Posted by ブクログ
2015年09月19日
稀代の一流の読み手である北上次郎が、勝手に!書いた文庫解説集。日本の小説12本に海外の小説16本に書き下ろし2本を加えた全30本の文庫解説を収録。巻末には、池上冬樹、大森望、杉江松恋、北上次郎の四人による文庫解説スペシャル座談会も収録。
全30本の解説を読むと、対象となる文庫本に留まらず、同じ著者...続きを読むの他の作品や他の著者の同じ系列の作品などにも触れるなど、非常にマニアックな内容になっている。このような本の世界の広げ方は、本好きにはたまらない。
個人的には、この解説集で紹介されている本の半数は既読作であるのだが、未読作で読んでみたいと思ったのは、沢木耕太郎の『波の音が消えるまで』とハーバート・バークホルツの『心を覗くスパイたち』の2作であった。
…ここからは、北上次郎の文庫解説の幾つかに触れてみたい…
『絆回廊 新宿鮫10』大沢在昌。解説というよりも、新宿鮫論といった方が良さそうな、なかなか鋭い切り口の内容。シリーズの第1作から第10作までを辿りながら、他の大沢在昌作品も例に挙げ、新宿鮫シリーズを総括している。
『水上のパッサカリア』海野碧。これまで、海野碧作品を高く評価する人には余りお目に掛かったことはなく、従って、これは極めて貴重な解説ではないだろうか。個人的には女性作家ながら、高いレベルのハードボイルドを描く素晴らしい作家だと思っている。しかし、残念なことに大道寺勉を主人公にしたハードボイルド・シリーズは、この『水上のパッサカリア』を皮切りに『迷宮のファンタンゴ』『真夜中のフーガ』の3作で終わっている。このシリーズ以外でも、海野碧作品は『アンダードッグ』『篝火草』の僅か2冊しか無く、この寡作の度合いはデビュー作の『水上のパッサカリア』が低評価だったことに起因しているのかも知れない。
『抱影』北方謙三。北上次郎はこの作品を絶賛しているが、自分は駄作だと思っている。昔の北方謙三の作品は読んでいて、身体の中に熱いものが滾るようなエネルギーを感じたのだが、この作品は恋愛小説か、変態小説か、少なくともハードボイルドではない、といった内容だった。読み手によって、受け止め方、評価が分かれるのは当たり前であるのだが…
『夜の終わる場所』クレイグ・ホールデン。北上次郎が解説しているように傑作である。描写力と造形力が群を抜いており、ストーリー全体の雰囲気が良い。この作品に続く、『リバー・ソロー』『この世の果て』『ジャズ・バード』も傑作であったが、10年以上も新作が翻訳されていないのは残念なことだ。
『死にいたる愛』デイヴィッド・マーチン。なかなか、この作家を評価する人も多くはない。扶桑社海外ミステリーが元気な頃の傑作の一つ。『嘘、そして沈黙』『誰かが泣いている』『死にいたる愛』『過去、そして惨劇の始まり』と全て面白い作品だった。この作家も翻訳が途切れて久しい。
『暗殺者グレイマン』マーク・グリーニー。近年の冒険小説の傑作中の傑作。蘇る冒険小説全盛の頃。『暗殺者グレイマン』を皮切りに『暗殺者の正義』『暗殺者の鎮魂』『暗殺者の復讐』と次々、シリーズ作が翻訳され、今後の翻訳も楽しみなシリーズ。