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Posted by ブクログ
バタイユの著作を読みエロティシズム、蕩尽といった概念を学んだわけだが、バタイユはフランス人であるがゆえに、バタイユの考察、あるいはエロティシズム、蕩尽といった概念が日本においてどれほど有効であるのか、かなり疑問であった。そのためこの本を読むことで、日本において富がいかにして蕩尽されていたのかについて考えようと思い手にとった。
平安時代後期には全国の荘園から集められた富が藤原氏、院によって蕩尽される仕組みができあがっていた。そして平氏が実権を握った時代は、海運が整備され、中国から輸入された富をも中央に集められ蕩尽された。だが武士政権が成立すると、貴族は徐々に衰退し、例えば鴨長明の「方丈記」や吉田兼好の「徒然草」などのような質素な蕩尽(それはもはや蕩尽とは呼べないであろう。)の仕方へと変化を遂げる。室町時代の幕府においては、貰ったものを別の人に贈与するという習慣が一般化し、貰いものの有効活用という発想はあっても無益な蕩尽という性格はほとんどなくなってしまっている。西洋同様、時代を経るに従い、一人が全てを蕩尽する仕組みは、徐々に解体していったことが分かる。
蕩尽する中世というタイトルであったが、蕩尽にあまり焦点があてられず、蕩尽を可能にした仕組みに焦点があてられていたのは残念であった。
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