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Posted by ブクログ
無縁社会について知りたくて読書。
おそらく本書を手にとったのは、あとがきで紹介されるNHKの「無縁社会」を見たことで潜在意識が選ばさせたのだと思う。
確かにゾッとするドキュメンタリーだった。本当にこれが日本の現実なのかと目を疑う内容だと記憶する。働く場所、知人、親戚、友人などの縁がない無援状態で苦しんでいる人たちが、たくさんいるという報告。たとえ賃金や待遇が悪くても海外で働くことで、少なくても人と人との縁は復活させられるのではないかと感じた。
閑話休題、本書は、芸能人や著者の周りの人の孤独死を例に上げ、孤独死、1人で死んでいことはどういうことかを述べている。
確かに当人は、まだいいけど、発見するほうが大変だと思う。トラウマとなったり、PTSDなどを発症する可能性は容易に想像できる。部屋の整理なども考えると非常に氣が重い。発見する側、整理する側からの視点はあまり考えていなかったので、いい氣づきとなる。
葬式をセずに直接火葬することを直葬と呼ぶことは初めて知る。
白洲次郎の遺言ではないが「葬式無用、戒名不要」は理想的かも。実際は、白洲次郎の父親の遺言を真似したものだそうだが。
12年前に書いた遺言書を今年中に書き換えしようと思う。
読書時間:約45分
Posted by ブクログ
「生き方」の方は読んでない。読もうと思ってるうちにベストセラーになって、そうなると読みたくなくなるという全く天の邪鬼としか言いようのない悪癖が出て未読なのであった。これは二番煎じ?(一番は知らんけどさ)と思いながら何となく読み始めたら、いやあこれが面白くって一気読み。
最近話題になった「孤独死」についての考察である。一人暮らしの女性の間で孤独死に対する恐れが広がっているという。そもそも「孤独死」とは何か。その実態は。人はどう死んだらいいのか。自らの経験を交えて実感的に語られているので非常に読みやすく、死というものをあらためて考えさせられた。
結論的なものは特に目新しくはないと思うが、私はたいそう励まされた気になった。「死に方」なんてその人とは何の関係もない。いつ死ぬか、どう死ぬかなんて誰にもわからない。本当にそうだよね。とりあえず今日を生きる。
Posted by ブクログ
孤独死という言葉が使われる様になったのは意外と古く、1960年代には「孤独死老人ゼロ運動」なるものが存在し、当時から独居老人が独りで亡くなる事が社会問題化していたようである。太平洋戦争後の日本が戦後復興を目指す中、中核都市での第二次産業従事者の増加に伴い、子と親が離れて暮らす所謂「核家族化」の増加により社会問題化していったと見られる。近年では阪神淡路大震災で、問題が再び大きく取り上げられる事となる。
私は住宅不動産業と関わりが深いから、特に賃貸物件等での単身者(独居者)の孤独死については社会課題の一つとして関心度は高い。つい先日も会社の同僚の近親者が亡くなってから数ヶ月経過後に発見されたという話を耳にし、身近な所でもそうした亡くなり方が増えてきた事をひしひしと感じる。同世代で未婚かつ子供のいない同僚や友人も多く、いよいよ年月が更に進めば、自分自身がどうなっているか、そのときどうしたいかについても、真剣に考え始めなければならないと焦りも感じる(幸い私には家族がいるが、亡くなる順番までは決められない)。
本書はその様な社会課題である孤独死をきっかけとしながら、筆者自らの死に対する想いや、人の死がそれぞれにとってどの様な受け止め方がされるものか、身近な例を挙げて見解を述べる内容となっている。確かに綺麗に誰にも迷惑かけずに死にたいと思うし、死んだ後、数ヶ月経って発見されるような状況に陥りたくない。だが死とは本人にとってはそれまでの恐怖や場合によっては痛みなども伴うであろうが、死んで仕舞えば後は何もない(はずであるが)だろうから、その後のことは本人には関係ないと言えば関係ない。私も身近な人の死に接することはあったが、亡くなって後に様々な手続きや儀式があり、正直な所、悲しんでいる暇もないといった感じになる。裏を返せば、独り静かに考える時間があったのであれば、もっと悲しんだのではないかと思うくらいだ(勿論悲しい事に違いない)。後に残る人に迷惑かけたくない気持ちは解るが、慕われていればいる程に深い悲しみをもたらしてしまう気がする。そういう事を考えていると、今度はだんだん面倒になって、生きている自分から離れた場所にある(ありそうな)死からは遠ざかろう(考えない)とする自分がいる。きっと恐らく多くの人の感覚はその様なものだろう。だが、いつ自分が病気になったり、年老いていつ逝くかわからない状況になれば、また違った考え方にもなるのだろう。そんな緩やかな気分で、また先延ばしする=生きているというのが今だ。
Posted by ブクログ
誰にでも必ず死はおとずれる。
その時を考える本でした。
でも、どんな死に方をするのかわからないし、死んだ本人にしたら、どうにもできないことだ。
残された人のことも考えて、整理整頓と財産管理をやろうと思った。
くわえてやりたい事は、出来ない言い訳をせずにやろう。
今を精一杯生きたらどんな死に方をしても、本人にとっては他人がどう思おうと満足なのではないかと思った。
私の姑は、必ず死んだら誰が後始末しなければならない。
一人で気ままに過ごしていては、よくないと言っています。だから我慢しつつも⁈結婚して、子供ももってと言っています。全面賛成ではないが、ある意味真実とも思います。
価値感は時代とともに変化すると思うが、人はひとりでは生きられず誰かと関わらなければ生きていけない。
おんぶにだっこではなく、自分で出来ることは自分でした上で、身内も含めて人といい関係を持ちつつ生きていきたい。
お葬式は故人のためもあるが、残された人が亡くなった事実を受け止めるためと考えた事がなかったが、全くその通りだなぁと思った。
Posted by ブクログ
年間3万人の「孤独死」があるという。
香山先生の知人女性2名も、そのようななくなり方をしたとか。
大原麗子、飯島愛・・などの著名人も多い。
先生の診療室にはシングル女性の「孤独死恐怖症」が多々現れるようになった。恐ろしさから逃れるために結婚を考えるとか(それは相手に失礼だろうとワタシは思うけれど・・)
でも、人間一人で生まれ、一人で死ぬのは当たり前となぜ思えないのだろうか。心中しても事故で一緒に死んでも、個人の死は死でしかないのに、甘えた考えではなかろうかと私は思ってしまうけれどね。ほんとに「しがみつかない死」でありたい。
それよりも先生の言うところの自分の死というより
家族などを喪うことへの恐怖心が強い。
それには立派に「予期悲嘆」という精神医学の名称があるとのkと。
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