無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで200万冊以上配信中!
一九七〇年代から現在に至るまで、巨大な潮流をつくってきた少女漫画の歴史を、<純粋少女>をキーワードに読み解く。とくに“二十四年組”を中心に花開いた<少女漫画>の魅力とその高度な達成について――大島弓子の『バナナブレッドのプディング』、萩尾望都の『トーマの心臓』、そして岡崎京子の『ヘルタースケルター』を主な手がかりに――戦後文化論として読み解く。少女漫画のヒロインたちが抱える繊細な“怯え”は、大人の論理が強要する安易な成熟の拒否であり、無意識の抵抗だったのではないか。今日に至るまで連綿と受け継がれてきた“震え”や“怯え”の伝達装置としての<純粋少女>たちに、高度消費社会の諸矛盾を、戦後民主主義の限界を乗りこえる可能性をみる。「少女漫画の名作一覧」も収録。
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
Posted by ブクログ
著者の大島弓子好きが伝わってくる!
純粋少女の感性形という大島弓子の『バナナブレッドのプティング』
第1章 大島弓子と『バナナブレッドのプティング』
第2章 純粋少女とは何か?
この2章で、本書のほぼ半分
第3章 萩尾望都と『トーマの心臓』
第4章 岡崎京子と『ヘルタースケルター』
終章 純粋少女と少女漫画のいま
と続く。
もちろん天才、萩尾望都は欠かせない。
そして映画にもなった「ヘルタースケルター」は
大島弓子の『つるばらつるばら』と重なる物語。
「つるばら・・」は整形手術を繰り返し、かつてのパートナーを探すお話。
大島弓子ファン、必読の書。
Posted by ブクログ
まるで大塚 英志の様な題名ではないですか。
でも、あんまり政治よりの話ではなかったです。というか、あんまり一貫した語りじゃない印象です。
大島 弓子論からはじまるのですが、論旨的には、
「昔の大島 弓子は良かったが、『綿の国星』以降の大島 弓子は、イマイチだ」
みたいな感じなのですが、それは、ただ単に、自分がそういう物語に感応できない年齢になっただけにしか見えないんですよ。
わたしは、今、大島 弓子がかいているマンガも、ものすごく深いと思います。
日常の風景の中から、彼女が、なにを切り取ってきているを考えると、
「少女漫画的な空間の緊張感を保ちきれない」
とは、とても書けないと思います。
オメエが、ゆるみきってるんだ!
まあでも、岡崎 京子が、大島 弓子の後継者だというのは、言われてみればたしかにそうです。今までは、そういう目で見たことはなかったから、ちょっと感動しました。
でも、「かわいい」がファシスト的であぶないとかきながら、自分は「純粋少女」のピュアなところをもっていると宣言する男は、やっぱり、ちょっと信用できないと思った1冊でした。
Posted by ブクログ
物心ついた頃には姉の部屋に置いてあった紡木たくの「ホットロード」を読んでいた。あまり深く考えずに、暴走族の様な硬派な生き方には憧れを持ったし、現実として姉の部屋には暴走族が入り浸っていた。隣の部屋で真面目な学生だった自分は、それまで仲良く過ごしてきた姉が壊れていくのが堪らなく寂しかったが、一方で父親に対して悪辣な発言をする姉へ憎悪にも似た様な感情ももったりした。漫画が人の生き方や考え方に与える影響は大きい。幸いにも?ホットロード以外の漫画にほとんど触れず、活字にばかり触れていた自分は、漫画の絵を見て視覚的に入ってくることがない分、想像力という点では幼少期に大いに身についたと今でも思っている。
人はなぜ漫画の世界に惹かれていくか、個人的には今の自分に無い非日常性を求める事で、ドキドキやワクワク感を簡単に得られるからであろうと短絡的に考えていた。週刊少年ジャンプは私も読んでいたが、兎に角読んでて疲れた記憶はなく、寧ろ週に一回、主人公が悪を懲らしめると言うわかりやすいストーリーに爽快感だけを求めていた様に感じる。少女漫画の独特な画風にはやはり思春期の抵抗感を抱いていたし、実際に読みたいとも考えなかったが、そこに果敢に触れていった当時の少年少女の人格形成に与えた影響は大きかったであろうと想像する。
本書はそうした少女漫画を読んできた筆者が、大きく3人の偉大な少女漫画家の作品を挙げて、民主主義的な社会の醸成過程を考察していくというユニークなテーマで描かれている。とは言え、最後まで読んでみた感想としては、民主主義の印象よりも遥かに少女漫画の作者の心情、細かな描写の意図などに迫っていく筆者の姿から、少女漫画と社会の変遷といったタイトルの方が相応しいのではないかと感じた。確かに日本は民主主義の国であり、多数が少数を破って社会が変化していく国だ。それは市民の政治参加を前提にしているから、投票率も低く一部の少数意見が本当に少数意見なのかすら怪しい。その様な社会において、漫画だけでなく小説文学なども当時の社会を色濃く反映した内容に仕上がっていくから、社会の変遷をそこから感じ取ることができる。
本書の秀逸な点としては、その様な社会(当時70年台は男性中心の社会)においても、そこに生きる少女たちが思春期に何を考え、やがて社会に出てからも、周りとの違和感を感じる点、正に歪な形で変化していく社会において徐々に居場所を失っていく姿にまで踏み込んでいるところでは無いかと思う。男であれば成長過程でいつかは社会の厳しい荒波に舟を漕ぎ出し、沈まない様に取り残されない様に戦う以外に選択肢が無い事に早くから気づく、いや諦める。少女たちは若干は夢を見続ける時間と余裕があった時代だから、少女漫画に自分には無い世界観を求め、男よりも長くロマンチックな世界に生存することができた。そこにいる少女たちに悩みがなかったわけでは無い。寧ろ学校や会社などの閉鎖的な空間において、安全安心に生きるコミュニティから除外されまいとする精神的な疲労は男性のそれ以上であったと思う。誰もが憧れる一部上場企業の幹部クラスと結婚して専業主婦の自由な暮らしはごく僅かな女性にしか割り当てられない。大半の女性は自由に使えるお金や出逢い、何より社会的に独立したいと言う意思を持って働いている。
女性の社会進出が進むと共に、漫画の世界に求められるものも変わっていく。ありえない様なロマンチックな世界観を必死に追い求める姿から、寧ろ何処にでもありそうな日常的な出来事に癒される方が精神的には楽になってくる。その様な社会の変化と少女漫画の変遷、作者の時代の捉え方などを1970年代から現在まで一気に追う事で、何か一つの歴史書を読んだ様な感覚に陥る。
筆者はかなりの少女漫画好きである様だが、そうで無い人にもわかりやすく作品背景とストーリーや描写に込められた意図を解説してくれる。これを機に実家に行って姉の部屋に置いてあるはずのホットロードを読み返したくなった。
Posted by ブクログ
大島弓子、萩尾望都、岡崎京子らを通して「少女」というものの存在を検証する。
キーワードを挙げての「少女」の分析が的確でわかりやすい。時代に関係なく「少女」という役割が存在し、生き残る術をさがしていたことが、よくわかる。
何で、今、「ハッピィエンド」が成立しないのかも。
そんなに長くはないけど「かわいい」という言葉の使われ方の変化の考察も、興味深かった。それだけで、一冊本になりそう。
ただ、タイトルにもある戦後民主主義については、もっと掘り下げないと書きたいことが伝わらないと思う。
ただ。少女を通じて「純粋性を持ったまま社会に参加する」」方法のスタートとしての機能は十分、果たせている。
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
ビジネス・実用
小説・文芸
小説・文芸
ビジネス・実用
ビジネス・実用
試し読み
小説・文芸
試し読み
小説・文芸