青柳瑞穂のレビュー一覧
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アベ・プレヴォー(Abbé Prévost、1697年-1763年)は、フランスの作家で、代表作『マノン・レスコー』(Manon Lescaut)で知られています。本名はアントワーヌ・フランソワ・プレヴォー(Antoine François Prévost)で、「アベ」(僧侶)という呼称は彼が一時期修道士であったことに由来しています。プレヴォーは恋愛と欲望の間で葛藤する人々を描き、道徳や人間の弱さについて深い洞察を与えた作家として評価されています。
生涯
プレヴォーは裕福な家庭に生まれ、若い頃から聖職者としての道を歩み始めましたが、修道生活に適応できず、何度も職を変えながら放浪する生活を送りました。その後、軍隊に入隊し、戦争に従軍した経験もあります。しかし、最終的には文学への情熱に駆られ、作家としての道を歩むことを決意します。プレヴォーの作品は当時のフランス社会や道徳観念に挑戦する内容であり、一部は発禁処分にされるなどの影響を受けましたが、彼は物語の執筆を続けました。
代表作『マノン・レスコー』
プレヴォーの代表作である『マノン・レスコー』(正式タイトルは『騎士デ・グリューとマノン・レスコーの物語』Histoire du chevalier des Grieux et de Manon Lescaut)は、1731年に発表されました。この作品は、若い騎士デ・グリューと美しい女性マノンとの恋愛を描き、当時のフランス社会に大きな衝撃を与えました。
あらすじ
貴族の青年デ・グリューは、魅惑的な女性マノンに恋をし、彼女と一緒に逃避行を始めます。しかし、マノンは愛と同時に物質的な豊かさや贅沢を求める性格で、デ・グリューの純粋な愛が次第に困難な状況に直面します。二人は犯罪に手を染め、裏切りや困難に巻き込まれながらも、激しい恋愛関係を続け、最終的には悲劇的な結末を迎えます。
テーマと影響
『マノン・レスコー』は、愛と欲望、善と悪の境界が曖昧になる人間関係をテーマにし、登場人物の心理を繊細に描いています。デ・グリューの無償の愛と、マノンの享楽的な性格は強い対比を成しており、当時の社会の道徳観や価値観に対する批判も含まれています。この作品は、その後の文学作品やオペラ、バレエの題材にもなり、プッチーニやマスネによってオペラ化されるなど、多くの芸術家にインスピレーションを与えました。
プレヴォーの文学的影響
プレヴォーは恋愛小説や心理小説の先駆者として知られ、その影響は19世紀から20世紀のフランス文学に広がっています。彼の作品は人間の複雑な感情を描き出し、特に恋愛における矛盾や自己破壊的な面を表現しています。プレヴォーの視点はリアリズムやロマン主義の先駆けとして評価され、スタンダールやプルーストなど後の作家たちにも影響を与えました。 -
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本全体を通して、晩年のルソーの孤独や苦しみについての考察やそこに至るまでの事情が語られている。暗い内容なのに、ぐいぐいと惹きつけられ読んでしまう不思議な作品。 ルソーと言えば、一般人には「エミール」が有名である。「孤独な散歩者の夢想」というロマンチックなタイトルと本の薄さに、読めそうな気がして購入。しかし、読み始めてビックリ!全編、自らの孤独や苦しみについての考察とそこに至るまでの事情が語られているのである。
ルソーは、「エミール」を発表したことによってキリスト教会が幅を利かせる世間から迫害され、スイスに逃げる。しかし、そこでも著作がもとで、カルヴァン派から激しく非難され、西ヨーロッパを転々としなければならなくなったそうだ。
あくまでルソーの言い分を書いたものなので、真実は別のところにあるのかもしれないが、仮にこれらの内容が事実であるとすると、バッシングやディスり、ハラスメント、いじめ等々、大変な目に遭っている。キリスト教の影響下、言論の自由がなかった時代、大変な苦労をしながら生きていたのだと思う。
文章は、訳者の青柳瑞穂氏のおかげもあるのだろう、哲学的だが論理的で読みやすい。ルソーの心の襞が手に取るようにわかるのである。また、本の最後には青柳氏のルソー論が27ページにわたって掲載されているが、これがまた素晴らしい。
「大建築物は、小ぎれいな数寄屋普請と違って、そばで見ると部分的には汚らしい。しかし、一世紀、二世紀、後退して、遠くから全体的に眺望するとき、初めてその壮麗な姿を見せる。預言者、使徒、宗教の創始者、世界の改革者を理解しない者は、モーゼを、聖ポーロを、ルーテルを、ロベスピエールを理解しない者は、ジャン?ジャックを理解しないだろう。」p.215
私はルソーの記述の上っ面しか理解できていないと思う。しかし私にとって、この本との出会いは僥倖と言ってもいいくらいの出来事であった。良ければ、皆さんも読んでみてください。 -
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「社会契約論」で有名なルソーが過ごした、孤独な晩年。
そこで彼が散歩しながら考えた、「自分自身」について。
自分の内面を深く深く掘り下げる、孤独な旅路。
「彼らの哲学は他人用なのだ。僕には自分用のものがあればいい。」
「自分が学ぼうと思った時には、それは自分自身を知るためであって、
教えるためではないのである。」
など、俗世的に生きる人々(彼を疎外した人々?)に批判的意見を飛ばします。
自分の内心を居所とする人間が最も強い、とするかのように。
こうした姿勢は独善的、自己中心的と批判されそうなものですが、
まあ、どっちもどっちでしょう。ただ、
「判断を練りに練ったうえで、その感情を選択することが肝要だ」
という一行には共感しました。
感情を選択できるという境地に至るほど自分を知ることができれば、
心強いように思います。 -
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主人公デ・グリュウはおバカだ、友人チベルジュはいい人だ、マノンもおバカだ……そう思い、つっこみを入れつつも、だんだんとデ・グリュウに同情し、同調し、マノンに魅力を感じるようになってしまいました。最後に死んでしまうからでしょうか。まあ、もし何だかんだで生き続けたら、たぶんつまらない話だったはず。
しかし、美貌によるハロー効果ではないかと思うほどにデ・グリュウはマノンを「愛して」いるんですね。その愛のもとには何もが正当化されてしまう。その愛がよくわかりました。さすが心理小説。マノンが「運命の女」たりうるのは、視点がすべてデ・グリュウのものだからでしょうね。
最後まで飽きさせず読めた作品でした。まさに劇的。(特にアメリカの描写、効果については……) -
Posted by ブクログ
私が持っている新潮文庫版、同じ青柳瑞穂訳ですが、昭和56年36刷。アベ・プレヴォーって筆名(通り名?)は、Abbe(僧侶) Prevost だったんだ、何も知らずに読んでるものだなぁ、おそろし。男(とその人生)を破滅させる女の代名詞のようなマノン・レスコー(昔むかしのわが国の流行歌の歌詞にもあったような記憶が…)。オペラ「マノン」はプッチーニですね。プッチーニよりもヴェルディのほうが高尚だということになっているから「ヴェルディが好きです」と言ったほうがイタリアでは無難だよ、という話も聞いたことがありますが、私はどちらの音楽も好きです、それぞれに。どっちか選べと迫られたら、プッチーニかも。あの「泣き」のカタルシスが最高です。それで、マノンですが、そういう意味でもプッチーニに相応しい。アベ・プレヴォー自身の経歴が、さらにそれを超えている。同じ(種類の)情熱を有する男性を、何人か知っているつもりです、彼らの人生は破綻してはいないけれど。こんな女、実際には絶対にいないだろう、と、冷静になればそうも思えます。けれどもそういう女性像を描き出した人がいて、そこから何かの感懐を得る人々(男女問わず)がいること、そこにある「真実」が潜んでいるように思われます。
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青年グリュウは美少女レスコーに一目ぼれをし駆け落ち。男たちの嫉妬に2人は追い詰められ、彼女自身も欲望に忠実だったことからアメリカ追放への一途を辿り、さらにその先にも破滅への道は続く。
オペラやバレエ等で長く人々に愛されている作品なので読んでおきたく。「ファム・ファタール(男たちを破滅させる女)」を描いた初の文学作品とのこと。冒頭から一貫して男女の恋愛を描きながらも、互いを想う切なさや悲恋といった儚さは全く感じられません。
愛する女性を追いかけ、振り回され、振りほどかれ、それでも追いかけ…グリュウは愚直なほどに彼女を求め愛します。対してレスコーは自他ともに認める美貌を持ち合わせていますが、享楽的で悪気なく人を欺き振り回す性格で、決して上品とは言えない口調や発言も口にします。そんな2人の恋愛を、これぞ愛だと親しみを感じるか、滑稽だと見るか…ほとんどの方は後者なのではないでしょうか。
「恋とは盲目で、刹那的なものである」
そんな結論に至りたくなるほど、最後のグリュウ帰省の場面は彼女を失った哀しみよりも自分らしさを取り戻した清々しさを感じてしまいます。