馬場高夫(新城市立長篠城址史跡保存館顧問)のレビュー一覧
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桶狭間戦記の影響を強く受けて執筆されたことがわかるマンガ。
絵はきれいでとても読みやすい。
花蔵の乱の寿桂尼の動きも良い。
しかし、花倉表記なことが残念ですが…。
義元を知るきっかけとしてはとても良い入り口かと思います。
安くて手に入りやすいことも嬉しいことです。
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徳川最後の将軍が、こんなに思慮深い人だとは、知りませんでした。
この本で、渋沢栄一の『徳川慶喜公伝』に書かれた紹介を知りました。
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幼い頃は、両親が弟をかわいがり、遠ざけられていた。お福(後の春日局)の計らいで、家康から跡継ぎのお墨付きを得る。そこからは、民のことを思いまつりごとを行う。以後、戦のない安定した時代を築いていくことに。
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中国地方の豪族、大内家・尼子家を一代で倒した頭脳派。秀吉の中国攻めの最中に、本能寺の変がおこり秀吉は毛利家と和睦して明智を討つために急いで戻った(中国大返し)。関ヶ原の戦いで西側についたため、山口県に国替えされ。しかし、後の長州藩となり薩摩藩と同盟を結び徳川幕府を倒す。
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武田信玄の後継者の勝頼と徳川家康が、三河・遠江めぐって争う中、勝頼が三河の長篠城を攻めた。劣勢の家康は織田信長の援軍を要請して城に立て籠もっていた。織田・徳川の両軍は、設楽原で陣を構えた。織田側は、鉄砲を使った戦いで圧勝して武田は滅んだ。
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東海(東から駿河、遠江、三河、尾張)の覇権争い。
今川義元(駿河、遠江、三河)が織田信長(尾張)を攻めたが、圧倒的に戦力の劣っている織田側が桶狭間で休息してい今川側に奇襲をかけて勝利した。
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信玄亡き後の武田家の凋落を決定付けた
「設楽が原の戦い」にテーマを絞って描かかれた漫画です。
話自体は信玄が死んでから3年経過して、
跡取りの四男・四郎勝頼が正式に跡目を相続したところから始まります。
信玄の悲願であった京への上洛を遂げるためには
途中の道を塞いでいる徳川家・織田家をどうしても倒
...続きを読むさねばなりません。
また、正式な後継ぎとなったことを内外に示すためにも
勝頼は積極的な軍事行動を展開し、領土を接している徳川家康と、遠江で干戈を交える。
勝頼の圧力に単独では抗しえない家康は
同盟者の信長へ救援を要請し、
ここに織田・徳川連合軍と武田家との一大決戦の気運が高まる。
しかし、織田・徳川連合軍が3万人を超える大軍であったのに対し、
武田家は半数の1万5,000。
上杉謙信・北条氏政に背後を囲まれている勝頼は
どうしても甲斐・信濃に抑えの兵を置かねばならず、
武田家の総力を結集しての決戦というわけにはいきません。
第1章 長篠城攻防
第2章 強右衛門磔死
第3章 設楽原築城
第4章 決戦設楽原
第5章 織田・徳川・武田-その後
長篠・設楽原の合戦をもっとよく知るための基礎知識
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小学生向けに作られているようですが、大人でも十分楽しめる出来栄え。黒田官兵衛を大まかに理解するには最適。最後の加来耕三さんの解説もなかなか良い。
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大河ドラマの、お江を見ていたので
お福のイメージはあまり良くなかったのですが
このマンガを読んでイメージが変わりました。
復習に最適です。
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巻末にある加来耕三先生の【解説】が勉強になった。
読み終えて満足していたら、前日に「これは解説がおもしろいよね」って、小6の長女が言っていたらしい・・・
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来年の大河ドラマの主人公である平清盛の、児童向け学習漫画。NHKが1年かけてやる内容が1,2時間で把握できる。とてもお得だと思った。人物を中心に展開する歴史漫画は、あまり予備知識が無くてもすんなり読みすすめられるので重宝。ちなみに山川の詳説日本史だと6ページ分ぐらいw
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明治維新の一部始終。
漫画ならではの分かりやすさ。
教科書には書いてないような雑学?的な情報もあり。
このシリーズは良作と思います。
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明智の事実はわかってない事も多いが、最後農民に竹槍でやられたというのは、、、秀吉が作った嘘でしょうね。
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本多忠勝の生涯について分かるが、思ったよりサラッとしていて紆余曲折しない。
表面上は、ほぼ徳川家康と同じストーリーだから、それを本多忠勝目線をもっと前に押し出せるんじゃないかと思う。
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漫画の中で今川義元が愚将っぽく描かれていたのが少し不満。それでも、マンガとしてとても面白かった。信長が出陣して義元を討ち取るまでのスピード感が伝わってきた。
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義経の家臣たちが優しいと思った。義経が好きで、義経のためにがんばった。ぼくは自分中心だから、そういうふうになりたい。
最後のべんけいが死んじゃうところが、一番印象的だった。(小5)
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■きっかけ
悪党・楠木正成って足利高氏と後醍醐天皇とどうゆう関係か気になった。ジャンプで連載している逃げ上手の若君の北条時行との関係も気になる
■本の内容
- 全般的に何が起こってるかわかりずらい。No69/131で北条高時が足利高氏に後醍醐天皇を討つように命じるが。楠木正成の配下が「高氏は京都に
...続きを読む向かって進軍している」と伝えると、なぜか「高氏どのがこちらについたか」と楠木が言う。どうゆうこと??
- 最後に解説があるが、むしろこれだけでよくわかる。
■鎌倉幕府滅亡
- 1331年。最初は「北条高時・足利高氏・新田義貞」VS「後醍醐天皇・楠木正成」の構図
- 吉野の大塔宮護良親王(おおとうのもりよししんのう)と、千早城の楠木正成に別れた。
- 難攻不落の千早城の情報と、そこに隠岐から戻ってきた後醍醐天皇の綸旨があり、新田義貞と足利高氏が謀反。
- 1333年。「北条高時」VS「足利高氏・新田義貞・後醍醐天皇・楠木正成」の構図。足利高氏は六波羅探題を攻め、上野国(こうずけのくに)に戻ってきた新田義貞は北条高時を追い詰めた(高時は自殺)
- この褒美で高氏は、天皇の字をもらい、尊氏となった。
■建武の新政
- 1335年「足利尊氏」VS「新田義貞・(後醍醐天皇の命)」。新田は敗北、京都に逃げ帰る。
- 1335年「足利尊氏」VS「楠木正成」。尊氏は九州まで逃げるが、九州の武士をまとめる
- 1336年湊川の戦いで足利尊氏にやぶれる。
■感想
- 楠木正成の本当の所が知りたい。太平記や戦後教育の影響を受けていない楠木正成が知りたい
- 北条時行の活躍もっとみたい。
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2019/10/19
この本の解釈だと、奇跡を演出して民衆をまとめた少年という
ジャンヌ・ダルクにかなり近い役割だったのだな
キリシタンに加え、時代と大名が劣悪だった
起こるべくして起こった一揆だと知る。
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書物ばかり読み武道に力を入れてなかったが、父の期待を受けて稽古に励み、力をつけていく。やがて四国を治めることに対して信長の許しを取り付ける。しかし、信長が心変わりして土佐のみ与えられる。これに反発して、戦になりそうだったが、本能寺の変が起こり戦とはならなかった。
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豊臣秀吉の親戚。豊臣秀吉のいとこ福島正則と供に戦で手柄を立てて出世していく。同じく秀吉の家臣である石田三成は戦には出陣せず、対立していく。関ヶ原の戦いで徳川側に付き三成を破る。後に熊本城を建て大名となる。
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