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名著だと思います。
イギリス帝国がアジアにどのような秩序をもたらそうとし、それはどのような帰結を生んだのか。分かりやすく記されています。戦後はアメリカが東アジア〜東南アジア地域に強い影響力を持ち日本を軸に「海のアジア」と呼べる地域を繋げる意図を持っていましたが、基本的な発想はイギリス帝国と大きく変わらないようにも思います。
濱下武志先生の『香港』などと併せて読むと東アジアと東南アジアが別々の地域などではなく広東省や福建省、香港や台湾を軸に今も密に繋がってることが理解できるのではないかと思います。
Posted by ブクログ
東南アジアをシステムとして動態的視点から描き出した良書である。筆者によれば東南アジアとはアンダーソンのいう「想像の共同体」にすぎず、具体的に指し示すことができないものである。なぜなら、タイ史、ベトナム経済史など、東南アジアを構成する数々の国にまつわる諸説をひとまとめにしたとしても、「東南アジア学」として昇華されないからである。従って、この東南アジアをモデル化しなんらかの学説を唱えたいのであれば、それをシステムないしプロセスとして捉え、誕生から消失までを動態的に描き出す必要があるというのが筆者の主張である。
東南アジア諸国を歴史的な時間軸に当てはめて考えた場合、最終的に抽象化される概念は「多層性」と「開放性」であろう。かつて19世紀初頭の東南アジア諸国において、現在使われている●●人といった呼称は用いられていなかった。当時の東南アジア諸国は王の力を中心とした不明確な範囲によって区切られており、現在の国境線が示すように具体的な範囲を持つものではなかった。つまり、王国を統治する王の力が弱くなればこの範囲は相対的に矮小化し、逆もしかりだったのである。この世界において国家と民族的なカテゴリーは存在しない。当時の東南アジアでは●●人という呼称は単に文化的なものを示す言葉であり、現在のように運命的・先天的なものではなかったのである。しかし、このシステムはヨーロッパ諸国の植民地化によって激変することになる。まず植民地化によって王国は廃止された。このため、東南アジアという地域に具体的な国境線を持った国々が誕生していく。そして、そのように具体的な国境線によって区切られた内部に対しても、ヨーロッパ諸国は制度変革を行っていく。それはすなわち、民族的カテゴリーの形成であった。ヨーロッパ諸国は植民地統治をより容易にするために、植民地が内包していた多様性を、民族的カテゴリーを複数形成することによって管理したのである。これが東南アジアにおける複合社会の始まりであった。
このような統治のあり方はスコットが主張した概念を用いるとsimplificationされたものだということができる。彼の主張に乗っ取れば、国家は統治を容易にするために国民が持つ多様性を無視し、画一的に扱うのである。このようにsimplificationが進展していくと国家と画一化された国民との間に乖離が肥大化していき、最終的には統治政策の失敗を引き起こすというのがスコットの主張であった。
東南アジアではこのように、植民地化によって上から「人為的に多層化」され、また他の様々な植民地から影響を受け、近代国家として形成していったのである。このような近代国家の形成過程における特徴は、東アジアにおける近代国家の形成過程と比較するとより顕著になろう。すなわち、日本では欧米を目標として上から近代国民国家形成がなされ、それは閉鎖的なものであった。この特徴は中国においても指摘できる。このように見ると、東南アジアの近代国民国家形成は「多層性」と「開放性」が特徴であったということができるだろう。
スコットはsimplificationによる国家と国民の間のギャップの問題を指摘したが、東南アジア諸国においてはどうだったのか。それは、これらが独立を勝ち取り、近代国民国家を形成していく中での「ナショナリズム」の問題として指摘されよう。独立後の東南アジア諸国においての最大の目標は強力な国民国家の建設であった。しかし、そこにあるのは旧宗主国によって人為的に形成された民族的カテゴリーであった。従って、独立当初の東南アジア諸国は国民国家形成に必要である「ナショナリズム」を生み出す原動力を欠いていたと言えよう。このような組織をまとめるために、強力な中央集権体制、いわゆる開発独裁が独立後の東南アジアの多くの国で誕生したことは必然と言えよう。
このように、以上のような歴史的経緯を持つ東南アジア諸国が持つ「多層性」と「開放性」という特徴は、本書のタイトルが示すとおり、「海の帝国」という様相に関連付けて考えることができるだろう。
Posted by ブクログ
元・京都大学東南アジア研究センター教授(現代インドネシア史、現在は名誉教授)、現・政策研究大学院大学教授の白石隆の描く広域海洋地域としての東南アジア近代史。
【構成】
第1章 ラッフルズの夢
第2章 ブギス人の海
第3章 よちよち歩きのリヴァイアサン
第4章 複合社会の形成
第5章 文明化の論理
第6章 新しい帝国秩序
第7章 上からの国民国家建設
第8章 アジアをどう考えるか
私も含めて日本人にほとんど知られていない東南アジアの近現代史を、一人の歴史学者が有機的な社会構造変化に注目しながら叙述するという一事をとってみても本書は画期的であり、予備知識無しで理解できる優れた歴史書として幅広く読んでもらいたいと思う。
話の幕開けは19世紀初頭、イギリス人ラッフルズによってシンガポールが建設される時点からである。その時点でのマラヤは、諸王たちによってまんだらのように勢力圏が形成された地域であった。ここにマラッカ海峡を支点としてマレー半島と周辺の島嶼を結ぶ海域は華僑たちによって、ネットワークが形成され、そこにイギリス政府の権威が形成され、海峡植民地がイギリス非公式帝国として成立したのであった。イギリスが望む自由貿易システムが適用されるようになったのである。
19世紀後半になると、これら植民地国家に変化のきざしが見え始めた。マックス・ウェーバーが定義するような正真正銘の主権国家ではないが、それでも一定の意志決定、国家的経済活動を行い現地人を支配する「よちよち歩きのリヴァイアサン」がこの海域に誕生したのである。
ヨーロッパ人官吏は、現地人たちをヨーロッパ的な秩序の下に管理・支配するようになった。そしてこのような管理体制は、現地人たちを、それまで全く意識されることのなかった「○○人」として社会的に定義し、民族に地理的・文化的な線引きがなされるようになった。現地経済を担った中国人や現地商人たちは力をつけるとともに、ヨーロッパ人の文明化の恩恵を蒙る階層を形成し、主体的で民族的な「わたし」という言葉を獲得することになった。
19世紀後半から20世紀前半において、これら植民地国家は、明治維新以来の日本の近代化政策とは全く異なる道ながら、しかし確実に近代国家形成の道を歩んでいたのである。著者が言うように、戦間期のインドネシアで見られたような民族意識の昂揚は、オランダ東インドをしてリヴァイアサンの「警察国家」化を促進させることになるが、それは裏を返せば彼らの文明化プロジェクトが「民主主義」という思潮を現地住民にも浸透させていったことの証明だと言えるだろう。
さて、1945年夏に大日本帝国の軍事力が一挙に東南アジアから消滅すると、この地域に遂に本来的な意味の主権国家が登場することになった。しかし、そこにはアメリカ合衆国という超大国による軍事的・経済的な地域秩序の形成という強い意志が介在していた。アメリカは東南アジアに、アジアの中核である日本の原料供給地、市場としての重要性を見いだすとともに、1950年代後半以後は、インドシナ半島を中心とした軍事戦略を展開した。
1950年代は、植民地国家から独立した各国が国内体制を確立しはじめる時期であったが、多くの場合は独裁的な軍事政権による「権力集中」による政権安定・経済発展が志向された。本書ではタイ、インドネシア、フィリピンの戦後の権力構造が19世紀以来の社会構造の差異から説明されており興味深い。
本書によれば「東南アジア」という地域名は戦後になって初めて名付けられた名前だという。海禁策を推進した清朝や満蒙に勢力伸長を企図した戦前の日本に代表されるような「陸のアジア」に対して、この「東南アジア」はイギリスの自由貿易体制を中心にした「海のアジア」が近代において成立し、そして戦後にいたって冷戦期に中国との交易を分断されたものの、冷戦崩壊後今日に至るまで経済協力体制の構築が進められている。
「民主主義」という点ではまだまだ成熟してはいないが、このような歴史的な経緯を含めた日本の対東南アジア外交の行方を考えさせる書物である。
Posted by ブクログ
何度も読み直したくなる学術書
というのはなかなかない。
ましてや自分の専門分野以外とくれば。
最初に出会ったのは、
大学3年のとき。
「東南アジア地域研究」という講義でテキストとして使われていた。
上海に3年いた間、
私は頻繁にこの本のことを思い出し、
読みたいと何度も思った。
帰国してもう一年が経とうという今、
その願いがかなってこうしてレビューを書いている。
日本も昔はそうだった。
廻船問屋が力をもち、商売も貿易も盛んだった。
人が海よりも陸を中心に生活をするようになって
アジアは変わった。
人は海から離れ、陸を時速300キロ以上で駆け抜け、
空を飛ぶ。
藩や海の曼荼羅は消滅し
リヴァイアサンが巨大になる。
時にはこうやって
感情を育てながら学術書を読むのもいい。
またきっと本棚から取り出して読む日が来る。
Posted by ブクログ
本書は題名が「海の帝国」とあるように、アジアを海上貿易面からとらえている本です。またこれは後書きを読んでわかるのですが、メインは東南アジア地域を俯瞰的、歴史的に分析して共通性や相違性を解説していると言うことで、日本や中国、朝鮮については記述が薄くなっています。ラッフルズのシンガポール建設など基本的に東南アジア地域の本だと思って読んだ方がいいです。
本書を読んでなるほどと思う点としては、東南アジア地域の国々と東アジア(日本、中国)国家の生い立ちの違い。また東南アジア地域でも近代国家になる過程で表面的には同じ独裁政権でも、権力構造ではずいぶん違っていて、それが経済発展にも影響を及ぼしていることなどが明らかになっています。このような俯瞰的かつ歴史的な分析は貴重だと思います。
一方で物足りないと感じる面もありました。それは副題にもある「アジアをどう考えるか」の側面ですが、これについては明確な回答がなされていないという印象を受けます。アジアは欧州とは違う、日本はドイツとは違う、というように「○○のように考えてはいけない」という示唆はあるものの、ではどう考えるのか、という点についてはかなり抽象的で明確なメッセージに欠けているという印象を受けました。
Posted by ブクログ
近代の東南アジアに現れた地域システムを追うことで、今後のアジアについて考える本。寄港地に東南アジアが多い今年の遠航の頭に読めてよかった。
シンガポール建設者でもあるラッフルズが提言した中国人を警戒した東インドの自由貿易帝国と実際の中国人を協力者とした東アジアの英帝国が違ってしまったこと。
ブギス人のこと。
近代以前の東南アジア世界が海のまんだら、陸のまんだらと言うようにいくつかの中心で成り立っており、陸と海のどちらが優勢になるかが中国王朝の盛衰に伴うものであったこと。各地でリヴァイアサンが生まれ、その中で民族が実際的な意味を持ち始める過程。
第二次大戦後、米国日本東南アジアの三角形で構成された新しい秩序や上からの国民国家建設のこと。
最後に日本とアジアの関係がどうあるべきかについて。
十年前の本だけど、この本のベースにある東南アジア論は知らないことがいっぱいあったりで勉強になった。
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