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明治9年、宗教と文化への関心から来日したフランスの実業家ギメ。憧れの地を人力車で駆け巡り、近代日本の目覚めを体感するとともに、消えゆく江戸の面影に愛惜を募らせてゆく。茶屋娘との心の交流、浅草や不忍池に伝わる奇譚、料亭の宴、博学な僧侶との出会い、そして謎の絵師・河鍋暁斎との対面――。のちに東洋学の拠点となる美術館の創始者が軽妙な筆致で綴った紀行を新訳。詳細な解説、同行画家レガメの挿画を収録する。
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Posted by ブクログ
さりげなく顔を出す「例の臭気」を含め、明治初期の我が国の真の姿が挿絵とともに生き生きと描かれていて実に心地よい。
・エミール・ギメ「明治日本散策 東京・日光」(角川文庫)は書名の通りと言ひたいところだが、「散策」が少々違ふやうな気がする。品川、浅草、芝、銀座、ギメはこのあたりを歩いたのだが、特別の目的もなく歩いたとは思へない。本書とはあまり関係のないことだが、個人的には気になるのである。今風に言へば、本書は一観...続きを読む光客の明治日本の見聞記である。ギメは明治9年来日のフランス人である。江戸から明治に変はつた直後である。その日本を日本人の案内で見て回るのである。これはやはり散策とは違ふ……と書いたところで原書名を見るとpromenadesとある。散策である。ご本人のギメ氏は散策、あるいは散歩でもする程度の気持ちであつたらしい。この読み易さは訳文にもよるのだらうが、それ以上にかういふ著者の気持ちの反映もあるのだらう。軽く読める。ほとんど江戸時代とまちがへさうな絵も良い。これがなかつたら画竜点睛を欠くことになつたであらう。そんな書がおもしろくないはずがない。 ・明治9年と書いた。神仏分離令は明治元年に出た。所謂廃仏毀釈が行はれたのはこの後であらうか。本書中に廃仏毀釈に関はる記述がいくつかある。「だが、なんと残念なのだろう! この地も芝と同様に、主要な伽藍が消失しているのだ。芝では六年前の不寛容主義〔神仏分離令による廃仏毀釈〕のために、上野では十年前の内戦〔上野戦争〕時に、その姿を消してしまったのである。」(62頁)彰義隊の戦ひの時、寛永寺は壊滅的な打撃を受けた。芝は増上寺である。 「増上寺本堂は、自国の人々の迷信に苛立った二人の学生によって、一八七三年に鐘楼もろとも焼かれてしまった。」(150頁)これは廃仏であつた。これに対してギメは、「教育を受けた日本人が、自国の信仰を恥じるのは、奇妙はことである。(原文改行)これはあくまでも私の考えではあるが、日本が西洋思想に 関心を寄せるようになったとき、それを先導した日本人たちは、うわべだけをみて劣等感に駆られすぎるという誤りを犯したのではないだろうか。(中略)彼らは、さしたる理由もなく、それらを放棄してゐるのである。」(同前)これは神仏分離の意図を理解しない言であらう。神仏分離とそれによる廃仏毀釈は平田国学等の影響によるところが大きい。「自国の信仰を恥じ」てゐるのではなく、「自国の信仰を恥じ」ないからこそ伽藍に火を放つたのである。フランス人のギメにはこのあたりは理解不能であつたのかもしれない。更に日光には、「現在の国家宗教となった神道に戻る傾向にあり、その主要部分は仏教から完全に分離している。」(291頁)とある。これは東照宮、二荒山神社と輪王寺の関係を言ふのであらう。このやうに、神仏分離直後の寺社の様子が書かれてゐるのは珍しい。私達は書物でしか神仏分離を知り得ないが、ギメは神仏分離を実感としたのである。同様にギメが実感したのは音であつた。日光での夕方の勤行である。 「それにしても、大勢の人間の声による、この種のリズミカルで半音階のとどろきは、大自然の雄大なるハーモニーを彷彿とさせるものだ。(中略)不思議とここでは、いかなる不協和音も耳障りではない。」(340頁)これは読経の様子である。私もかういふのはきいてゐる。そして不協和と感じることなく、むしろ心地よい響きだと思ふ。ギメもさう感じたらしい。読経や声明の響きはさういふものであると思へる記述である。ギメは音楽に造詣の深い人であつた。いや、本当はそれだけの人ではない。一大コレクターであつた。私財を投じて美術館や博物館を作つてしまつたのである。そんな人の日本紀行、全国版でないのが惜しい。
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エミール・ギメ
岡村嘉子
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