ジョージ・マクドナルドのレビュー一覧
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全体的に暗いトーンが漂う、おとぎ話・ファンタジーというよりは、人間の心の中に潜むできれば目をそむけていたいような醜さ(怠慢・傲慢・利己主義・裏切り・謀略)をこれでもかっていうほどデフォルメした物語になっています。 前作のゴブリンもなかなかイヤな奴らだったけれど、今作の人間ほどは酷くなかった・・・・そんな気がしちゃうぐらい・・・・(苦笑) そんな中で「お姫さま」であり「女中」であり、「大きな大きなおばあさま」でもある「善意」がとりあえずの勝利をおさめ、ハッピーエンド・・・・となるのかと思いきや、最後の最後でまたまた影をさして終わるというこの物語。 これはマクドナルドの抱えていた不安の表れなんでしょうか?? でもね、この最終章、何だかそのまま現代につながっているようなそんな気がしちゃうんですよね~。
(全文はブログにて) -
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ネタバレ主人公の純粋さと真っ直ぐな心根が、物事をよい方向に切り開いて行く様が、灯火のように感じられるストーリー。彼の振る舞いは今のように苦しい時代には参考になるようにも思う。周囲の悪意を相手にしない、正しいと信じたことを実行する、思い込みを捨てて素直に物事を受け入れる、何より本質を見ること。惑わされないこと。
しかし彼は、純粋さと悟ってしまったゆえに早くに天に召される、予想通りの結末になってしまった。ある意味北風のうらがわの国に魅せられていたから仕方のないことなのか。キリスト教的な考え方をある程度飲み込んでいないと、理解しがたいかもしれない。
他には当時のロンドンの様子がよくわかり面白いというか、主人公の助けた少女の仕事に衝撃を受けた。そんな仕事、あったのか。資本主義の強烈な現実がなんとも言えない対比となっていた。 -
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ネタバレこの作品に影響を受けたというナルニアをたしかに思い出すところもあった。でもナルニアほど宗教くさくないのがふしぎ。むしろ聖人たちが世俗的なキャラクターとして登場したり。
真の純粋さを持っているのはダイヤモンドだけで、彼が救ったナニーだって、そんなダイヤモンドのことを、頭のねじがゆるんでいると思っている。
「北風のうしろの国」について直接書かれた部分は意外なほど少ないのだけど、それを心のなかにずっと抱いているダイヤモンド坊やが、それを自らの力として生きていくあたり、けっこうファンタジーの力を理念的にえがいているような気もしないではなかった。
ヒノヒカリ姫の話が、とてもきれいで好きだった。 -
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ジョージ・マクドナルドの『お姫さまとゴブリンの物語』の続編。
一冊目もそれで一応完結しているけれど、やはり続きがあるなら読んでみたいと思わせる…で、こちらも。
やはり、描写も展開も面白かったが、古きファンタジックな物語というには、懲りない愚かな人間たちのありさまがあまりに象徴的に描き出されていて、むしろ現代の一面を語っているようで恐れ入ります。
ヒーローとヒロインは結ばれてその時代は栄えたというものの、その後の結末が暗いといえば、そうではあるが、こういうことも歴史がたびたび物語ってきたようにありかもしれません。
いずれにせよ、現代に生きる私たちは、もうそれぞれが愚行をやめる時期ですけどね。 -
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以下、引用。
29
「これ、すてきじゃない、母さん?」と、ダイヤモンドは言った。
「ええ、きれいね」と、母さんは答えた。
「何か意味があると思うんだけど」と、ダイヤモンドは言った。
「母さんにわかるのは、さっぱりわからないってことだけよ」と、母さんが言った。
49
この本を読んでいる子どもたちのなかには、天才ってなあにと思う子もいるかもしれないが、さて、説明したほうがいいだろうか、それとも、やめておいたほうがいいだろうか? では、ひとつ、ほんの短い答えだけを書いておくとしよう。天才とは、だれにも説明してもらわないで、物事の本質を理解する人だ。神さまは、ときどきそういう人たちをお創りになって、その人たちを通じて、いろんなことを私たちに教えてくださるのだ。
125
どんなに立派な館でも、近くに、いや、すぐそばに森がなかったら、宮殿と呼ばれる資格はありません。それも、近ければ近いほどいいのですが、ぐるっと森に囲まれるのがいいというのではありません。
でも、宮殿と名乗る以上、一方の側には森がなくてはなりません。
129
たとえば、有名なあのお姫さまが百年間眠り続けたというのは、なんといいことだったでしょう! おかげで、ふさわしくない若者たちに、うるさくつきまとわれずにすんだんですからね。そして、ぴったりな王子さまがキスをした、まさにその瞬間に、目をさますことができたではありませんか。私としては、もっとたくさんの娘たちが、おなじような運命が訪れるまで眠っていられたらいいのにと、願わずにはいられません。
173
父さんはそれに対してはほとんど何も言わず、パンとバターに考えごとを添えて食事をすませると、すぐに立ち上がって、こう言った。
181
「おととい、女の人が一人、ここへ来たんだ。すごくきれいな人でね、すごくきれいな服を着てた。婦長さんがその人にね、青と金の服で来てくれてありがたいと言ったら、その人はね、子どもたちは地味な色が好きじゃないだろうから、って言ってた。」
184
どうしてあたいは、泥んなかじゃなく、夕日のなかで暮らせないんだろう? どうして夕日は、いつだってあんなに遠いんだろう? どうして、あたちたちのおんぼろな通りには、全然来てくんないんだろう?
193
月んなかって、どんなだと思う? すごくきれいな小さな家でね、青い窓に白いカーテンがかかってるんだよ!
320
「ここが大好きだと思ってたのに」と、ダイヤモンドはつぶやいた。「でも、ちっとも好きじゃなくなっちゃった。どこかが好きになるのは、そこにだれかがいるからで、そのだれかがいなくなったら、そのどこかはどうでもよくなっちゃうのかな。」
332
マクドナルド一家は、一八七五年に「かくれが(The Retreat)」を離れましたが、その三年後にそこを買い、「ケルムスコット・ハウス」と改称して住みはじめたのが、有名なデザイナーで、作家で、社会活動家でもあったウィリアム・モリスです。モリスはそこを、住まい兼工房にし、馬車置き場だったところを改装して、労働者のための講演会や集会を開く場所にしていましたが、マクドナルドの想像のなかでは、その屋根裏にダイヤモンドたち一家が住んでいたのかもと思うと、とてもうれしくなってきます。 -
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今年の目標のひとつとして放置していた「岩波少年文庫を読む」を再開しようというのがありまして、手始めに冬っぽいタイトルのこちらを選んでみました。
まずタイトルが素敵です。原題は『At the Back of the North Wind』、1871年の作品。
コバルト文庫に小林弘利『星空のむこうの国』というのがありますが、あきらかに本作に影響を受けたものでしょう。
「北風のうしろの国」を旅するファンタジーかと思いきや、ファンタジーというよりはSF?宗教?のような設定もあり、「北風のうしろの国」がでてくるのはダイヤモンド少年が語る一部のみ、ストーリーの大半はロンドンで暮らす少年一家の物語で、これも雇い主が破産したり、ロンドンの貧しい子どもたちの話になったりとあっちにいったりこっちにいったり。
解説によると、1868年から69年かけて『Good Words for the Young』という雑誌に長期連載されたもので「しっかりとした構想のもとに書かれたとは言い難い部分もあります」とのことです。
ダイヤモンド少年が文字通り天使のような純粋無垢さでいい子すぎるし(解説にもありますが『みどりのゆび』のチト少年っぽい)、道徳的で説教臭い話もある一方で、全体的に哲学的で難しかったです。
岩波少年文庫は小学生向けと中学生向けで番号がわかれていますが、こちらは「小学5・6年以上」となっていました。
おそらく死のメタファーである北風、そして天国である「北風のうしろの国」。でもこうやってまとめちゃうとつまんないんだよなー。
「どうしてそれがわかるの?」
「あんたのほうこそ、自分にはどうすればわかるんだろう、ってたずねなさいよ。」
「いま教えてもらったから、わかったよ。」
「そうね。でも、教えてもらってわかった気になっても、わかったことにはならないでしょ?」
(上巻100ページ)
「これ、すてきじゃない、母さん?」と、ダイヤモンドは言った。
「ええ、きれいね」と、母さんは答えた。
「何か意味があると思うんだけど」と、ダイヤモンドは言った。
「母さんにわかるのは、さっぱりわからないってことだけよ」と、母さんが言った。
(下巻29ページ)
御者として馬小屋に住んでいるダイヤモンド一家、雇い主であるコールマンさん、泥濘を掃いてチップをもらっている少女ナニーなど、当時のロンドンの経済格差のある風景も示唆的に描かれています。
どうしてあたいは、泥んなかじゃなく、夕日のなかで暮らせないんだろう? どうして夕日は、いつだってあんなに遠いんだろう? どうして、あたいたちのおんぼろな通りには、全然来てくんないんだろう?
(下巻184ページ)
作中に出てくる『ヒノヒカリ姫』の物語は『かるいお姫さま』に少し似ているし、ダイヤモンドが「小さなお姫様とゴブリンの王子のお話」を読んでいたりするんですが、出版順としては
『かるいお姫さま』(The Light Princess, 1864)
『北風のうしろの国』(At the Back of the North Wind, 1871)
『お姫様とゴブリンの物語』(The Princess and the Goblin, 1873)
となります。
本作執筆中にマクドナルド一家が住んでいてダイヤモンド一家のモデルにしたと思われる「かくれが(The Retreat)」はその後、ウィリアム・モリスが購入し、現在は「ケルムスコット・ハウス」として公開されているそうです。先日、『アーツ・アンド・クラフツとデザイン』展を見たばかりなのでこのつながりにびっくり。
以下、引用。
9
北風のうしろの国のことを話してあげる約束だったね。昔むかし、ギリシャのヘロドトスという人が、そこに住んでいる人たちのことを書いている。なんでもその人たちは、そこの居心地がよすぎるのにうんざりして、水に飛びこんで死んでしまったということだ。
20
冷たい空気の長い槍がヒューッと飛んできて、坊やの小さな胸に当たった。
29
「気にすることないわ。馬はいつだって、宝石よりずっといいもの。」
「でも、美しいものが悪いはずはないでしょ。あんたは悪くないよね、北風?」
「ええ、私は悪くないわ。でも、美しいものでも、ときには悪いことをして、だんだん悪くなっていくことがあるのよ。美しさがそのせいでそこなわれるまでには、いくらか時間がかかるわ。だから、小さい坊やたちが、美しいからというだけで何かについていくのは、まちがいのもとかもしれないのよ。」
36
この世界だって、ほんのときたまだけれど、まるで妖精の国みたいに不思議に見えることがある。
もちろん、小さな紳士の君たちなら、泣いたりはしなかっただろうね。でも、ほんとのことを言うと、私は、泣くのはちっとも悪いことじゃないと思っている。問題は、なぜ泣くのかということと、どんなふうに泣くのかということだ。淑女や紳士みたいに静かに泣くのか、育ちの悪い皇帝や根性の曲がった料理人みたいに泣きわめくのか、ということだね。なぜなら、皇帝だからといって紳士だとはかぎらないし、料理人だからといって淑女だとはかぎらないからだ。女王さまやお姫さまだって、おなじことだね。
52
厩とお屋敷をへだてる門の上では、沈んでいくお日さまが大きく真っ赤に燃えていた。その炎の上に広がる空は、緑の光をたたえた大きな湖のようで、そこに金色の雲がひとひら浮かんでいた。そのまた上には、藍色をした冬の空があった。ダイヤモンドは、自分の家はべつとして、これまでに見たどんなところよりも、この空に住んでみたいなと思った。家がどこよりもすてきなのは、母さんと父さんがいるからで、ぜいたくなものがあるかどうかなんて、関係ない。
55
それはプリムローズだった。とても小さいけれど、見事に整った形をしていて、この世の不思議というものの赤ちゃんみたいだ。
65
「だって、見たって理解できないものや、どう扱ったらいいのかわからないものを、見たってしかたがないでしょ?」と、北風は言った。「いい人はいいものを見るし、よくない人はよくないものを見るのよ。」
100
「どうしてそれがわかるの?」
「あんたのほうこそ、自分にはどうすればわかるんだろう、ってたずねなさいよ。」
「いま教えてもらったから、わかったよ。」
「そうね。でも、教えてもらってわかった気になっても、わかったことにはならないでしょ?」
175
「たとえ大好きな相手のためであっても、何もかもやってあげて、その人には何もさせないっていうのは、ちっともいいことじゃないわ。わかるわよね、ダイヤモンド、それは親切じゃなくて、自己満足というものよ。」
180
「北極じゃ、お日さまは夏じゅう眠らないって聞いたことあるよ。コールマンさんのお嬢さんが教えてくれたんだ。だったら、すごく眠いだろうね。だから光が、こんなに夢のなかみたいなんだ。」
「実際に役に立つ理解という意味では、それでちゃんと説明になるわね」と、北風が言った。
215
貧乏は人間を無価値なものにするわけではない。貧しくなったときのほうが、金持ちだったときよりも、ずっと価値のある人間になることだってあるものだ。しかし、不正というのは、人間をまるっきり無価値なものにしてしまいかねない。
306
父さんの話じゃ、人がお酒を飲むようになると、のどの渇いた悪魔がおなかのなかへはいこむんだって。
悪魔がもっと飲みたいって叫び続けるもんだから、その人はのどが渇いて、どんどんどんどん飲むようになって、しまいにそれで自分を殺すようなことになるんだって。
322
「でも、ぼく、わからないな、父さん。何かしてくれる人じゃないと、父さんの友だちじゃないの?」
「いや、そうは言わないよ、坊や。そんなことを言ったら、赤ちゃんを抜かすことになっちまうしな。」
「そんなことないよ。赤ちゃんは顔見て笑ってくれるし、耳に笑い声を届けてくれるし、幸せな気持ちにさせてくれるもん。それでも、何もしてくれないって言うの、父さん?」 -
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ネタバレもう一度北風のうしろの国へ。
ダイヤモンドは父を助けて辻馬車の仕事をし、病気になった貧しい少女ナニーを助け、生まれた子どもと歌を歌う。美しい北風に再び会い、共に旅する日を楽しみに。
純粋で優しく賢い子ども。ナニーとジムは頭が弱いというつもりでダイヤモンドを「神さまの赤ちゃん」と呼ぶがこれほどダイヤモンドを表した呼び名もないだろう。疑いもせず、夢の世界を本物として愛するダイヤモンド。天使の夢のあたりから、この子は長く生きられないことがわかっていたかもしれない。北風との旅の様子はまるで銀河鉄道の旅のよう。悲しみの中にきらめきを残したラストだった。 -
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めでたしめでたしの続き。
ゴブリンを倒したカーディは、塔の大きな大きなおばあさまから王国とお姫様を救いに旅立つよう言われる。城に向かったカーディが見たのは、王国の腐敗と病に倒れた王の姿だった。
うまくいくのはいいのだが、エンディングがまさかの展開。解説によれば著者は当時あまりよい状況になく、悲観的な気分が作品に出たのではないかとのこと。しかし、決してうまくいっているとは言えない現代でこの物語を読むと、正しいことが続かないこと、信じることの難しさ、誠実や忠誠の清々しさをひしひしと感じる。
醜いが忠実な獣リーナとその仲間たちは、前の巻ではゴブリンの家畜として忌み嫌われていた。しかしこの巻では最も心強い味方である。見た目ではなく、中身というおばあさまにも通じるテーマを感じる。 -
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ネタバレ貧しい御車の息子ダイヤモンド坊やは、ある時から「北風」に誘われてあちこちの旅に連れて行ってもらうようになります。
ある日嵐を起こして船を沈めると言う北風から「北風のうしろの国」のことを聞かされたダイヤモンドは、自分もそこへ行ってみたくなり、北風に頼みます。
北風はそれを聞き入れ、彼は「北風のうしろの国」へ行きます。そこは穏やかな満たされた場所でした。
お母さんのことが心配になったダイヤモンドは自分の世界に帰りますが、そこでは彼は、病気で7日間も眠り続けていたのでした。
「北風のうしろの国」から帰った彼は、その後出会う人たちにたくさんのいい影響を与え、本物の「北風のうしろの国」に旅立っていくのでした。
「Good Words for the young」という、子どもたちに質の良い読み物を提供するための雑誌に長期連載されたこの作品は、その目的のためか、あまりにも教科書的で、物語としても冗長(特に前半、北風のうしろの国」に行くまで)です。
「北風の……」から帰った後、周りの人たちを動かしていく様子は頼もしく、おもしろく読めます。
上下2巻長い読み物なので、高学年向きなのでしょうが、現在の高学年が、この純粋無垢なお話を受け入れられるかどうかは疑問です。