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Posted by ブクログ
よくないもの、と思いながらもなんだかぼんやりとしたまま付き合い続けている「悪口」というものを、冷静ながらフレンドリーな語りで解き明かしていくとても読みやすい本でした。
日々当たり前に生きすぎていて、いくつかの概念が混合しているという指摘に、おおっとなりました。
悪口を言う者と言われる者がいますが、世の中の圧倒的多数の人は、悪口を聞く第三者にあたると思います。
面倒くさがらず(?)いちいち「そんなことを言ったらダメよ」と言うという行為が、同じコミュニティで生きていかなければならない者としての責任ですね。
そういった「悪口」に頼らずに人とコミュニケーションをするためにも、教養というものは持っていたいという一文も素敵で気に入っています。
Posted by ブクログ
タイトル通り、「悪口とは?」についての一考察の本
一般的に、悪口は「人を傷つける」「悪意を持って発言される」と認識されている事が多いが
それらは悪口の十分条件でも必要条件でもない
「残念ながら不合格です」「私たち別れよう」といった言葉は言われて傷つく人がいるかもしれないが、悪口ではないため、傷つける事が悪口の十分条件ではない
逆に、相手が傷つかなくても悪口になることがある
故に、人を傷つけることは悪口の必要条件でもない。
悪意がなくても悪口を言うことができる
無邪気な子供は、悪意などなくても悪口を言って大人の反応を試す事がある
悪口以上の差別的発言も、言っている本人に悪意がない場合があるが、差別的な発言には変わりない(とされる)
事故で相手に怪我をさせられた人に「よかったねーわざとじゃなかったんだって!」と言う人がいないように、不適切な発言も悪意がなければ罪がなくなるというものではない
「悪気はなかった」は言い訳にならない
この本では、悪口を「人のランクを下げる言葉」と定義している
「誰かと比較して人を劣った存在だと言うこと」
現代社会では、誰もが一番上の立場、最上位のランクを所有していて「誰もが同じ『尊厳』を持っている」という前提として
悪口は、序列を作り出し、誰かを劣った存在として取り扱うから悪いとしている
単なる事実である「記述のランキング」そのものは悪口ではないが、そこに「優劣」という概念を結びつけてランキング化する事で悪口になる
例えば、身長はただの数字だけど、高いほうが良いという価値観を紐づけると、そこを指摘する事が悪口になる
本来、身長そのものに優劣はない
カナダの人類学者リチャード・リーが、1960年代にアフリカ大陸南部に住むサン人を調査した報告内容
集団にはリーダーやボスのような存在はいない
長年狩りをしている人はそれなりに発言に重きを置かれるが、決して他の人より上の立場というものではない
それを自称する存在は「ビッグマン」と呼ばれ忌避される
サン人には狩猟の腕前や持ってきた獲物をバカにする習慣がある
狩りがうまくいった若者を調子に乗せないための方法
満身による被害を防ぐため
悪口のイコライザーとしての役割
立場が上と思っている人間を下に戻す機能
悪口は今後もなくならないし、必要な場合もあるので
悪口と程よく付き合う事が肝要
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日本テレビ系「カズレーザーと学ぶ。」 (2024.5.14) で紹介!
超話題の本から読み解く 現代社会の生き抜き方
――誹謗中傷が年間1億件超え!? 悪口異常社会から家族を守る方法
「○○さんは悩みがなくていいね」「冗談で言っただけだよ」「アホと言う方がアホだ」
「ほんま私頭悪いから」「どうして一生懸命やらないの」「人として下だよね」
「いじってあげてるだけじゃん」「事実を述べて何が悪いんですか」
これらは悪口だろうか? どこが悪いか説明できるだろうか?
悪口はなぜ悪いのかを問われたとき、シンプルに「人を傷つけるから」といった理由が思い浮かぶかもしれない。たしかに子どものころに「そんなこと言われたら傷つくでしょ」といって、悪口をたしなめられたことがあるだろう。ただしそれでは悪口の悪さをうまく説明できていない。たとえば、恋人からの別れのことばで傷ついてしまうかもしれないが、それはもちろん悪口ではない……
□悪口とは何か?
□悪口と軽口や冗談は何が違うのだろうか?
□まっとうな批判とは何が違うのだろうか?
□どうして「タコ」とか「ザコ」とか他の生き物を指すことばで悪口を言うのだろうか?
□どうして悪口を言うのは楽しいのだろうか?
□悪口はなくならないのだろうか?
こうした問いに答え、悪口を通じて人間の本質に迫る。
メディアで紹介
□毎日新聞「話題の本」武田砂鉄さん評(2023.10.7)
□東京新聞(2023.10.21)
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Posted by ブクログ
悪口は悪いもの。
それは誰もが知っている。
でも楽しいものであったりする場合もある。
なかなか一筋縄ではいかないもの。
本書では、それを解きほぐし、たぶんこの先も社会からなくなりはしない悪口とどうつきあうのかを考えていく。
悪口の悪さは、わりとはっきり述べられる。
人には価値の上下はない。
しかし、悪口はそれを言うことで誰かのランクを落とすから悪い、ということであった。
ランキングがたくさん出てきて、ちょっとたじろぐ。
特定の事実や側面を抜き出して序列をつけるのが「記述」のランキング。
それを価値観により序列づけるのが、「優劣」のランキング。
さらに、人物そのものをランク付けする「存在」のランキングがある。
「優劣」のランキングとまぎらわしいが、その人の属性の一部について抜き出して、そこに特定の価値意識によって序列がつけられるなら「優劣」、その人の全人的なものとして序列化するなら「存在」という区分けをしていることのようだ。
ここがわかりにくいのだが、わたしたちがこのあたりをくちゃくちゃにしているために、序列について「絶対ダメ!」になるのか、悪いことはあっても黙認という姿勢に陥ってしまうのかなあ、と思った。
「悪い」悪口と、コミュニケーションの一環として許容される悪口の区分けも、このランクの話に関わっている。
序列をバーチャルな、その場限りのものとして扱うおちょくり、いじりは、相手のランクを下げないので、まあ許容範囲でないかとのこと。
悪口は広くさまざまな社会に見られ、権力を批判する働きもあるため、一概に否定すべきでもないというスタンスであった。
もちろん、本書でも人間の尊厳を損なう悪口は絶対許されないという立場を崩さない。
ただ、「ダメ、絶対!」で止められないのも事実。
風通しよく議論していくのは大切だな、と思った。
Posted by ブクログ
私は悪口のたぐいが嫌いなのですが、なんで嫌いなのか、そもそも悪口ってなに?批判とかとどう違うんだ?に興味があり、たまたまPodcastで話が出てきて手に取った。
悪口は相手のランクを下げる、つまり相手を低い場所に落とすことによりその相手が他者から侮られることを誘引するということだった。だから悪口はよろしくない。
しかし、その悪口が有効になる場面がある。それは相手と自分に圧倒的な権力差があり、相手がいかに不当なふるまいをしているかをコミュニティで共有するための悪口は有効であり、するべきであるらしい。
そう考えると私はここのところずっと高市政権の悪口を言いまくっていることになるが、権力者に対する悪口というのは互いに虐げられている側が連帯しやすくなったり、異議申し立てにつながる役割を果たしている。
私は悪口のたぐいは嫌いだ。たまたま自分の機嫌が悪くて相手の言うことややることが気に食わないことなどもあるからである。しかしながら、この不安定な社会情勢については不安定にさせている対象に対しての悪口を言いまくっていきたい
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