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Posted by ブクログ
「水たまりに映じた我がご面相は、絶え間なく生ずる波紋のせいで歪みまくり、ぴちゃぴちゃいう微かな唸り声を発しながら自問自答を繰り返している」
すごい表現だと思う。現状を説明しているだけでなく語り手が地面に生まれている水たまりを見てしまうほど、前を見ることなんてできないような心理状況であることが分かる。娘を一目見るため、端から見たら犯罪まがいの行動をして見せているにもかかわらず、自らの企みは何一つ成功していないどころか、その企み自体に大きな欠点があったのだ。何がいけなかったのか、どうすれば上手くいくのか、なぜパパの権利を失ってしまったのか、なぜこんなにも愛している娘の顔一つ見られないのか。幾度も行ってきた、現状を作り出してしまった自らや他者の行動の振り返りは語り手にとっても、歪みを有し唸りを上げてしまうほど辛いものなのだろう。
語り手が写真の一枚でも見たことのないIの少女時代を容易に思い浮かべられているが、実際に彼と同じような嗜好を持つ人々にとって、それは本当に容易なのだろうか。少し気になるな。これが健全な喩えなのかどうかは些か怪しいものがあるが、幼少期に親戚の叔父さん叔母さんから、大人に成長したら絶対に異性にとって魅力的な顔立ちになりそうだねって言われるのと同じなのか。人が成長していく過程を大人は知っているからこそ、子供がどのように成長していくかを想像でき空想の大人を創造できるのだとすれば、自身を含む複数の子供の様子を知っているかつ興味がある人は、語り手のように大人から逆算して顔を合わせたことのない子供を創り出せるのかも知れない。本文中の当該箇所を読み、すごいことしてるなと思ったけど、こう考えてみれば世間で行われており、まったくもって問題の無いとされている考えと大差無いのかも知れない。確かな小差はあるんだけども。いや、やっぱ大差だわ。そんな感じで小児性愛者の片鱗を見せる語り手なんだけど、なんか足りない。それを意図的に見せないようにしているのだろうか。
ちょっと凄すぎる作品だな(小並感)
物語の全ては語り手にとってことごとく残酷。本作のフィナーレは誰にとってのフィナーレなのか。今のところは誰のものでもないと思えてしまうが、本昨のタイトルは間違いなく『グランド・フィナーレ』なのだから、誰かにとってのフィナーレなのだ。そう考えると、物語終了時点で既にフィナーレを迎えているといえる。この先、語り手がどんな行動をしたとしても、迎える結末は同じ。そう言えるだろう。そう言えてしまう。女優二人による壮大なフィナーレは決まっている。語り手の介入があったとしてもその決定は覆ることのないんだろうな。この考えが間違っていると一蹴してもらいたい気持ちがあるが、そんな生やさしいものなんかじゃないと信じている自分もいて、そもそも少女二人の結末への道を切り開いたのは彼女たちではなくて、世間含む他人なのだ。だからこそ、彼女たち以外の人間にそれを願う資格なんて持ち得ないんだよ。
物語の終演は、麗しく清廉な友情で結ばれた二人の女優による短い演劇の開演を告げてしまったのだ。
言葉にならない衝撃や感動が各所に散りばめられ、理解したくないのに理解しようとしてしまうほど美しい言葉や演出で描かれる本作のフィナーレは、本書を過去最大の読書体験であったと大きく胸を張って言わせる。残り数十ページを迎えたタイミングで、「本当に残りわずかなページで結末を迎えられるのか」と心配になったが、当然の如く杞憂に終わった。そこから先を描く必要が無かったからだ。
旅先のこぢんまりとした古本屋で出会った本書が、今後の人生においても大切にしたいと思えるほどの衝撃を与えてくれたという事実もまた、私の人生に大切な記憶として刻まれることとなるだろう。
Posted by ブクログ
もうすぐクリスマスですね。
ー 二〇〇一年のクリスマスを境に、我が家の紐帯は解れ…
芥川賞受賞の表題作は、ロリコン趣味が露呈して、妻と最愛の娘に去られた男の再生の物語。
とは言え、反省はしてるんだろうけど、主人公はきっと変態なままだ。
気持ち悪いまま読み終えた。
阿部和重さんは、そんな病んでいる男を一人称でドライに描き上げる。
村上龍さんは芥川賞の選評の中で「少女に対する偏愛という、いろいろな意味で危険なモチーフについて、作者が踏み込んで書いていないのが最大の不満だった」と言っているが、そこがこの小説をかえって不気味にしている、と思った。
主人公の内面については薄っぺらく描かれてるので、引き起こした事象から主人公のヤバさを読者は受け止める。なんかね、もういや〜なもやもやが残るんですよ。
人にあまりおすすめはしたくないが、僕はこの短編にかなりやられました。
そして、meguyamaさんもレビューでおっしゃってたけど、収録された最後の短編の「20世紀」と「グランド・フィナーレ」がループしているように思えて…
読み終えて、さーっと全身に鳥肌が立ちました。
人生って、ほんとにコワイ…
あと、「グランド・フィナーレ」の作中に登場するジャズ曲、アーチー・シェップの「Quiet Dawn」は危なっかしい少女のヴォーカルが心をすごく不穏にさせます。
くれぐれも、この曲を聴きながら「グランド・フィナーレ」を読まないように。
おかしくなります。
Posted by ブクログ
終わり、それとも始まり……神町を巡る物語「グランドフィナーレ」という名の終わりの始まり。毎日出版文化賞、伊藤整賞W受賞作「シンセミア」に続く、二人の少女と一人の男を巡る新たなる神町の物語。
自分の過去をまるで他人事のように小さく語る主人公。刑事事件になっていないからなのか、それとも思考を停止しているだけなのか。クライマックスもこじんまりしていてサイコパス感が出ていて良かった。阿部小説は文体にかなり特徴があるらしい。とある芥川賞作家は、この作品についてこう書いていた。「多くの読者は疲れるだろう」と。だけどグランドフィナーレを読み終えた直後の感想は「普通に読めるし面白い」だった。
Posted by ブクログ
とても重いテーマだった。
児童性愛者の主人公。
なんだかこう、はじめてこういう人の主観にたってみて、きっと子どもに対するときめきみたいなものは抑えられないんだろうと思い、なんと少し同情の気持ちが湧いてしまった。
子どものことはみんな、好きでしょう?それを、性的に好きになるかどうかって、意外と紙一重だったりしないのかな………
主人公の異常性が露骨にえがかれていなかったからか、彼の子どもへの愛情が強いからか、2人の女の子が非常に愛らしくえがかれていたからか、案外ぽろっとハマってしまうものなのかもしれないと感じた。
主人公の男性的な事実のみの思考、離婚やドラッグや法に触れる仕事といったハードな現実。これに対応するのが、子ども達の純粋無垢な姿なのかな。これだけキツイ汚い世界に生きていると、より子どもというものが輝かしい存在に思えてくる。
そして自殺、という行動について。
「愛する人に自殺してほしくない」
という気持ち。
主人公はIからこれを突きつけられ、終盤では自分がこの気持ちに駆られて動く。
なんとも……
子どもを愛することをやめられないから避けようとしていた主人公にとっては、子どもを自分の欲望によって傷つけることなく、幸せに、生きていってほしいと思う行動、そんな自分との折り合いの付け方はハッピーエンドじゃないだろうか。
終始主人公は愛情深く、意外と、憎めなかったんだよな。
あまり評判よくなさそうだけど、終わり方含めてあたしは含みのある現代小説でよかったなぁと思いました。キモイ暗いテーマだけど、主人公が無機質なので割と軽くなってる印象。
阿部和重の主人公の執着思考は何だか読んでて臨場感がある。あと漢検の勉強になりそうな本笑。
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