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Posted by ブクログ
怪談のイメージを超え、時代を超えて通用するエンタメの基礎が詰まった古典作品である。お岩と伊右衛門それぞれの感情の動き、岩の呪いの矛先の変遷(殺人サスペンスの感じもする)、終盤のドラマのような躍動感が際立つ。高橋氏の指摘するように、鶴屋南北は「見せ方」を熟知している。
岩がすぐに伊右衛門を殺さず、関係者を一人ずつ呪い殺していく点には、彼女の怨みの大きさがよく表れている。単に死に至らせること以上に、周囲を巻き込み苦しませること自体が復讐となる。
確かに伊右衛門は悪人ではあるが、一方的に憎くは思えない。まず彼の境遇として、主君が勝手に死に、藩が取り潰され、生活が苦しい。その中で仇討ちを考えないことは不忠と謗られる。さらに妻は病み、子どもは幼いとなれば、苛立ちがやがて憎しみに変わるのも理解できる。私は伊藤家の面々の自分勝手さに対する怒りの方が強かった。伊右衛門は何度も断っていたにもかかわらず唆され、岩の顔を潰したことさえ彼の責任とされてしまう。
もっとも、当時は現代ほど相手への配慮が重視されていなかったのかとも思う。家を守ろうとする伊藤家の行動も、主家の仇討ちを果たそうとする源四郎の行動も、理念の上では正であったのだろう。最後に伊右衛門が安らかに討たれる場面には、読者としてわずかな安堵を覚えた。
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