以降を、高校生の俺は大学生以降を。
結局、子供のころから将来に何をやりたいかなんか本気で考えたことは無かったのだ。
なんとなく、いい大学に入って、いい会社に入って、結婚して、定年して、のんびり暮らす。
漠然とそう信じていたわけだが、社会人5年経ってわかってきたのは、主体的に動かない限りそんな未来は来ないわけ。
小学生の時の将来の自分という作文でものすごく困ったことがあったのを思い出す。
やりたいことなんか何もなかった。
だから、とりあえずサラリーマンと書いておいたら、夢がないと書き直しをさせられた。仕方がないから都電の運転手と書いたことを思い出す(今の仕事からはあながち外れてはいない)。
夢を持てと言うくせに、夢が実現するわけがない。
志望動機でやりたい仕事を言わせる反面、そんな仕事を与えられるわけがない。
経済成長は口先だけで、今後成長するわけがない。
虚言に建前を塗り重ねられた大人の言葉に、将来に期待が持てるわけがない。
だから時間を断片化する。今は楽しい。過去のこの日が楽しかった。それを繰り返す。
将来のことは漠然と不安だけど、考えなければ幸福だ。
それは処世術か、反射か、適応能力なのか。その能力を若者は手に入れた。だから幸福を感じる。
作者が最後に「江戸時代の庶民の暮らしを目指そう」という提案は、何言ってんだジジイ馬鹿じゃねぇの?と思う。
インターネットを手に入れて、緩やかなネットワークで繋がる。リアルにもバーチャルにも。手に入れたテクノロジーで幸福になったものを、今更手放せるわけがない。
会社員、独身、そろそろ30歳、結婚の予定は全くない。なのにそこそこ楽しい毎日。それが俺。
恋愛関係なんか俺は苦手だから、上手な奴が結婚して子供作ればいい。そんかわし、俺は自分の好きなことをやる。
得意な人がやればいいという、アウトソーシングの考え。
そんな俺は社会のアウトソーシング化が進んでいると考えるのだが、そんな言葉をネットに入れても出てこない。
いつか深く考えてみたい。
とにかくまとめると、若者はいまのままで十分に幸福だから爺婆にグチグチ言われるのがムカつくのだ。