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Posted by ブクログ
電車に乗っていると、一目でわかる小学生がいる。
何が一目でわかるかというと、彼らは「お受験」をした子供達なのだ。
暁星、雙葉、白百合......
よく、そんな彼らを見て、かわいそう、という人がいるが、私はそれよりも金持ちの家の子なんだろうな、と思っていた。
私自身私立の中高を出ており、塾通い、入学金、授業料にいくらかかるか、大まかではあるが、知っていたからだ。
本書では私立小学校を通して初等教育を考える。
金持ちか否か、そういった感覚的なもので論じるのではなく、史料を通じて公教育について問うている。
そもそもどうして私立小学校が設立されたのか、このことについては第2章で触れられている。
もともとは私立小学校の方が数が多く、公立小の代用とされてきた。
つまり、一ランク下とみなされていたのだ。
現在私立小学校では、「初等学校」「初等部」という名称のものが多い。
これは戦争によって国民学校ではない、と位置付けられ名称を変更させられた経緯があるのだそうだ。
そして戦後の改革によって再び小学校に改めよという文部省(当時)の一方的通達に対する反旗だった(成城学園)ことを考えると、今の多くの人が感じているであろう「お高くとまった」学校であるというのは大きな勘違いであると言わざるをえない。
第4章では「お受験」「お入学」というイメージについて取り上げられている。
バブル期は、自分より高い階層に行こうと皆が躍起になっていた。
その中で、小学校から私立、つまりブランドを身につけさせるのは、身の程知らずと捉えられていたのではないだろうか。
それは、私立小学校受験の実態をマスコミも含め理解不足だったからだと筆者は指摘する。
父親の稼ぎ、母親の学歴、両親の年齢、兄弟の有無、そういったものもきちんと出しながら私立小学校を論じているのは傾聴に値する。
確かに「金持ち」家庭が多いのは事実である。
しかし、それを事実としながら、では、公立教育はどうしていけば良いのかというところにまで問題を提起している点は教育に関わる全ての人にとって大切な問題である。
当事者(保護者、子)、教育者、為政者にとって、大事なことは、私立公立の比較だけではない。
最終的には、教育を受ける子供にとって最適なものを与えられるかということだ。
本書に挙げられた歴史を、俯瞰しながら考え、知ることで得るものはそれらすべての人々にとって貴重なものとなるだろう。
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