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Posted by ブクログ
「月も隈なきは」が初出されたのが2018年秋でしょ?!もう辻原登さんのファンにならない訳がないです。
この本を手にとったきっかけが文學界2月号で「最近独特な手法で書かれている小説が多いけど、まさに小説とはこのことお手本!」だっけかと小説を書きたい人向けに阿部公彦さんが力説されていて積読していた一冊です。
内容をざっくりお伝えするとすれば、フランス文学者・中条省平さんのお言葉「辻原登は現代日本の純文学を代表する作家で、…ここ数年、純文学とエンタティンメントを途方もない筆力で融合させるクライム・ノヴェル(犯罪小説)の執筆に力を注ぎこんでいる」が1番伝わりやすいと思います。
私はSFが大好きなのでアニメや「子供の科学」など発行されている誠文堂新光社の二間瀬敏史さん「タイムマシンって実現できる?」を読んで物理をわかった気になってみたり、いつも目にするニュース番組に出ている落合陽一さんをきっかけに知った哲学者・清水高志さんのツイートを追ってみたり、私の精神的ヒーロー保坂和志さんの「ハレルヤ」(新潮社)「読書実録ーーバートルビーと人類の未来」(集英社「すばる」3月号)などで哲学の世界の入口に迷い込んでみたりしてようやく、6ヶ月を経て読めるようになった小説です。
「不意撃ち」は全5作からなっています。購入当時の勢いで読み進めてもわたしには2作目の「学校感」が居心地よくなくてその感覚から本に蓋をしてしました。この「学校感」を綺麗に解きほぐしてくれたのが上の保坂和志さんの2作品でした。あとは「戦後日本の「独立」」(ちくま文庫)P.456より松本健一さんと竹内修司さんの「憲法…「国民主権」は民主主義理論で、「皇位は世襲」といので反民主主義で、いわば生物学理論です。全然整合性なんかないでしょう。」「なるほど、必ずしも厳密に論理の整合性をとる必要はないと考えればいいのか。」というかけ合いをきっかけにこの「不意撃ち」を楽しめるようになりました。
それから最終章「月も隈なきは」に入るまでは一晩かかりました。前章の「Delusion(妄想)」からあまりにも違いすぎて、つまりそれがより現実的な学校感的な普通の風景描写過ぎてSF好きな私にとっては一晩寝かざるをえなかったわけです。と、「そのこと」に気づいたことをきっかけにラストの展開の黙示録(インテリジェンスに許された飛躍的思考のエンタメ)的なストーリーに気づかされ絶句、涙せざるをえませんでした。
この本を読んで実際に自分の中で変わったことと言えば、ドゥヴィッシーの「月の光」よりベートーベンの「月光」を好きになったことかな…。
Posted by ブクログ
ベテラン作家による5本の短編集。連作ではなく、共通するのは主人公たちが「不意打ち」をくらって完結すること。バッドな不意打ちもあれば、ハッピーな不意打ちもある。
人間は将来の計画や希望を立てて、それに向かって行動するが、ときにはどうしようもない運命がその企みを一瞬にしてご破算にしてしまう。結局、現実はなるようにしかならない、この世は不意打ちの連続だ。殺人だって、失踪だって、大地震だって突然、予期せずにやってくる。
と、読んでいて不意打ちだらけの世の中をネガティブに考えてしまいそう。が、作者が最後に用意した短編「月の隈なきは」で救われた。こんな不意打ちもあるから、人生はおもしろいし、やめられない。
ところで、なんでタイトルは「不意打ち」じゃなくて「不意撃ち」なの?
Posted by ブクログ
人生には時折、予測不能な出来事がある。出会い頭の事故のような「不意撃ち」が、時として、人生の流れを大きく変えていく。そんな短編集。
「渡鹿野」。デリヘル嬢のルミと、送迎ドライバーの左巴。顔見知りではあるが、店の決まりで特に話をしたこともなかった2人は、仕事中に遭遇したある事件がきっかけで連絡先を交換する。2人は徐々に、互いの過去や将来の夢を語り合うようになる。やがてルミは姿を消すが、しばらくして、お伊勢さん近くの島にいるとメールが来る。
渡鹿野はかつて売春島として知られた地である。
流れ流される男と女、風に舞って消える儚い縁。
「仮面」。神戸に住む甲斐。かつて、神戸の震災の際にボランティア活動をし、NPO法人を立ち上げた。だが時を経て、資金繰りに追われるようになっていた。そこに東日本大震災が起こる。ともに運営に当たっていたかすみ、そして2人のボランティアを連れ、東北へ向かうことになる。追い詰められていたかすみには、1つの企みがあった。それに薄々気づきながらも、かすみに押し切られる形で、甲斐は被災地へと赴く。
因果応報と言えばその通りだが、甲斐らの旅を締めくくるのは鮮烈で皮肉な幕引きである。
「いかなる因果にて」。主人公は作家である。以前、彼の目に留まった事件に、「元厚生事務次官自宅連続襲撃事件」があった。元厚生省事務次官の自宅が襲撃され、家族を含めて2人が死亡、1人が重傷を負うという事件である。犯人は子供の頃、飼っていた犬が誤って野犬狩りで殺されたことを恨んでいた。その管轄が厚生省だったと誤解した(実際には環境省)ことから起こした事件で、いわば何の責任もない職員が殺傷された形である。これとは少々異なるが主人公にも昔、「何の因果で」と思うような経験があった。正確にはそれは同級生に起きたことであったのだが。
あるものが見れば、そこに確かに「因果」はあるのだが、他人からすればまったく関係がわからないような出来事がときにはある。波一つない水面下での事件をじっと見つめる作家の目。
「Delusion」。大学病院の精神科を1人の女性が訪れる。宇宙飛行士の猿渡由紀子である。由紀子は宇宙でのミッションを終え、地球に帰還していた。実は彼女は宇宙から戻って以来、「予知能力」のような不思議な力を持つようになってしまったのだと言う。
舞台を近未来に設定した少々SFめいた作品。アイディアはそれなりにおもしろいのかもしれないが、個人的には、作品としてあまり成功しているようには思えない。
「月も隈なきは」。奥本さんは出版社を定年退職した初老の男性。特に大きな問題もなく勤め上げ、妻との夫婦仲も良好である。妻はカルチャーセンターの講師を務める傍らボランティアに精を出し、娘もNPO法人で生き生きと働いている。奥本さんは将棋や山歩きにいそしみ、悠々自適の年金生活だが、彼には1つ、秘めた願いがあった。
「花はさかりに、月はくまなきをのみ見るものかは」(徒然草・下・第百三十七段)。
果たして、欠けることのないことは本当に「幸せ」なのだろうか。人生にはどこかで「運命の不意打ち」を食らうことがあるのではないだろうか。
どこか現実味のない不安に駆られる男。そんな彼が「らしくない」行動に打って出るのだが。
結局は妻と娘の方が上手であったというような、幾分ユーモラスな味わいもある。本書中では最も後味がよいように思う。
現実の事件や、映画、文学作品が時折クロスオーバーする。いわば「借景」のように時代背景や作品世界も取り込んでいるところがこの著者の魅力の1つであるのかもしれない。
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小説・文芸
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