ジョフ・コルヴァンのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ジョフ・コルヴァン著、米田隆訳「究極の鍛錬」サンマーク出版(2010)
いかに生きるか、いかに死ぬか。私たちは人生に2つの選択しかありません。本当に手に入れたいと思い、憧れているのに才能がないと簡単にあきらめてしまう人生で本当によいのでしょうか?著者は達人と素人の違いは特定の専門分野で一生上達するために考え抜いた努力をどれだけ行ったかの違いであると説いています。つまり自分の意識が自分の人生を決定していくのです。今からでも遅くありません。主因は内にあり!!
*究極の鍛錬が有効に機能するには10年ルールといわれるような一定以上の累積訓練量が必要であると著者は記しています。人より早く始めることは有利となる一方で、卓越した水準を生涯にわたって維持するには継続が欠かせない。
*より少ない情報から多くを知る。どの分野でも少ない情報から多くを知るという能力は成功するには不可欠である。正しい意思決定を迅速かつ安価で行うことが出来ればどの分野でも競争で優位にたてる。達人は長期間にわたる究極の鍛錬を通じ、自分が専門とする分野でもっとも重要な意思決定を行うためにこの能力に磨きをかけている。
*もっとも業績のよい企業の多くが、一般的な経営脳虜おくよりはむしろ業界固有の知識を深くもつことが大切だと認めている。
*「知識が偉業に中心的な役割を果たしている」ということは「偉業は生まれつきの才能に基づく物である」という主張に対して理論上の深刻な問題を投げかけている。なぜならどんな分野でもはじめから膨大な知識をもってうまれてくる人間はいないからである。
*もっともすばらしい業績をあげるものは結果ではなく、結果に至るプロセスに目標をおく。重要なのは「態度」と「信念」である。つまり、1つの分野で達人になろうとすることは長くつらい仕事を成し遂げようとすることです。
*自分の問題を他人や他の偶然のせいにすることは達人はない。達人は容赦なく自分自身の実績を見ることに集中している。 -
Posted by ブクログ
究極の鍛錬を積めば偉業につながる。大抵は心理的な要因で集中できず、継続できない。
各記録能力が伸びているのは、人間の能力の使い方が向上しているから。高いIQは必要ない。
企業が伸びるのは人的資本が優秀だから。microsoftやグーグルの採用試験が厳しい理由。人間の能力開発に限界はない。
生まれつきの才能が存在するとしても重要ではない。
モーツァルトでさえも、18年間訓練された後に素晴らしい作曲をした。タイガー・ウッズも両親から教育された。
練習を積めば、記憶技術には際限がない。
フットボールのライスのトレーニングは、他の人はついていけないレベル。実戦ではなく練習を積むことでうまくなった。しかし練習は面白くない。ひとりで練習することが重要。
考え抜いた努力を行うこと。
究極の鍛錬の方法=正しい方法、時には教師の手を借りる。何度も繰り返す。継続的にフィードバックを受ける。精神的に辛く面白くない、しかし効果がある。
1時間半のトレーニングでもよいが、心を込める。心を込めたトレーニングは1時間半しかできない。
ラーニングゾーン=もう少しで到達できる成長域を強化する。コンフォートゾーンで練習してもだめ。
年齢に伴う変化は不可避、しかし究極の鍛錬に費やした時間は減らない。
自分の専門分野については驚異的な記憶力を持っている。
コンディショニングと固有スキルの訓練。
危機のときは10倍の学習ができる。
傑作が生まれるまで10年の沈黙が必要。
インスピレーションが生まれるには知識と熟す時間が必要。突然降りては来ない。
組織では、新しいことに友好的ではない。
ノーベル賞の受賞年齢は伸びている。単に全体の寿命が伸びているからではなく、最先端までの知識を身につけるのにより時間がかかるようになった。
達人は、加齢によって普通の分野で衰えても、専門分野では衰えない。
フリオ・フランコは徹底した練習と注意深い食事による体調管理で、加齢を克服している。
「体が言うことを聞かなくなるのではなく、選手自身がこれ以上限界に挑戦することをやめるだけだ」
もう練習できなくなるまで、鍛錬は続けられる。
内的動機と外的動機。自分の中から生まれる満足のために辛くて面白くない練習をする=練習が好きになる。
内的動機を高めるような外的動機づけは効果が高い。
乗数効果=上手になるほど練習が多くなる。注目や賞賛は乗数効果の燃料になる。
競争者の少ないところで始める。クリエイターは大都市出身でないことが多い。 -
Posted by ブクログ
●読むキッカケ
・意志力系の本を読み漁ろうとした流れで読んだ記憶。
●サマリー
・努力が重要であるのは自明だが、その努力の仕方にも工夫をしましょうねというお話。
・スポーツなんかでは、意識しやすいけど、
ビジネスの現場においてそれをいかにやるのかが、きっと難しいし、
その課題と対処方法がわかると嬉しいんだけどなあ。
・少なからず、得たいものを人や本によって設定し、
その出来ている状態をイメージする。
そんで、振り返りをして、それができているかを確認し、
出来ていなければ修正してまたやってみる。
まあ、無理くりPDCAを回していくということ、
そして、そのPDCAを回すということにおいても、
PDCAを回すと良いのだろうなあとは思う。
●ネクストアクション
・自分の毎日の振り返りを、もっと洗練させれないかを考えてみる。
−恐らく、目標があんまりイケてない、というかマインドに寄りすぎているので、
スキル面に寄せることを考える。
・コーチを見つけるなり、上長を見つけるなりして、成長環境を構築するようにすること。
●メモ
・成果を出す上では、才能よりも、鍛錬(努力)が重要であると述べていた気がする。
・究極の鍛錬には以下の5つの要素が必要である
①実績向上のために特別に考案されていること
・無為な努力を積むのではなく、目標の達成に結びつくものであるべきこと
・コンフォートゾーンではなく、ラーニングゾーンであるような努力を行うこと
②何度も繰り返すことが出来るものであること
・量×質のうち、量も一定量必要だということ
③結果へのフィードバックが継続的にあるもの
・カーテンが垂れ下がった状態でボーリングをしても、一向に上手くならないのと同じこと
④精神的にはとてもつらいものであること
・集中が求められるから
・出来ない現状を正しく認識し、そこから改善の努力を行う必要があるから
⑤あまりおもしろくない
・上記と同じ理由であると思って良さそうだ
・結果ではなく、結果に至るプロセスに注目し、それを改善するように心がける
●WEB記事から引用
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私の考えでは「ビジネスパーソンの訓練」は日本社会での合意事項ではないと思う。おそらく特定の企業ではそういった訓練を意識しているところもあるだろう。そういう環境に身を置くことができれば、徐々に力を付けることができる。そういった企業に身を置かない場合は、自分で自分を鍛えるか、トレーナーをつけるしかない。
大抵の企業は、仕事に関する簡単な知識を伝え、あとは現場で覚えていくしかない。「習うより慣れろ」だ。それはゴルフを始めたばかりの初心者に、クラブセットとボールを与え、「じゃあ、ホール回ってきて。アンダーパーで」と言っているのに等しい。確かにホールを回る中でしか得られない経験はたくさんある。そういったOJT的トレーニングは否定しない。ただ問題はその中に「どうやって訓練すればいいのか」という示唆がまったく含まれていないことだ。
結局、見よう見まねでホールを回ることができるようになっても、その次の一手がまったく見つからない。結局できることと言えば、そのホールを周り続けることだけだ。そして「そのホールだけが異様に得意な人」ができあがる。それはつまり、「転職したくてもできない人」ということだ。会社と個人とが会社人生を前提とした付き合い方をしているならば、それでよいのかもしれない。しかし、現代はどうみてもそんな環境にはない。
結局、訓練のやり方を教えない企業に入った人は、自分自身で自分を鍛えるしかない。あるいはまったく別の所にアドバイスを求めるしかない。もし、あなたの身の回りに「有益なアドバイスをくれる先輩」というものがいるならば、それは大変ありがたい存在と考えた方がよい。そういうのは探してもなかなか見つからない。
今ビジネス書に注目が集まっているのも、先ほど指摘したような環境があるからだろう。しかし、ビジネス書の中で語られている部分の多くが「どうやって仕事をするか」である。それは、7番ホール第二打目の打ち方、のようなものだ。あるいは、3番ウッドの効率よい使い方だ。ぎりぎりでアイアンの上達法といったところ(本当に上達するかは不明だが)。
こういう状況では、スポーツ界のようなレベルの向上は望めない。日本のホワイトカラーを見回してみても、それは悲しいくらいに現実だ。それは「誰が悪い」という話ではない。基本的に「ビジネスパーソンには訓練が必要」という感覚が欠落しているのだろう。
しかし、ノマド社会、ギルド社会的な中での「職人としてのビジネスパーソン」には絶対的に訓練は欠かせないものだ。少なくとも、どのような業界でも「プロ」と呼ばれている人たちは生き残りをかけて必至に自らの技量を鍛え上げている。