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Posted by ブクログ
昨今色んなところで「ケア」というワードが飛び交っていて、「ケア」の1単語に雑多なアレコレが詰め込まれ過ぎている感じがして、違和感を抱いている。結局ケアって何なのか、ケアに注目することで何を主張したいのかがよく分からず混乱していた。
同じく岩波新書の『ケアの物語』『ケアと編集』を先に読んだが、フェミニズム等から出てきたケアの話と、医療の臨床等から出てきたケアの話が、自分の中でうまく繋がらなかった。
そこに本書を読んで、先に読むべきはこっちだったと後悔した。それくらい素晴らしい本。フェミニズム文脈からのケアの主題化にフォーカスし、ギリガンの提起からの系譜を順を追って解説し、主張の内容、意義、これまでの議論を丁寧に説明してくれる。
ケアを語る上では必読。
Posted by ブクログ
今更ではあるが…『ケアの倫理』という観点を知りたいと思い手に取ってみた。
岡野八好さんが7年の歳月を掛けて書かれた『ケアの倫理』。
日本の中で、これだけ『ケアの倫理』領域を深く理解をし、学び続けている人はこの方以外には居ないのではないかと思う。
熱の籠った熱い想いを感じざるを得ない渾身の著。
書くのにも時間が掛かったそうだが、読む方も結構、時間が掛かった。
今年の春に一度読み始めて挫折し、11月から再び気を取り直して読み直し、やっと読み終えた。
こんな話は理想論。
と、決めつけてしまうのは簡単。しかし、フェミニズムに限定しなくとも、「必要なケアをお互いに大切に考えて行く社会」はより住みやすい世界になるだろう…くらいに考えていた。
『個人的なことは政治的である。』という言葉に最初は戸惑いながら読んだが、読み終えた今は、その意味がよく分かる。
政治的な部分から変えて行かなければ、日本の社会は衰えて行く一方なのではないか。…日本だけではないかも知れないが…。
コロナ禍の最中にあれ程ケア・ワークの大切さを痛感したというのに、喉元過ぎれば熱さを忘れる。
もう過去のこととなってしまった感がある『ケアの倫理』『ケアの必要性』
切実な体験をしながら何も変わらないのは何故なのか。本当に陰謀論でも信じたくなる状況である。ついこの間の選挙でも、ここに触れた主張をした方は居ないのではないか。
小さなことから少しずつ…などと言っている場合ではない。いつまた新しい災厄が訪れるかも知れない。この本の第5章でも触れられている気象の問題などは、昨今の異常な気象に思いを巡らせば、何かがおかしいと誰もが感じているはず。大きな部分を動かして行かないと、本当に未来は無いかも知れない。
どうすれば良いのか?
凡庸な考えではあるが…
フェミニズムの戯言(失礼)のような見方をせずに皆が他人の(そして弱者の)意見を尊重し、耳を傾けること。圧倒的に女性に押し付けられるケアの領域だが、女性だけの問題と考えず、人類全員の問題として取り組んで行くこと。
「何が必要か」「足りないのは何か」と問い続けながらPDCAサイクルを政治的なレベルで問い直しながら回していくこと。
残念ながら、この本で参照される重要な部分の引用元の多くは日本語訳が無いまま。是非とも翻訳して欲しいと願う。
そして男性にもこの分野で研究をする勢いのある方に出てきて欲しい。
Posted by ブクログ
第2波フェミニズムからケアの倫理までの展開。硬めの文章だけど読みごたえがすごい。以下は付箋を貼った箇所の引用。
“すでに触れたように、ケアはわたしたちの社会に遍在している。だが、女性たちが歴史的に担わされてきたケアは、その価値を貶められ、人間らしい活動とも考えられてこなかった。女性にふさわしいとされたケアを担うがゆえに彼女たちは、人間的に価値ある活動や領域から排除され、あるいはそこにアクセスすることが叶わなかった。その歴史とそこでの葛藤から、フェミニストたちが紡ぎあげた思想が、ケアの倫理である。” pp.11-12
“むしろ、本書の意図はその逆に、ケアという営みよの特徴を分節化することによってケアに潜在する価値を描き、そうしたケアを否定してきた価値観・世界観・人間観そのものを問い返す点にある。” p.15
“ケアは、家父長的な社会において、女性らしい倫理と捉えられてしまうが、民主的に社会においては人間的な倫理となる……” p.19
“……ジュディス・エヴァンズによれば、リベラルな主張とは、性差については「両性具有」、平等については「ジェンダー・ブラインド」を特徴とする。すなわち、男女が同じであることによる平等が目指される。……だからこそ、彼女たちの求める平等もまた、既存の社会階層のなかに位置づけられた男女が、等しく競争できると考える〈機会の平等〉に帰着する。したがって、エヴァンズは、……リベラルを厳しく批判する。” p.35
“……家族制度こそが、私的/公的と分断されているかのように見える社会全体に、そして一人ひとりの個人へとこうした家父長制を浸透させるための、不可欠で中心的なしくみである。……社会全体が家父長制であり、そのなかの一単位として家族が存在しているのだ。” p.48
“この再生産労働概念を高く評価しながらルービンは、マルクスが労働力を再生産するのに必要なモノを、「商品」という生活手段の量によって決定することに、かれの限界を見いだす。……たとえば食料については、買い物に行く、調理をする、片付ける等の労力が必要だ。……ルービンはそうした家事労働こそが、労働力の再生産にとって必要であるにもかかわらず、マルクス経済学によってその価値が否定される一方で、資本家はこうした家事労働からも利益を得ていると論じる。” pp.58-59
“男性に求められる自律的思考……すなわち、他者の判断や人間関係、環境に左右されることなく、誰にでも当てはまる原理によって何をなすべきかを判断する思考は、ギリガンによれば、偏った男性中心の活動の場が必要とする思考である。” p.100
“こうして、……二つの道徳のあり方が示される。一方は、諸権利が競いあう場合に、客観的で公正な原理に基づき、形式的に優先順位をつけて道徳問題を解決しようとする思考様式であり、他方は、責任がぶつかりあうことから生じてくる道徳的問題を、具体的な語り(ナラティヴ)のなかに文脈づけることで解決しようとする考え方である。” p.104
“……女性たちの語りから抽出されるのは、〈他者を傷つけたくない〉という望みと、〈誰も傷つかずに問題を解決する方法が道徳にはある〉という期待である。” p.110
“こうして『もうふとつの声で』は、男性の発達過程と女性のそれとの違いは、両者がそ!ぞれの視座(パースペクティヴ)である正義の倫理とケアの倫理の存在に気づき始めることで、新たに獲得した視座によむて既得の視座を補い、拡張し、融合(マリッジ)することで、「人間の発達に対する理解に変化をもたらし、人間の生に対する見方がより実り豊かなものとなる将来を思い描けるようになる」と締めくくられる。しかし、……『もうひとつの声で』は公刊直後から、フェミニスト研究者から集中砲火も表現しても過言ではない批判を受けることになる。” pp.118-119
“リベラルな道徳理論家であれば、そのような強制を提案することはないだろう。しかしながら問題は、そうした自由に反する結論を逃れるために、かれらは口を閉ざし、結局は女性たちがなんとかしてくれるだろうと高を括っていることなのだ。” p.145
“それ(正義のパースペクティヴ)に対してケアのパースペクティヴから見れば、むしろ自己と他者との関係性に目が向き、道徳的行為者の行為は、他者との関係性という文脈のなかで、その他者のニーズに気づき応答することで生じる。こうしたパースペクティヴの違いは、道徳的な問いかけに現れる。すなわち、個別の事象をまえに、〈何が正しいか〉を問うか、〈どう応えるべきか〉を問うかに、その違いが顕在化する。” pp.180-181
“……ギリガンは、正義のパースペクティヴが、じっさいには一つのパースペクティヴにすぎないにかかわらず、それを客観的な観点、時にはそれこそが真理であると混同する傾向性に拍車をかけていると批判する。つまり、正義のパースペクティヴは、数あるパースペクティヴよなかの一つの視座であることを忘れ、自己中心的な考え方に陥りやすいことを指摘している。” p.188
“フェミニストたちは70年代より、ほぼ男性のみが書き綴ってきた哲学書を再読してきた。そうした営みを通じて、「女性について、女性たちに代わって、そして女性たちの不在において語る男性たち」が権威主義的に、あらゆるひとを代表するかのように語る態度に対して、フェミニストたちら疑念を深めてきたのだ。” p.194
“人間の原初に刻まれる圧倒的な他者への依存は、そこに直接かかわる者たちを、あらゆる点において不平等な関係性のなかに置く。……それはあくまで私的な関係性であり、そこには政治や経済の領域とされる公的領域における人びとが従う行動原理とは異なる行動原理が存在しているように見える。その原理とは、一般的には愛情と呼ばれる。” pp.242-243
“さらに強調されるべきなのは、政治とは今まさに、わたしたちが存在するこの社会に作用し、わたしたちの相互行為を制度のなかで規制・編成していく力であるかぎり、じっさいには解決済であるどころか、日々、誰がケアに値し、誰がケアをいかに担うのか、そしてそのケアを社会的にどのように評価するかが、政治的に決定され続けている。” p.251
“こうして、ケアか正義かといったかつての二項対立がいかに虚構であったかがよく理解できるようになるだろう。むしろケア実践には正義が必要であり、正義を遂行するためには、ケア実践を社会のなかで分け隔てておくことはできないという、両者の結びつきが明らかになる。” p.261
“男性中心の「理論的=司法モデル」が、具体的な文脈を越えた普遍的な正しさをめざしたのに対して、ウォーカーは、責任はつねに関係性のなかで生まれ、社会的な関係性のなかにおける立場を前提にしていると考えた。そのモデルによれば、どのような責任なら担うことができ、担えない責任があるとすれば他に担える者がいるのではないか、よりよく責任を果たすためには、どのような手段、政策、法体系に頼ることができるのかといった、広がりのあるコミュニケーションを責任概念は生んでいくのだ。” p.266
“ヤングはこうした事態を構造的不正義と呼び、特定のひとの行動に直接責任があるわけではないが──子どもたちには一切の責任はない──、それでもなお、構造的不正義のなかで生きるすべてのひとに、この不正義を改善する責任があり、それは、司法上の罪責とら異なり、政治的責任なのだと論じる。政治的責任は、過去遡及的な帰責責任とは異なり、ある者により多くの責任があるとはいえても、誰も責任からは逃れられない。” p.273
“……決して手放してはいけない標準とは、〈暴力が生じる前に暴力を避けること〉である。” p.284
Posted by ブクログ
このところ利他とかケアとかというキーワードを書名に掲げる本をこの本棚に登録しています。積み上がる一方ですがなんとなく読んだりもしています。同じようにジェンダーとかフェミニズムとかについての読書もそろりそろりとしています。ということで「ケアの倫理ーフェミニズムの政治思想」このビッグワードがクロスする、なんかでっかいタイトルに惹かれこの新書に取り組みました。なかなかキツかったです。キツイけれど読むの止められませんでした。止められないけど受け取りきれませんでした。頭ではそうですが、なんとなくお腹の辺りがゾクゾクする感覚を得ました。読み進めるにつれ利他とかケアとかジャンダーとかフェミニズムとか…今まで気にしていた言葉がプラスティックワードのようにしかわかっていなかったような恥ずかしさを感じました。ここにあるのは女性たちがいかに自分たちの存在を社会に位置付けるために挙げつづけ来た声の歴史です。それを1982年のキャロル・ギリガン『もうひとつの声でー心理学の理論とケアの倫理』という本からスタートさせます。そこには「ケアの倫理」と「正義の倫理」の対立軸をどう乗り越えていくのか、具体的には中絶問題への向き合いなど壮絶なフェミニズムの戦いなのでありました。それはリベラルな正義論への批判でもあるのです。(実はここんところが一番エモいところです。)資本主義の収奪の資源としての女性という仕組みを超えて、民主主義を生き返られるのはケア化することだというジョアン・C・トロントのメッセージまで至る論考のバトンリレーが超ダイナミック。そこにはコロナ禍体験や世界紛争を踏まえての主張があります。と、いうことでトロントの『ケアリング・デモクラシー』を「読みたい」で登録しておきました。(いつになるかわからないけど…)それにしても今、やっている選挙のポスター掲示板の選択肢のない感じが悲しいです。「この世界で、できるかぎり善く生きるために、この世界を維持し、継続させ、そして修復する」ケアから始める民主主義、誰に投票すればいいのだろう…
Posted by ブクログ
現時点で「ケアの倫理」を学ぶために最もまとまった書籍、ただ読みこなすためには、ある程度の基礎知識と粘り強さが必要である。「ケアの倫理」を読み解くためには、現在の社会を理解するための基礎たきな考え、マルクス、フロイト、そしてフェミニズムの歴史、そしてロールズの正義論、これは押さえておくべき基礎理論である。「ケアの倫理」が示す民主主義的な態度は、主流とは異なる「もうひとつの声」に耳を傾けること、それが今後の私たちの未来を照らす声になるし、そのこと自身でケアを問い直すことが新しい社会を作っていくことにつながる。新自由主義に基礎付けられた現状を続けるのか、「ケアの倫理」に基づいた社会を構築するのか、今、現在、社会は大きな分岐点にある。
Posted by ブクログ
読書会のために読んだ。
読書会用だからメモしながら丹念に読んだのもあるが、新書なのにとても時間がかかった。フェミニズムの歴史を知っている前提で盛り込まれており、リズムも悪いので非常に読みにくかった。
しかし、ほとんど知らなかったフェミニズムの歴史や功績を知ることができたこと、そして、女性がケアを担うことが「自発的に選んだ」となってしまう恐ろしさ。つまり、法的には平等で制度的には整っているのだから「あなたが選んだのよ」となるのであることを初めて認識しできた。法的な問題ではなく家父長制を含む社会構造の問題であるのを知ることができたのは大きな一歩である。
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