花田清輝のレビュー一覧

  • 恥部の思想 現代日本のエッセイ

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    正直言って、今時、どうしてこういう古い本に関心を持つのか自分でもよくわからない。たぶん、花田清輝という人物が放つ「珍奇さ」だろう。ほんとうは、単行本を欲しいが、現在は文庫本しか手に入らないようだ。でも、文庫本には川本三郎氏による解説(人と作品「まがったことの好きな批評家」)が付いているから、その点で、大いに価値があると思う。
    カバーに次のようなハデな宣伝コピーが書いてある。本書の様子が大たい窺い知れる。

    <単行本刊行時、”恥部を軽蔑するな!恥部こそ生産的だ!”という挑発的な名コピーで活字文化信仰を震撼させた快著。映画、演劇、ミュージカル、演歌、浪曲などを低俗と見なす風潮に敢えて抵抗し、溌剌とした批評精神と快適極まる説得力で、”B級文化”を”合法化”した先駆的なエッセイ群。
    常に既成価値を転倒し、未来性を追求する著者の強靭な力業。>

    本書を読む前に川本三郎氏の解説に目を通して、思わず唸ってしまった。

    <本書の多くの文章は映画随想ですが、曲者の花田清輝の文章ですからもちろん今日見られるような映画エッセーとはまったくタイプを異にしています。映画作品の批評でもなければ、解説でもありません。ましてや映画への愛でもありません。花田清輝は映画をダシにして、ああでもない、こうでもないと思考ゲームを楽しむだけです。(略)言葉と作者(花田清輝)のあいだにははっきりと距離があります。言葉は作者の本当の顔ではなく、あくまでも仮面です。>

    <感傷、英雄主義、ロマンチシズムという青春の特権こそ、この老獪な批評家のもっとも嫌うものです。戦争中を生き抜いてきたこのしたたかな批評家にとっては、そうした青春の特権ともてはやされる日本人好みの心性こそが大東亜戦争をひき起こした精神的一因だと考えるからです。
    花田清輝は死よりも生を、悲愴なヒロイズムよりも道化の笑いを、まっすぐな純情よりもまがりくねった知恵を、インテリの青臭さよりも庶民のエネルギーを……賞賛します。>

    <死よりも生、涙よりも笑い、純情よりも知恵、こざかしさよりもしたたかさ……花田清輝は、日本人好みのセンチメンタリズムや青臭いロマンチシズムに攻撃をしかけ続けていきます。彼は神風特攻隊的な純情も、左翼テロリスト的な英雄主義も大嫌いです。そして大東亜戦争から、戦後の左翼運動の流れのなかにロマンチシズムという共通の流れを見てしまった彼は、日本的風土のなかで自分の主張を展開していくことがいかに少数派の困難に満ちたものか自覚しています。花田清輝の文章が、逆説、反語、諧謔で武装されていくのはおそらくその闘いの困難さのためです。自分は憎まれっ子に徹すると覚悟するのもその、日本的精神風土との闘いの困難さのためです。(略)それを思うと、いま、花田清輝のような批評家がいないのは残念でなりません。意地悪なエッセイストやコラムニストはたくさんいますが、彼らには残念ながら知恵もなければ、世界の精神を変えてやろうという志もありません。>

    なるほど。川本三郎氏の解説は、私にとって大へん参考になる。花田清輝のエッセンスが分るような気がする。花田清輝から見ると、さしずめ、ヨシモト先生(吉本隆明氏)は左翼ロマンチストといったところだろうか。埴谷雄高によると、花田清輝との論争によって、花田清輝の「人を罵倒する悪いクセ」がヨシモト先生に乗り移ったそうである。論争で花田清輝を打ち負かして天狗になったヨシモト先生は、その後、多くの論敵を罵倒しまくっているうちに変調を来したらしい。ヨシモト先生をそういう人にして堕落させたのは花田清輝の作戦だった、という穿ったことを言う人も現れた(好村冨士彦『真昼の決闘 花田清輝・吉本隆明論争』晶文社、1986年)。信憑性は不明だが、おもしろい推察である。

    因みに、川本三郎氏は別のところで、花田清輝の「一種の”ふまじめ”」を、モグラに喩えて愉快に説明している。

    <どこを探しても、花田清輝は、いないのである。いや、姿は見える。ちょうど、モグラのように、あちこちで、ボコッと穴をあけ顔を出す。……モグラは、地上に見える軌跡を残さない。あらわれた証拠の土の盛り上がりが人には見えるだけで、その軌跡は誰にもわからない。モグラは、論理的一貫性から解放され、また、ひとつの価値を中心に動くという方向性はまるでない。彼は自在に、周囲にある価値に冷水を浴びせかけては去って行く。>(『同時代を生きる「気分」』講談社、1986年)

    ますます花田清輝が好きになったぞ。

    お終い

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    2026年06月12日
  • 復興期の精神

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    1/15
    ルネサンス→戦後をどうやって生き延びるか。

    何の留保もなくおもしろい、というのが名著の一つの条件であると信じている。
    理由は探せば出てくるだろう。
    背景も何もなく、ただ言葉の力にひれ伏すのみ。

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    2010年01月15日
  • 復興期の精神

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     出版されたのは1946年10月とまさに「復興期」であるが、中に収められたエッセイの大部分が太平洋戦争の最中である41年から43年に書かれている。つまり、復興論の正体は抵抗論でもあるということ。
     西欧ルネッサンス期の有名人達を大胆なレトリックを用いて論じたと言われる本書は、その修辞技法の縦横無尽っぷりだけでも楽しめるが、やはり一番のポイントとなるのはそのレトリックというものが、常に、言論統制という「現実」と相対するための必然に迫られた上であったと言う事。そう、日本文学に於いて三島由紀夫や阿部公房、村上春樹といった巧みなレトリックの使い手は多く存在したが、それは時に自己目的化され著者の自意識の鏡像となり、結果読み手を選んでしまうという難儀な面も持っている。(ちなみに自分は三島由紀夫の装飾過多な文章が割と苦手だったり)
     そう、本書でのレトリックは、著者がただ自由にモノを言う方法に腐心し、己の主張を曲げぬと言う決心のために、それを読み手に届けるのたという意思を持って使われている。だからこそ、レトリック自体が強さを持ち、しなやかなで力強い筋肉の様な美しさと強度を合わせを持っているのだ。時代に対して馬鹿正直に正面切って敵対し、屈して打ちひしがれる必要なんてない。笑顔で握手しておいて、後からこっそり背後からナイフで刺してしまえ。

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    2011年12月17日
  • 鳥獣戯話 小説平家

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    面白かった。

    なんていうかこの人のちょっと人の悪いユーモアみたいのが大好き。

    わたしは歴史好きだけど昨今の歴女(笑)みたいな方面にはあまり興味なくてこういう些細で地味なものが好きだから。

    正史の人物に焦点を当てた大胆な考察(小説)を見せてくれてます。

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    2010年05月23日
  • 恥部の思想 現代日本のエッセイ

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    映画とかの評論が多いが、癖のある作家なので真意をくみ取ることが肝要。でも反社会勢力とつきあっている、なんて今じゃ堂々といえないね。

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    2024年06月26日
  • 復興期の精神

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    この種の批評はもはや散文詩であって、いま批評としては有効ではないだろう。面白くなかったかと言われたら、面白いところもあったけれど。

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    2015年04月14日
  • 随筆三国志

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    なかなか独創的な主張を展開されている。
    しかしながらほとんど共感できなかった。
    それでも面白かったら善しとしよう。

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    2009年10月04日
  • 俳優修業

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    「花田清輝もいままで遠巻きに見てたかんじだけど、この文庫は買ってみるつもりです」
    「『文庫』の大航海。」(杉浦日向子+佐高信)
    『日本人の死角』(徳間書店、1993.9.30所収)

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    2009年10月04日